3 箱庭の子

 

「とはいえ、それが捕獲対象ってことなら残念ながら俺と巴は関われないな。本部の仕事が先にある」

「こら、薫」

「別に良いだろ、このくらい」


 ぼそりと薫が零したのは自分が今引き受けている仕事がタマテバコ捕獲であるという情報だ。巴が窘めたことでかえってそれが確かなのだと分かることだろう。

 本部からの詳細情報には厳密にそれだというものはなかったらしいと来留芽は聞いているのだが、場所とタイミングを考えればタマテバコとも呼ばれるつくも神が対象となっているのだろうとオールドア側は考えていたりする。


「しかし、そうか……本部の方が早かったのか。となると、出雲家の当主もしっかり動いているのかもしれないな」


 三笠は察したことをそう呟くことで新しい情報をたぐり寄せる。だがそれは、決して良いものではなかった。

 来留芽は情報の欠片から全てを見通すかのような頭をしていないのではっきりと分からないが、どうも三つ巴どころではない争いになりそうだということは理解でき、その厄介さに眉を寄せる。


「念のため、確認しておきたい。タマテバコの活動範囲は?」

「それはここ、蓮華原だ」

「なぜそう言えるの?」


 来留芽がそう問うと、三笠はまるでものを知らない普通の人間を見るかのような目を向けてくる。それは、来留芽自身に何か間違っているのだろうかと不安にさせる色を湛えた眼差しだった。


「特別な霊場から離れたらつくも神は現世で実体を保つのが難しいからだが、知らないようだな。……これは驚いた。君は箱庭の子か」

「箱庭……?」


 何のことか尋ねようとしたそのとき、横に座っていた薫がさっと手のひらで来留芽の目元を覆ってくる。そのため、疑問は口にできずに胸の中に滞ってしまった。


「悪いけど、それを全て言われちゃ困るんだよ」

「ああ、そうだろうな……だが、古戸の娘をそう置くか」

「でも、だからこそ、こういうようなときに役に立つのさ。あたし達にはあたし達なりの理由と思惑があってそうしているんだから」

「巴、薫……そこまでにしておけ」

「「社長」」


 来留芽が困惑したまま彼等の会話を聞いていると、社長から制止がかかった。巴と薫は止められたことに納得がいかない様子だったが、自分達の頭領を見て文句を飲み込む。

 彼は難しい顔をしてはいたが、問題に思っている様子ではなかったからだ。


「来留芽が混乱する。妙な感じに情報を得られてしまうと困るから今ここで軽く話してしまうぞ。三笠殿は待たせてしまうことになるな、申し訳ない」

「いえ、むしろ俺が同席してもよろしいのですか」

「それは構わないが、念のため他言しないという誓約をもらえるだろうか」

「まぁ、その程度は当然でしょう。では――三笠正一の名においてこの場で見聞きした話を他言しないと誓おう」


 口だけであったとしても確かに宣誓の形であり、複数人がそれを確認している以上は反故には出来ないものとなる。ここがオールドアだからこそ余計にそうなのだ。


「とりあえず、話しても問題ないような場を作るぞ」


 柏手一つで社長の霊力が広がった。来留芽が感じ取れた限りでは、どうやら部屋の壁に沿って四角く結界を張ったようだ。


「さて、これで話しても大丈夫だろう。ただし、来留芽。ここで話すのはなぜお前に知らないことがあるのかという説明だけだ。理由は聞けば分かる」

「……分かった」


 少し納得がいかなかったのだが、それでも何らかの説明はもらえるというのだから文句は飲み込むべきだろうと来留芽は頷いた。三笠という、部外者がこの場にいるからこそ、駄々をこねるような幼稚な態度は取れなかったということもある。


「どこから話そうか――」


 簡単に言ってしまえば、それは特別な術のためだった。

 あえて無知を許容するという、人によってはそれで良いのかと不思議な感情を沸き上がらせるその仕込みは、“知らない”からこそ無意識に難を退けるというまじないになるそうだ。何を難とするのかは時と場合によるのだが、基本的には“箱”にまつわる災いを避けることができるらしい。

 そうしてまじないをかけられた子どもは“箱庭の子”と呼ばれるという。


「なぜ箱庭?」

「適当な名称がなかったのだろう。箱入り娘じゃ男には使えないからな。性差なく言えるものとして箱庭の子が妥当とされたのだろう」


 箱庭の子を作り出す方法は簡単だ。対象の者に意図的に特定の情報を与えないようにして一年以上の時間を過ごせば良い。

 そうすることで、あえて情報を遠ざけたその部分における障りを避けられるらしい。ただし、どのように回避することになるのかは分からない。


「だが、それは明確に術として存在しているものではない。まじないと言ったのはそのためだ。裏側の者達ですら眉唾物として真剣に取り合わないだろうな。とはいえこれは兄さんと義姉さんが見つけた何らかの理由で、来留芽にとってはきっと将来役に立つと判断されて仕掛けられた」

「私のお父さんと、お母さんが……」

「そうだな。兄さんの考えだから、何となく想像がつくこともある。結局の所、来留芽を守るためだったのだろう。オールドアもこの護りのかけられ方を見れば一種の箱と言えなくもない。来留芽がここにいればその力が若干増しているような気もする。そこに“箱庭の子”の術が作用していると推測するのは決して間違いではないはずだ」


 おそらく、初期の段階から社長はそう考えていたのだろう。だからこそ、来留芽以外のオールドアの仲間達もそれに賛成して今に至ることになったのに違いない。

 しかし、それは決して良いだけのものではない。守られているとしてもその外側には常に危険が蔓延っているのだから。そうでなければ箱に閉じ込める必要はないだろう。


 ――箱というのも、二面性がある

 外敵から守るための防壁でありながらも、それは中のものを閉じ込める檻ともなる。父は、母は、来留芽を守るための防壁としてオールドアという箱を作ったのかもしれない。しかし、実際のところはそればかりが目的とされているわけではないはずだ。

 社長の言葉を聞きながら、来留芽は比較的冷静にそう思考を重ねた。


「まぁ、ともかく。これで来留芽に知らされない情報がある理由については分かっただろう。教えてしまうとせっかくの術の効果が失せてしまうからだ」

「それなら確かに、私には言えないのも分かる」


 自ら知ったのではない限り、これからも教えられることもないのだろう。

 それを良しとするには、不安の方が大きかった。しかし、今はそれも飲み込むことにする。少なくとも、知識の欠けがつくも神に関するものであることだけは分かったのだ。これからはその方向について注意しながら行動していけば良い。


「さて、少し時間を頂いてしまったが話を戻すとしようか。三笠殿、待たせて申し訳なかった」

「いえ、少しでも納得できる余地があったのなら良かった。今回の件においては箱庭の子がいれば心強い。捜索対象である宝石箱のつくも神も一応は箱になりますから」

「来留芽が参加すれば、優位に進められる可能性があるな」


 社長は腕を組んで頷いた。来留芽の優位性は彼も認めるほどであるようだ。それであれば来留芽の参戦は決定したようなものだろう。叩き潰すと誓った手前、引くことは出来ないし、するつもりはない。


「私は大丈夫。仕事できるのは夜間だけになるけど……宝箱のつくも神とやらには借りがあるから、絶対に見つけ出す」

「それは頼もしいことだ。渡世社長、こちらより、そこの古戸の娘は指名させていただいても?」

「ああ、本人の反対もなさそうだからな。とはいえ、基本的には二人以上で行動させたい」

「ああ、そこはこちらも推奨しているものです」


 どうしたって、裏側の仕事は危険があるのだ。万が一の時の離脱や、そのための時間稼ぎのために複数人で行動していた方が助かる可能性が高くなる。もっとも、いつもいつでも複数で事に当たれるわけではなかったりするが、来留芽や細は式神がいるのでそこまで問題はない。


「そうか、理解があるようなら良かった。ただ、うちはメンバーが忙しくしているから来留芽とタイミングが合うか分からないところがある。その場合はそちらの人員から借り受けることになるかもしれないが……可能か?」

「手が空く者は出るでしょうが、合わせられるかどうかは未知数ですね」


 時間が合ったとしても連携できるかどうかは分からないということだ。霊能者が使う術には癖がある。それを知っておかないと思わぬ隙ができてしまったりしてかえって危険な状況に陥る可能性があるのだ。だから、三笠も安易に人を貸せるとは言えない。


「やはりそうか。とはいえ、大きな目標の前に協力者の実力を知る機会は重要だからな」

「そうですね、こちらとしても把握出来るのは悪くない。善処しましょう」


 今回は珍しくオールドア以外の霊能者達と共闘する方向で進めるようだ。それならば、来留芽もそれを前提に戦い方を考えなくてはならないだろう。


「では、改めて確認しておこう。そちらの依頼は裏警察の三笠殿のチームと協力して宝箱のつくも神、通称タマテバコを捕まえること。最重要なのは妖輿図の回収となる」


 社長がもう一度依頼の内容について確認していた。この問題は協会の幹部の家が関わるので気を付けておかなくては足を掬われかねないのだ。こうした小さな確認の積み重ねが来留芽達の身の安全につながる。だから省くわけにはいかない。


「そうなりますね。そして、オールドアに提供を求めるのは人員と誓約でした。誓約についてはすでに書面でもいただいているので良いでしょう。人員については古戸来留芽さんを中心に手の空いた者を貸していただきます。捜索範囲はこの蓮華原市限定で」


 社長の言葉に続けるように三笠が確認する。


「そうだな。夜は来留芽がいるとして、昼はどうする?」

「互いに手の空いた者を合わせましょうか。連絡はこの端末を使ってください」


 三笠が取り出してきたのは三つのスマホ端末だった。意外な気持ちで来留芽はそれを眺める。型としては比較的新しいものだ。見た目には普通のものと変わりない。わざわざこれを出してくるということは、これにも何らかの意味があるのだろうか。


「まぁ、繊細な作業の必要がない場合は携帯の方が早いからな」

「そうです。それに、この携帯は追跡もかかっていないので安心して使ってください。特殊な工程を経て作られたので霊力を阻害することもありません」

「そういえば、その問題もあったな……」


 霊能者の間で携帯電話やスマートフォンなどの評価は二分される。なぜか分からないが一般的な術と相性が悪いからだろう。とはいえ、それも制作から関与していれば問題ないものに仕上がるらしい。

 社長が受け取ったうちの一つは来留芽に渡された。この件に関わるのは確定だということだ。ふと、裏返して見てみるとケースまでついていることが分かった。その柄を見て半眼になる。黒地に金で『勝てば官軍』と書かれていたからだ。彼等が行おうとしていることを考えると絶妙なセンスをしていると言うしかない。ちなみに、他の二つは『革命』と『他力本願』と書かれているようだった。


「安全な相手については連絡先が登録されているので分かるでしょう。名前が表示された場合はこちら側の者が連絡していると判断してください」

「分かった」

「捜索対象であるタマテバコについてはその外見他、能力などについても未知数なところがあります。注意してください。共有すべき情報があればその都度端末を使って連絡をお願いします」


 おそらく、つくも神の依り品についての情報はオールドアにある。しかし、三笠にはそれを告げてはいない。来留芽達がこの部屋に来る前にも話してはいないだろう。建前としては、その情報が誰かの主観に基づいて作られたものであり本質を捉えられるものでは無いからというものがある。本音は手札を残しておきたかったからだろう。


「互いに、だな」

「もちろん、こちらからも必要な情報は提供しますよ」


 互いに腹に一物あるといった態度で笑い合い、社長と三笠は手を組んだ。その様子を近くで見ながら来留芽は思う。

 ――きっと、面倒くさいことになる


 この蓮華原市に、様々な思惑を孕んだ網が投げかけられた。来留芽達はここから、網に絡まないようにしながら自分の目的に手を伸ばさなくてはならないのだ。

 これはまだ、始まりに過ぎない。


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