第44話 ウィルの依頼


 泣き崩れたドーン・キハーノが、その口から吐き出した彼のこれまでの物語を聞いて、シンとドルロは何も言えなくなってしまう。


 まさか自分達が知らないところで、そんなことが起きていようとはと驚き、またも現れた魔王の存在に戦慄し、キハーノに深く同情し……そして同時に強い尊敬の念を抱く。


 誰にも理解されず、狂ってしまったのだと馬鹿にされて……それでも己の目と女神の言葉だけを信じ、戦い続けるだなんて、自分が同じ立場であったなら、きっとすぐに心折れてしまったことだろう……。

 

 ……と、シン達がそんなことを考えていると、真っ直ぐに立ちながら歯をぎしりと鳴らしたウィルがゆっくりとその口を開く。


「……シン、今の話をどう思う?

 クラウソラスが見せた光景と、お前の魔法使いとしての知識を踏まえた上で、この男の話は事実だと、そう思うか?」


 硬く苦しげな表情のウィルにそう言われて……シンは少しの間黙考してから言葉を返す。


「はい……事実だと思います。

 魔法使いとしては正直、ボク程度の知識ではどうにもならない、ボクの理解を遥かに超えたお話なのですが、キハーノさんの態度からも嘘を言っているようにはとても思えませんし……仮に嘘ならもう少し上手い嘘を考えるんじゃないかなって思います。

 ボクが偶然ここに居なければ見破られることのなかった『風車の羽根』を苦労して持ち歩くというのも、嘘だとするならば理屈の通らない、訳の分からない行為ですし……事実だと考えた方が、筋が通るんじゃないかなぁって思います。」


 シンのその言葉を受けて、しっかりと頷いたウィルは、泣き崩れるキハーノ側に近寄ってしゃがみ込み、キハーノの肩にそっと手を置く。


「ドーン・キハーノ……お前の言葉を信じてやれず、お前の苦労を分かってやれず、本当にすまなかった。

 全てはこのウィル・パストラーの浅慮が故のことだ……改めて言葉を重ねるが、本当にすまなかった」


 重く響く、ウィルの心の底から吐き出されたその言葉を耳にしたキハーノは、ぐしゃぐしゃになった顔を上げて、柔らかでほぐれた、救われたといった表情となり、


「はい……はい……!」


 と、それだけを吐き出して……そうしてそのまますっと意識を失う。


 重責から開放された為なのか、肉体が限界を迎えたからなのか……力を失い倒れ伏そうとするキハーノの体を、ウィルはその両手でもって、しっかりと支えてやるのだった。




 ギヨームの力を狩りながら、キハーノを屋敷に連れ帰ったウィルは、すぐさまにフィンを呼び出し、魔王とその呪いへの対策をすべく動き始めた。


 傷つき倒れたというキハーノの従者保護し、キハーノと共に医者に診せて、シンに水薬の作成を依頼して……と、二人を回復させる為にありとあらゆる手を尽くした。


 同時に魔王に関する資料集めと、フィン達巡航騎士団による警戒、警備の強化と、無用な混乱を避ける為の箝口令を敷き……更に領外へと救いの手を求めた。


 信頼の置ける煌めく光のバルト騎士団と、王と王都の騎士団と、市井で日々を暮らす名だたる英雄達に手紙を送り、パストラー領の危機を知らせ……領主失格の誹りを受ける覚悟で助力を願い出たのだ。


 更にウィルは領内の戦力を強化する為に、シンに追加の依頼をし、かつてこの地を守るべく戦ったゴーレム達を蘇らせることにした。


 23個あったゴーレム核のうち、ギヨームを産み出す為に6個のゴーレム核を使ったので、残るゴーレム核は17個。

 その17個のうち、3個をギヨームに与えて、4個をシンとドルロに与えて、残る10個でもって10体のゴーレムを……と。


『かつて役立たずとして打ち捨てられたこいつらを蘇らせるなど馬鹿な行いだと思うか?

 ……いや、私はそうとは考えないぞ。

 シンとドルロと、それとギヨームを見ていてよく分かった。

 ……ゴーレムの真価とは、つまり使う側次第なのだ、と。

 動きが緩慢だというのならば素早く動けるように改良してやれば良い。

 あるいは騎兵と組み合わせることで、その緩慢さを上手くフォローしてやれば良い。

 力が強く頑丈なゴーレムと、素早く鋭く駆け回る騎兵との組み合わせ……運用次第ではいくらでも化けてくれることだろう。

 この地に現れたという魔王が、どんな姿をしているのか、どんな化け物なのか分からない以上、無駄になるかもしれないが……それでも悪くない備えとなってくれるはずだ。

 シン……心は無いままで構わないから、強く頼りになる10体のゴーレムを作り出して欲しい。

 報酬はその4個のゴーレム核だ、その4個はお前達の好きなように使って構わないから……頼む、力を貸して欲しい』


 シンの両手を取りながらそう言って、必死に懸命に頼み込むウィルに対しシンは、しっかりと頷いて強く手を握り返し、自らの全力を賭して協力すると、そう誓ったのだった。




 そうしてウィルが魔王対策に奔走する中、シンとドルロもまた任された依頼をこなすべく奔走することになる。


 まず最初に取り掛かる依頼は、水薬作りだ。

 それは少しでも早くキハーノ達を回復させる為でもあったが、これから取り掛かることになるゴーレム作りの為でもあった。


 ゴーレム達を蘇らせる為には、空っぽになったゴーレム核に大量の魔力を込める必要がある。

 それはウィルの持つ魔力では数日が必要となる作業なのだが、魔力を回復する力のある水薬があれば、その日数を大幅に短縮することが出来るのだ。


 そういう訳でシン達は巡航騎士団の駐屯所へと向かい、慣れ親しんだ馬であるヴィルトスを借りて、その背に二人で跨り、そうして薬草がありそうな森……そう遠くない位置にあるというバロニア西の黒き森へと足を向ける。


 パストラー領に居るという魔王が何処にいるのか、いつ動き出すのか、何もかもが分からない以上、一刻も早く水薬を用意する必要があるからと、シンとドルロは手綱をしっかりと握りながら「全力で駆けろ!」と、そんな指示をヴィルトスに伝えるのだった。

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