第13話 パン屋


 屈強なパン職人達の歓喜の雄叫びを一身に浴びたシンとドルロはそんな職人達に向けて元気な挨拶をする。


「今日から働くシンです。この子はゴーレムのドルロです。

 一生懸命働きますのでよろしくお願いします!」


「ミー! ミミミー!」


 そんなシン達の挨拶に職人達は頭に巻いていた白い布を脱ぎ取り、輝かんばかりの笑顔を返してくれて……そうしてそれぞれ自らの名前を高らかに名乗りあげる。


「俺はトーリスだ! よろしく!」


「アレミーだ」


「ペレアだ!」


「ガウィーンだ、よろしくな」


「ガラハです」


「……ラーンス」


 職人達は皆が皆屈強で、茶色の髪で茶色の瞳で……と似た顔、似た体付きをしていて、シンはそんな六人を見て、


(ちゃんと覚えられるかな……?)


 と、不安げな表情を浮かべてしまう。


 するとそんなシンの表情を見てか、隣に立っていたアーブスがどんとシンの肩を叩きながら言葉をかけてくる。


「どいつもこいつも似た顔をしているせいで覚えられねぇってんだよなぁ!

 ま、無理して覚える必要はねぇよ。シンはサラマンダーの相手さえしてりゃそれで良いんだからな。

 ちなみにだがここに要るので全員って訳じゃねぇからな。休みだなんだの関係でここにいねぇのがー……あー……確か五人か、六人だったかが居たはずだ」


「まだそんなに!?」

「ミー! ミー!」


 アーブスのまさかの言葉に思わず声を上げてしまうシンとドルロ。

 そんなシン達を見てニカリと笑ったアーブスは、


「だっはっは!

 まぁまぁ、そこら辺は適当にやってきゃぁ良いさ。

 ……さて、俺の仕事はここまでだ。

 ここから上手くやれるかどうかはシン、お前次第だ……頑張れよ」


 と、そう言って……トーリスと最初に名乗ったパン職人と二つ三つの言葉を交わし、裏口から出ていってしまう。


 そんなアーブスの背中をシンが名残惜しそうに見送っていると……ガラハと名乗ったパン職人が手についた小麦粉を手拭いで拭き取りながら、声をかけてくる。


「アーブスさんの言い方は正直ちょっとどうかと思いますけど……いきなり全員覚えろというのも無茶だと思うので、名前については追々、少しずつで良いですので覚えていってくださいね。

 ちなみに僕はガラハ。このパン屋で一番の若造で、シン君の世話係となりますので、よろしくお願いします」


 そう言ってガラハは腕を振り上げて、その腕でもってシンを厨房の脇にある階段へと誘導する。


「よろしくお願いします!」

「ミミー!」


 と、返事をしながらシンとドルロはその誘導に従い、階段に向かって階段を上がって……そうしてガラハに先導されながらパン屋の二階の、いくつもの扉が並ぶ廊下を歩いていく。


「二階は僕達従業員の寮となっています。

 食堂は一階にありまして、食事は一日三食、決まった時間に出ますのでしっかり食べてくださいね。

 風呂とトイレは離れ……裏口の向こうにある建物にありますので、後で案内した際に使い方と注意事項を教えます」


 テキパキと歩きながらテキパキと説明をしていくガラハ。


 そうして廊下の一番奥にある扉の前に立ったガラハは、その扉を開き、腕を振り上げ、シン達に扉の向こうに、部屋の中に入るようにと先程のように促す。


 促されるままドルロを抱きかかえたシンが扉の奥へと足を踏み入れと……そこにはシンが予想もしていなかった光景が広がっていた。


 大きく立派なベッドに、これまた立派なクローゼット。

 書き物用の立派な机に、机に相応しい立派な椅子。


 貴重品をしまう為なのか鍵付きのタンスまでがあり……床にはふかふかの絨毯が敷かれていて、窓には洗いたてなのか爽やかな香りを放ちながら風を撫でるカーテンがかけられている。


 窓の側へと駆け寄ってみると、窓の向こうには周囲の家々を見下ろす壮観な光景と、街を覆う大防壁を見渡せる壮大な光景が広がっていて……いつまでも見ていたくなる程に、それらの光景は美しく、輝いていた。


 それなりに裕福だったシンのかつての家の……父の部屋より立派かもしれないと思えてしまう、そんな部屋の光景にシンが驚き、絶句してしまっていると……そんなシンの様子を静かに、観察するかのように眺めていたガラハが声をかけてくる。


「……パンが無くては、人は生きてはいけません。

 パンが無くてはどんな肉も、どんな酒も味気なくなってしまうことでしょう。

 パンは人々の生活の、生命の根幹であり、決して欠かすことの出来ない大事なものなのです。

 ゆえにパン屋で働く者にはそれに相応しい待遇が与えられますが……それと同時に、相応の責任感と誇り高き心が求められるのです」


 強い意志と強い力の込められた言葉を放つガラハは、その言葉に聞き入るシンの表情をじっと見つめて……見つめながら言葉を続ける。


「かつてパンに関わる者は、小麦に関わる者は不正をする者ばかりでした。

 粉挽きに小麦を渡せば、小石や砂が混ぜられた小麦粉が返って来て……そんな小麦粉をパン屋に渡せば、それ以上の混ぜ物をされた……パンのような何かが返ってくる。

 出世の為……上役、領主に抜き取った小麦を渡す為のそんな不正のせいで……酷い出来のパンしか食べることの出来ない街の皆さんがどれ程苦しめられたことか……。

 そのような悲劇を二度と繰り返さない為にも、僕達は責任感と誇りのあるパン屋でなければならないのです」


 そこで一端言葉を切り……ぐっと拳を握ったガラハは、熱のこもった言葉を一気に吐き出す。


「先程の魔法の腕前、見事でした!

 アーブスさんの紹介ということはその人格も信頼出来るのでしょう! ですがそれだけでは足りません! 

 パン屋としての強い責任感と誇り高い心……!

 この二つをシン君にも持って頂きたいのです!」


 まさかパン屋で働くとなってこんな事を言われることになるとは、そんな物を求められることになろうとは……と戦慄しつつもシンとドルロは、確かにガラハの言う通りだと納得し、その言葉の意味をしっかりと理解し……パンを、街の皆のパンを作るという仕事の大切さ、重大さを痛感して……ガラハの想いに応えるべく、


「はい!!」


「ミー!!」


 と、大きな声を上げて、力強く頷く。


 シンとドルロの返事を受け止めたガラハは、満足気に微笑んで頷き……先程とは打って変わって静かで優しげな声で言葉をかけてくる。


「心のこもった良い返事です。

 では、今日から一緒に……街の皆さんにパンを、上質で美味しいパンを食べていただく為に、頑張っていきましょう」


 そんなガラハの一言で、シンとドルロの新たな生活……パン屋としての日々が始まったのだった。

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