第71話 シンの想い


 苦い顔をしながら小川のほとりの、苔むした腰を下ろした岩の上に腰を下ろしたスーに対し、シンがスー達の力について思うこと、アヴィアナに教わった世界のこと……妖精達の言葉や反応について伝えていくと、スーは静かに耳を傾けながらその苦い顔をどんどんと険しいものへと変えていく。


 狼のくせに覇気がなく、恐ろしさが全く無かったスーの顔は、狼らしい……捕食者を思わせるそれへと変化していって……そうしてシンが自らの想いを、この森とメアリーとスーを守りたいのだという想いを吐露し終えると、静かに耳を傾けていたスーは、大きなため息を吐き出してから言葉を返してくる。


「……きっと君は、嘘は言ってないんだろうね。

 本気でこの森のことを、オラ達のことを心配してくれていて、善意でそう言ってくれているんだろうね。

 ……でもやっぱり無理だよ、この力を手放せないよ。

 だってそうだろ? オラ達がこの力を手放してしまったら、誰がこの森を守るって言うのさ!

 君が……シンが話してくれたように、外の世界では魔王達が次々と現れているんだろう!?

 つまりそれは、この森にもいつ魔王が来るか分からないってことになる訳で、オラ達が力を手放して、無防備になってしまったこの森に、魔王が現れたらどうするつもりなのさ!?」


 言葉を口にしているうちに、だんだんと熱くなってしまったのだろう。

 手を振り、肩を怒らせ、大きく口を上げながら凄んでくるスーに対し、シンは怯むこと無く真っ直ぐに見返し、即座にその胸中の想いを言葉にして返す。


「その時は皆さんで協力し合って、皆さんの力で頑張れば良いんですよ。

 ロビンさんのお父さんの話を聞いていた時も思ったんですけど、そもそもたった一人か二人の、凄い人達に全てを押し付けて、守ってもらっていたこれまでの在り方が良くないんだと思います。

 ロビンさんとお父さんが戦っている時に、他の皆さんが……この集落の住まう皆さんがなんらかの形で協力していれば結果は違ったはずで……森の力を吸うようなこともしなくてよかったはずなんです」


 真っ直ぐに胸を張り、真っ直ぐにスーのことを見つめてそう言うシンに対し、スーが驚き何も言えなくなる中、シンの横で様子を見守っていたロビンがシンに言葉を返す。


「……シン、気持ちは分からんでもないがな、誰もが戦える力を持っている訳じゃないんだ。

 力が無いまま魔物と戦っちまえば命を落としてしまうだろうし……俺や親父、メアリーとスーといった力を持って戦っているもんの足を引っ張ってしまうこともある。

 ……分不相応なことはせずに、誰かに任せるってのも大事なことなんだぜ?」


 その言葉を受けてシンはロビンの方へと真っ直ぐな目を向けて、反論をする。


「力が無くても戦いようはあると思いますよ。

 僕が初めて魔王と戦ったバルトの町では、多くの人達が協力して魔物達と戦っていましたし、戦いが得意じゃない人達もそれぞれ自分達に出来ることをして……自分達なりの方法で魔物達と戦っていました。

 特に商人さん達が物凄くて、バルト騎士団の人達が魔王を倒したその瞬間、我先にとその死体の下へと駆けていって、皆で協力しあいながら解体し、その全てを商品として売り払い、経済を活性化させることで街を元気付けて、間接的に騎士団の皆さんのことを助けてたんです。

 魔王によって大きな被害が出てしまった北方開拓地も、その売上や素材での支援がなされて、近いうちに建て直されるとも聞きました。

 ……そうやって一人一人が、自分に出来ることをやりながら少しずつ前に進んでいって……皆で手を取り合いながら魔王に立ち向かっていくべきなんだと、僕はそう思います」


 そう言ってシンは、周囲の様子を……森の集落の様子をぐるりと見渡す。

 

 大きな木々に囲われた、森の家の中の一画とも言えるその空間には、いくつもの家々があり、いくつもの果樹園や畑があり……そこで獣の姿をした人々がのどかな日常を送っている。


 ゆったりと静かな空気に包まれた、木漏れ日を堪能しながらの穏やかな日常。


 そこには一切の危機感がなく、緊張感がなく、つい最近魔王が現れたとは思えない……それらの出来事を全くの他人事かと思っているような、違和感のある光景が広がっていた。


 多くの魔物達が現れて、魔王が現れて……その後も散発的に魔物達が現れていて。


 だというのに森の中の人々は、恐らくは以前と変わらない、全く変わらない日常を送り続けていて……その生活の中に、魔物の素材を使ったような道具だとかは一切……たったの一つも見当たらなかった。


 魔物はその身体の強靭さゆえに、一度暴れ出してしまったなら人にとって最悪の驚異となりうる。


 だが強靭であればある程、それは様々な場面で活用することの出来る、便利な素材でもある訳で……多くの魔物と魔王の素材をちゃんと回収し、しっかりと活用していたなら、相応に集落の生活を便利なものにし、多くの武器防具を手にしていたはずなのだ。


 だと言うのに、ロビンと父親と、メアリーとスーに全てを任せて、魔物達が倒されても、魔王が倒されても何もせずに……その素材の回収も活用もせずに以前と変わらぬ生活を続けているだろう集落の人々は、シンにとってなんとも言えない……素直には受け止めることの出来ない存在だったのだ。


「……僕は先生に魔法の才能が無いと言われて、騎士団の皆さんのような力もなくて、ドルロが居てくれなかったらここまで来られなかったような、そんな心の弱い人間です。

 ……でも、それでも自分なりに出来ることはしたいとそう思って努力をしてきましたし、それなりの行動をしてきた……つもりです。

 この集落にはこれだけ多くの人達が居るのですから、皆さんが自分に出来る形で、自分の得意分野で頑張って努力したら……きっとメアリーさんとスーさんの力が無くても、魔物達と戦うことが出来るんじゃないかなって、そう思います」


 そう言ってシンは言葉を終えて……再度ロビンとスーの方へと向き直る。


 そもそもロビンとその父親は、たったの一人で多くの魔物達と戦えるほどの力を持っていたではないか。

 ロビンと父親のような力を持った人達が、ロビン達だけなんてそんはずは無いはずで……ロビン達と同族と思われる熊の獣人達も先程から何人か、その姿をシンに見せている。


 であればこそ、この集落はきっと魔王とも戦っていけるはずだと、そう思ってのシンの言葉を、ロビンとスーは難しい顔をしながらゆっくりと噛み砕き、理解しようと努めるのだった。

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