10 予期できる騒動の激化に
蓮華原市では最近、事件らしい事件が続いている。昨晩は不審な火事が起こった。不思議なことに周囲の家の住人はそれに気付かず消防の到着は遅れ、その家は完全に焼け落ちてしまったのだ。幸い、そこの住人は火が回る前に外に出たのか無事だったとニュースでは話されていた。
奇跡だと言われているが、そこに一柱のつくも神による介入があったことを表の警察は知らない。
『焼け跡に残る一枚のカード……巷で話題のファントムによる犯行か!?』
『おうちは宝物がいっぱいあったけど、ぱぱとままはもっと大切だってわかったからいいの』
火に巻かれた家の子どもがコメントする。カメラは現場からスタジオに移り……
『お父様もお母様もご無事で本当に良かったです』
『しかし、今回はあの少女の“宝物”を狙ったということでしょうか』
『ファントムと呼ばれている存在であるとは限りませんよ。家には誰だって何かしらの宝物を持っているものでしょう』
『それに、私としましてはあまり言いたくはないのですが……連日このように報道があれば模倣犯も出る頃です』
『え、別人なんですか?』
『正確なところは分かりませんよ。ですが、今回の事件はこれまでのファントムの事件とは異なり、家を丸々焼くという残虐性がありますね。今まで見られなかったものです。模倣犯の可能性を疑うことは充分できるでしょう』
そこでリモコンが操作され、テレビの画面は黒くなる。そして、来留芽は重い溜息を吐いた。
昨晩……いや、ほんの数時間前に来留芽は報道されていた火事の現場にいた。そこで遭遇したタマテバコと謎のあやかし、そして美穂達。濃い時間だった。
そしてどうやらあの後、巴や薫が属する本部勢力に出雲家に反発している親類勢力の者もやって来て一戦あったらしい。
来留芽達はその頃にはその場所を後にしていたので関わっていない。とはいえ、タマテバコの残滓やファントムの違和感にはどの勢力も気付いたのだろうしこれからはよりいっそう蓮華原市における争いが激化することだろう。
「来留芽~、溜め息を吐いていると幸せが逃げるよ~?」
朝食の席でそう言って笑ったのは樹だ。まだ怪我も残っているため彼は戦闘が予想されるタマテバコ探しには関わっていない。その代わり、ファントム関連の仕事を受けていた。したがって、戦闘を避けたはずが戦闘必須になってしまったという難儀な状況になっている。
「でも、今回は三つ巴どころじゃない戦いになるから予想以上に難しい。溜め息も吐きたくなる。それに、樹兄も無関係じゃいられなくなるけど?」
「まぁ、仕方ないね~。少し調整するよ」
おそらく、単純にタマテバコを倒せば良いというものでもないのだろう。最重要なのは妖輿図の確保。それは普通にタマテバコを倒しても手に入らないかもしれない。そんな気がしていた。
懸念としてあるのはファントムの存在だ。
タマテバコは後から現れたあのあやかしについて自分の
「ファントムはたぶん、タマテバコと関係深い存在」
「今、話題の妖輿図による余剰分から生まれたんだろうね~。ということは、タマテバコとやらから妖輿図が抜かれたら消える可能性があるかな~」
「そう。それも問題。きっと、ファントムは妨害しようとする」
「まだ明確なあやかし化はしていないからだね~」
「何事もなかったかのように現れたというのはそういうことになる」
あやかしには種類がある。自然発生型、信仰発生型、形質遺伝型、魂魄変質型と言っているが、自然発生型は長寿の動植物などでいつの間にかいたという存在だ。
信仰発生型は人による信仰を受けたが、神には至れなかったもの。およびそれに関連するものを指す。どこか欠点を残しているということで“欠け残り”と揶揄されることもある。
形質遺伝型は鬼や天狗など、種として認められたもの。ただし、始祖やそれに類するものは除く。
魂魄変質型は幽霊などで、特に妖力が強いもの。また、形質遺伝型に属するものの始祖。という風に分けている。
もちろん、これも大雑把な分け方であり実際のところ自然発生型と信仰派生型などは混同されていることもある。両方に属すると言えそうな場合もある。とはいえ、大前提として妖力を持っているということが挙げられる。
では、ファントムはどうなのか。
あれはどうやらタマテバコの凝りから生まれたらしい。つまり、つくも神から生まれたが神にはなっていないということで信仰発生型の一種だと言えそうだ。ただし、あのファントムは厳密にはあやかしではない。妖気が純粋すぎるからだ。
「妖気があれなら妖力も純粋なもののはず。それは、まだ個として成立していない証。それに、しばらくの間は生まれる要因となった場に触れていなくてはならないのが現世であやかしとなる際の条件の一つだけど……」
「そうだね~。だけど、不思議なのは来留芽から聞いた限りじゃそれが満たされていないのに普通に動いていたってところかな」
「考えられるのは、急激に力をつけて貯蓄ができ、それを消費しながら動いているという可能性。もしかしたら効率的な力の補給方法を知っているのかもしれない」
「あとは、実は生み主のタマテバコの操り人形だったって可能性かな~」
だとしたら、タマテバコは人形遊びの上級者だ。
それはさすがにないと思うが、タマテバコの捕獲においてどうしてもファントムの存在には気を付けなくてはならないのは確かだ。仮にタマテバコが妖輿図を持っており、その余剰からファントムが生まれていた場合、妖輿図を取り出そうとする来留芽達を妨害しにくるのは間違いない。自分が消えるか消えないかの問題になるからだ。
また、あまり考えたくない可能性としてはタマテバコを追い詰めても近寄ってきたファントムに妖輿図を取られてしまうというものがある。彼等は隣り合う器であり、限界まで張った水が隣のコップに移るように、タマテバコが力を零せばそれを最初に引き取るのはファントムととなる。妖輿図についてもタマテバコがそれを保持できないほどになったときそれが力としての存在のままファントムに移ってしまう可能性は否めなかった。
「タマテバコとファントム、どちらも追わなくてはならない場合の優先順位を確かにしておきたいところ」
「そこは、社長の判断も聞きたいね~」
しかし、残念ながらこの朝食の席に社長はいない。実は、昨晩に来留芽の見回りで起こったことを報告したら「無事で何よりだ」と言うやいなや夜が明ける前にどこかへ出掛ける算段を付け始めたのだ。そして、今もまだ帰ってきていない。
「それより来留芽、そろそろ危ない時間帯なんじゃない?」
不意にそう言われて来留芽は時計を見る。時刻は七時四十五分。朝のホームルームまでわずか十五分しか余裕がなかった。
「行ってくる」
話しすぎた。いや、考えるのに時間をかけすぎたのだ。それもこれもすべてタマテバコ周りで面倒くさい関係性が網のように模様を描いているせいだ。
それに、まず間違いなく戦いの場となるこの蓮華原市の秩序を守るための立ち回りも気を付けなくてはならない。出雲の者達が、三笠美穂達が、そしてタマテバコがそれを考えて動くことなど期待しても無駄だからだ。
ともかく、考えなくてはならないことが多すぎる。特に今回は誰にとってのハッピーエンドになるのかによって霊能者達の勢力図が変わってくるのだ。ここで失敗してこれから先不利になるのは避けたい。
「おはようございます、来留芽さん」
「おはよう、千代」
来留芽は自分の席に荷物を置くとさりげなく周囲を見回した。
「あ、八重は日直なので職員室に行っていますよ」
「ああ、なるほど。それなら納得した」
「ふふ。いないと不思議な気持ちになりますよね。明るさが一段下がるといいますか」
「静かで落ち着いた気持ちにはなる。……少し物足りなく感じるけど」
高校生となる前の来留芽なら周囲が静かなのはいつものことだった。それが、八重と良く一緒にいるようになってからはもう少し騒がしいのが日常になっている。このようなとき、この日常を大切に守りたいとふと思うのだ。
「はいはい! 皆席について-!」
チャイムが鳴ってすぐに、学級委員の滝が声をかける。朝のざわめきは次第に静まっていき、担任が来る頃には大人しく座っている人がほとんどになった。この瞬間になっても席についていないのは日直の人と遅刻欠席の人くらいだ。
「皆、おはよう。今日は鈴木先生が忙しくて来られないので俺の方から連絡事項などを話させてもらう」
タロちゃん先生の代わりに前に立つのは京極先生こと細だ。出席簿の確認と連絡事項の紙を配っていた。来留芽はいろいろと珍しいなと思いながら配られた紙を見る。
「今配ったのは注意喚起の紙だ。保護者にしっかり渡して欲しい。お前達も無関係じゃないから一応口頭でも言っておく。最近、この蓮華原市で同一人物による犯行とみられる事件が多いな? それはニュースを見ていれば分かるだろう」
仮にニュースを見ていなくてもこの話題が最近よく上がるようになったことは誰もが認識していることだったりする。
「犯罪行為はどうやら次第にエスカレートしているようだ。生徒達に何かがあっては困るため、鳥居越学園は午後五時以降の部活動は取り止めとし、生徒は早めに帰らせることになった」
「えー、練習時間が減るのはちょっと……」
「それで夜遅くなって問題の犯罪者に遭遇したら元も子もないからな。警察も大きく動いているから少しの辛抱だ」
運動部や吹奏楽部などは特に練習の充実度が大会の結果に反映されるので、今回の学校側の決定には不満があるようだ。その点、心霊研はのんびりほのぼのとした同好会なので圧力がなくて良い。
「学校が早く終わるからと言って夜に出歩くんじゃないぞ?」
教壇の上から見下ろす視線は生徒達をランダムに渡っていく。夜に出歩くなと言っても、来留芽はタマテバコ探しという仕事があるので今晩から早速破ることになりそうだ。それが分かっているからか、来留芽と視線が合ったとき細は僅かに複雑そうな表情を浮かべてからそっと目を逸らしていた。
きっとそれは恵美里も同じだったのだろう。耐えきれない様子でほんの少し笑ってしまっていた。
「日高。笑い話でも笑いどころでもないんだが」
「あ……ごめんなさい……思い出し笑いです……」
「そうか。話はちゃんと聞いていたな?」
「はい……。夜歩きはだめってことですよね……?」
正直なところ、そろそろ恵美里と翡翠をタマテバコ周りのことに関わらせるのは止めた方が良いのではないかと思っている。危険なのだ。しかし、昨日の今日で社長からそういった話がされることはなかった。恵美里の様子を見る限りでは今夜も普通に参加する気でいるようだ。
「ね、来留芽ちゃん。部活動はって言っていたけど同好会はどうなのかな?」
「普通に考えれば同好会だって遅くまでやれないはず」
その答えは放課後の時間に分かった。
会長の木藤から通達があったのだ。
「これからしばらくの間追うつもりだったファントムの件ですが、その危険性を考えて中止ということにします」
この日は珍しく心霊研に所属する全員が集まっていた。椅子が足りなくなった心霊研の部屋に向かいから椅子を借りて驚かれるという一幕を挟んだ後、厳かな面持ちで口を開いた会長の言葉を聞く。
もし、会長がそう言い出さないのであれば。
来留芽はでしゃばりだと言われようとも中止を提案しようと思っていた。
心霊研の仲間がファントムを深追いして傷付けられたくはなかったから……というわけではなく、単純に邪魔されたくなかったからだった。ファントムを追うことはタマテバコと遭遇することにもつながる。
そう、自分勝手ながら、タマテバコを追い詰める邪魔をされたくなかったのだ。
「まぁ、確かに最近は面白くも何ともない犯罪っぽいし」
「そんなに積極的に追うような感じじゃなくなってきたしなー」
「狐の気配はしていない。ですから私は無理な冒険はしません」
心霊研のメンバーは自分の興味関心が向いているもの以外については恐ろしいほど割り切った考え方をする。これなら、来留芽は彼等のことを気にせずに仕事に専念できそうだ。
具体的には仕事という建前の、タマテバコへの報復に。
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