第61話 第二章エピローグ 祝祭が始まって その3



 女神……と思われる女性と出会い、助言を受けて、そして消えてしまった女性に呆然とさせられてしまったシンは、主賓席から立ち上がり、神殿の方へと向き直ってから、しばらくの間呆然とし続ける。


 そうしながら女性の言葉の意味を考え、西へと向けて旅立つ決意を少しずつ少しずつ、ゆっくりと固めていって……側に立つドルロへと視線をやる。


 すると妖精達と戯れていたドルロは、シンの視線を受けてこくりと頷いて……シンの決意に同意を示してくれる。


 ドルロも同意してくれるのであればとその決意を確かなものとしたシンは、まずは女性から受け取った小瓶の力を確かめようと、三つの小瓶を手の平に丁寧に並べ立ててから、ゆっくりと妖精達の方へと差し出す。


 すると妖精達はそれぞれに、


<わーい! わーい!>

<お家だ! お家だ!>

<新しいお部屋にどんな飾り付けをしようかな~>


 と、そんな言葉を口にしながら、小瓶の口に押し込まれていた木製の蓋を引き抜いて、その小さな口の中へとするりと入り込む。


 するとそれを追いかける形で蓋がスポンと瓶の口へとはまり……中に何もなかったはずのガラス瓶の中に、部屋の中でくつろぐ妖精達の姿が、まるで窓からその部屋を覗き込んでいるかのような形で映り込む。


 木の洞の中と思われる部屋の中に、色とりどりの花々が植えられたいくつもの陶器の鉢と、木製の家具が並んでいて……妖精達はその部屋の中央に置いてある、ふかふかとその身体を包み込む、真っ白なシーツが映えるベッドの上に寝転がっている。


 そのなんとも言えず不思議な光景を眺めたシンは、女神様の授かり物ならそういうこともあるかと無理矢理納得し、その小瓶を無くしてしまわないようにと、腰紐に下げていた道具袋の中にしまい込む。


 そうして一呼吸ついて、さて、これからどうしようかと考え込んでいると……そこにウィルがやってきて、声をかけてくる。


「シン、そんな呆けた顔をしてどうしたんだ? 

 まるで女神様にお会いしたと言わんばかりの有様だぞ」


 ウィルとしてはなんとなしに口にしたであろうその言葉は、なんとも確信を突いてしまっていて……シンは苦笑しながら言葉を返す。


「はい、女神様にお会いしました」


 その言葉を受けてまさかといった表情になったウィルに、シンは今しがた起きたことをそのまま話していく。


 そうして旅に出る必要がありそうだと、そう告げたシンに対し、ウィルはこくりと頷いて……シンの前に立ち、その右手をそっと差し出してくる。


「元々お前は旅人だ、いつかまた旅に出るだろうとは考えていたし、女神様からの神託を頂戴したとなれば否も無いだろう。

 その上で、だ……シンよ、我が家臣にならないか?」


 その突然の言葉にシンは、女神と出会った時以上に驚愕しながら、どうにかこうにか言葉を返す。


「え……い、いや、でも僕はこれから旅に出ないと……」


「そんなことが分かっている、旅に出るのを止めようとしている訳では無い。

 とは言えいつまでも旅をし続けるという訳でもないのだろう? いつかはその身を何処かに落ち着ける必要があるのだろう?

 で、あれば……だ。旅を終えて成長をして、大人になったその時、ここに戻って来てこの俺に仕えて欲しいのだ。

 女神の祝福を受けただけでなく、さらなる祝福を受けるであろう一流の魔法使い……その上、気心のしれた親友となれば、近くに置くには最高の人材であり、みすみす見逃す訳にはいかん。

 どうだ、シン……いずれで良いからここに帰ってきて、俺と一緒にこの地を盛り上げてみないか……!」


 その言葉を口にしたウィルの顔は何処までも晴れ晴れとしていて、爽やかで凛々しくもあり……その佇まいにはかつてバルトで出会ったアーサーの中に見たような、確かな力強さが宿っていた。


 大人になった時、シンが旅を終えた時に、この人の側で、この人に仕えて生きていくと考えてみると、それはとても魅力的なものに思えて、幸せなことだろうと思えて……シンはその右手を握るべく、ゆっくりと……恐る恐るといった様子でその手を持ち上げる。


 するとドルロが躊躇するなと言わんばかりに、シンの足をバシバシと叩いてきて……それに勇気づけられたシンがしっかりと右手を持ち上げると、その手をウィルの右手ががっしりと捕まえる。


「よし! 決まりだな!!」


 そう言ってウィルは握ったシンの右手をぐいと引っ張り、シンの肩に自らの肩を合わせて……シンの背中をばしばしと叩く。


 そうされる中でシンは感じ取る、ウィルの肩が確かに揺れていることを。


 それはシンの背中を叩いているからの揺れでは無く、ウィルの内側から……その胸の辺りから膨れ上がってきている揺れであり……シンはウィルが泣いているのだということに気付く。


 シンとの別れを惜しんでいるのか、それともシンが家臣となったことを喜んでいるのか……あるいはその両方なのか。


 そうしてシンもまた、その両方の理由で涙を流すのだった。




 それから祝祭はシンを盛大に送り出すための送別会へと変貌し、今まで以上の盛り上がりを見せていった。


 シンを知る者は別れを惜しみ、シンをこの祝祭で初めて知った者は新たな仲間となったことを歓迎し、酒を楽しみ、食事を楽しみ、歌や踊りや演劇を楽しむ。


 そうした送別の中でウィルから、シンへといくつかの品が、今までの礼として報酬として、あるいは雇用の手付金として贈られることになった。


 シンだけが乗りこなせる荒馬のヴィルトス。

 ヴィルトスだからこそ曳ける大きな荷馬車。

 荷馬車に積み込まれた食料や水や、旅具などの品々。


 そしてウィル・パストラーの縁者であることを示す、家紋入りのマント。


 それらはウィルに出来る最大限の……シンにとっては望んでもいなかった破格のものであった。


 これらがあれば何処までも旅をすることが出来、また旅の先で様々な形でシンの助けとなってくれることだろう。


 そうした品々を受け取ったシンは、ウィルへと深い感謝を示し……同時に絶対にここに帰ってくると、旅を終えたなら必ずウィルの役に立って見せると、強い決意を抱くのだった。


 ――――第二章 了

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