7 つくも神未満の


 何かを決心した穂坂に、周囲のつくも神が注目する。同時に、来留芽が手元に引き寄せていた双子も足をばたつかせて暴れ始めた。その拍子にうっかり手を離してしまったが、幸いなことに考えなしに突っ込んでいくことはせず、穂坂のすれすれで急停止した姿にほっと息を吐く。


『『ねー、どうする?』』

「あ、ああ、そのピック、認めてもらえるならおれのものとして、この先もずっと使っていきたい」

『じゃあ、あげる!』

『もってけどろぼー』


 適当なことを言って双子が穂坂の手に鼈甲ピックを押し付けた。あ、と思う間もなく鼈甲は穂坂を歓迎するかのようにぼんやり光る。おそらくそれは、主として認められた瞬間だ。

 その様子を魔祓はひどく優しく、そして羨ましそうな目をして見ていた。


「魔祓は……良いまとめ役をしているみたいね」

『いえ、私はそんな器ではありません』


 素直に思ったことを言ってみたら、妙に硬質な反応が返ってきた。何か気に障ることがあったのだろうか。それとも、やはりそこにこの仕込み杖の面倒な性格が出ているのか。


「つくも神に関しては懐が大きい。十分、まとめ役の器だと思うけど」

『まとめ役は皆の信頼があってこそできるものです。私には誰の信頼もない』

「そんなことはない」

『今までろくに我々に関わってこなかった主様に言われても信じられませんね』

「確かに、最近になってから私はあまり関わっていない。でも、だからこそ感じられるものもあった。魔祓、あなたはちゃんと信頼されている。間違いなくここの仲間」

『そんなはずはありません。誰が、自分達の仲間を斬った経歴を持つ相手に信頼を向けますか? 仲間と思いますか?』


 誰が、こんなに恐ろしい力を持つ自分を愛してくれる?

 そんな問いかけが身の内に沸き上がり、ひやりとする。これは、魔祓の苦しみの感情だ。同時に、来留芽が心の底で常に浮かべていたものでもある。

 それならば。


「――分かっているはず。ここにいるモノ達がその程度で信頼するのを躊躇うようなかわいい性格などしていないと」

『そーだよ!』

『御杖様がたぶんいちばんまとも!』


 簪の双子が魔祓の両腕にそれぞれ飛び付きながらそう言うと、タタタッと周囲のつくも神の中へ混じっていった。


『簪の双子は使う人を呪い殺しながら世を渡る呪物だったのぅ。今も瓢の花瓶がいなければもとに戻るであろう。あれを子育てしてまともにしつけ直したのは御杖様じゃった』

『いや、それは瓢の功績で……』

『そんなわけあるかい。儂はな、双子がなつくのをただ好きにさせておいただけよ。そもそも、儂と簪を引き合わせたのはお前じゃ。簪のが大人しくなったのはその結果であるからして、功績はお前にある。第一、儂にしつけなんてものができると?』

『瓢のも前はどうしようもない暴れん坊でしたからねぇ』

『そういうお前こそ、自己愛強く、映る女の姿が気に入らなければ顔をズタズタにしておったろ』

『まぁ、それもすべて落ち着かせたのは御杖様だった』


 茶碗、瓢の花瓶、化粧台……口々に、つくも神達から“御杖様のおかげで話”が飛び出してくる。どうやら彼等にもきちんと来留芽の意図が伝わっていたようだ。全力で感謝を連ねられる魔祓は次第に反論の言葉も少なくなっていく。

 

『御杖様、貴方がいなければね、私らはこんな風におとなしくつくも神なんてやっていませんよ』

『それは……確かにそうですね』


 魔祓は少し疲れたように頭に手を当てる。これまでつくも神を矯正してきた苦労を思い出したのかもしれない。来留芽も詳細は知らないとはいえ、ここにいるつくも神達の経歴をどうやってかは知らないが調べてきた社長や樹から少しは聞いている。まともな伝でやって来たのはごく僅かなはずだ。


「それに、信頼されていなくては私のものとなったときにあれほど喜びを見せることはなかったはず」

『そりゃそうさ。私らのほとんどは、どうせならお嬢のものになりたいと願っていたけどね、御杖様はその思いが突き抜けていたから』

『それを知っていれば、仕方ないと思えるのだ。同時に、十年ほど待ち続けた姿も知っておる。だから、あぁ良かったと、自分事のように喜べるのよ』

『これを言えるのはねー?』

『御杖様がおじょうのものになったから!』

『煙管、茶碗、簪……』


 つくも神達が言うには、素のままの魔祓は強く、当の杖もそれを自覚しているため感謝を言ってもそれを素直に受け取れなかったそうだ。おべっかでそう言っているだけと思われるばかりだった。しかし、主を持ったつくも神にはそもそもおべっかなど使う必要がなくなるという。

 その辺りの感覚はよく分からないが、ともかく、魔祓はここのつくも神達に慕われているのは間違いないのだろう。


「何も不安に思うことはなかったみたいね。私と魔祓はよく似た心の模様をしているみたいだから、また不安を感じたなら遠慮なく相談して。似ているからこそ、分かってあげられる」

『主様を煩わせないのが良い道具だと思うのですが……』

「道具はそうかもしれないけど、同時につくも神……つまり生きている存在でもあるから。心のメンテナンスは必要」


 この話はこのくらいにしよう、と言って来留芽は周囲を囲むつくも神達を見回した。どれも見覚えがある道具達だ。この蔵に納められているものは記憶も薄い昔に来留芽が拾ってきたものも多かった。


「もう少しあなた達にも関わるべきだった。今後はここに来る頻度も増やすから」

『わぁい、すぐ会える?』

『わーい、また会える!』

「悪さをしないならね。あ、そうだ魔祓、平時はここで皆の管理を任せても良い?」

『もちろんです。ただ、そこの彼が持ち込んだであろう依頼には私を携帯していくことをおすすめしますよ?』


 そう言われて、来留芽の手の中に仕込み杖が現れる。おすすめするもなにも、持っていけという圧を感じる。それと同時に、穂坂の存在を思い出した。


「ごめん、穂坂くん」

「いや、良いよ。こういう場所でもなきゃつくも神とかの話なんて聞けないし。それよりこれ、流れでもらっちゃったけど、ちゃんと買い取って名実共におれのものにしたいんだけど」


 もはや鼈甲自体が穂坂の所有を認めているので売る売らないの話にはならないが、とりあえずこの蔵のものも売り物区分であったことを何とか思い出す。


「売ることはできると思う。ただ、市販のものよりもだいぶ高くなる」

「そうだろうな。だって、ほとんど消耗しないんだっけ? そりゃ高くもなるよ」

「細かいところは契約書を用意するから、そこでまとめよう」


 そこで、来留芽達は蔵から出ることにした。細々とした契約書や鼈甲の見積もりなどはオールドアの方にあるからだ。それに、穂坂の体質を確認するというもともとの目的も果たした。


『あ、そういえば』

『あ、言っていなかったっけ』

「何を?」

『樹が戻って来ているみたい』

『お客様を連れていたみたい』

「……はぁ、どうしてくれようかこの簪。そういう大事なことは早めに言うこと。と、戻ろうか、穂坂くん」

「わ、分かった!」


 思い出したようにそう知らせてくれた簪には来留芽を困らせようという意図はおそらくない。しかしその情報はもっと早く欲しかったと思いながら、慌ててランプを取ると穂坂を急かして入口まで走る。


『『また来てねー』』

『次は土産も頼む』

『妖酒がいいな』


 つくも神達は次第に小さくなって暗闇の中へ。次に会うのはいつになるか分からないが、妙に来留芽に好意的なものが多かったので近い内にまた行くことになりそうだ。


「そういえば、何かこの蔵、見た目より大きくないか!?」

「今気付いたの。この蔵自体が実はあやかしだったりする」

「えぇっ!?」


 今更ながら疑問を抱いた穂坂へ来留芽はあっさりと真実を口にする。すなわち、空間が見た目よりも広いのはここがあやかしの腹の中で、妖力によって形成されているからだということを。


「これがあったから私の両親はこの土地を買い取ったの。これは、迷い家の一種で土地に憑いたまま残ったあやかし。基本的には何もしてこない。……無断で中のものを持ち出そうとしなければね」

「はぁぁ……何と言うか流石だね。魑魅魍魎ちみもうりょうのオンパレード。やっぱり古戸さんのところはこうなんだ」

「穂坂くん、私も怒らないというわけではないのだけど?」


 穂坂のオールドアへの認識に物申したくなる来留芽。そもそも、つくも神は魑魅魍魎……様々な化物ではなく神様なのだ。確かに関わりのなかった普通の人から見ればそこに違いはないのかもしれない。しかし、あやかしに見る恐怖と神様に見る畏怖は違うのだと思いたい。線引きされた世界の向こう側の何もかもを恐ろしいものとして拒絶するばかりではないのだと信じたい。


「ごめん。軽率な発言だったな。別に、悪い存在だと言っているわけじゃないんだ」

「……まぁ、悪いばかりの存在ではないと分かってくれているなら良いけど」

「そうそう。それに、おれのもの(になる予定)のピックが悪いやつだったらショックだし」


 そのとき、穂坂の言葉に反応したのか手の中にあるピックがぴかりと光った。そして、何を主張したいのかは分からなかったが、彼の手を引っ張るように力がかかる。走っている途中で急にそのような動きをされたものだから、バランスを崩して重い音を立てて尻餅をついてしまっていた。


「う、わぁっ!?」

「こういう所があるからつくも神未満かつ普通の物以上のはあまり出せないんだけど……。穂坂くん、大丈夫? それと、鼈甲はもう少し人間の脆さを知りなさい。主を傷付けるのはあなたの本意ではないはずだけど?」


 来留芽の言葉には鼈甲も思うところがあったのか反省したように淡く光る。しかし、何か伝えたいことがあったのは確かなようで、穂坂の手を引っ張ったままのようだ。


「何か、行きたがっている場所があるみたいなんだけど。どうしよう、古戸さん」

「行くだけ行ってみよう」


 鼈甲に願われてやって来たのはつくも神未満のもの達が眠る一画。呪物も多いこの場所はできれば穂坂を連れてきたくはなかったところだ。ランプで照らされている範囲はそう広くはないが、いくつもの小さな抽斗がある棚がひしめき、かろうじて通路らしき空間ができているのが見える。そこを、念のため来留芽が前を歩いて進んでいた。


「あ、この辺みたい」

「そう。あまり長くいて他の呪物が目を覚ましても大変だから急いで」


 鼈甲は『もちろんだ』と言うかのようにぴかりと光り、とある抽斗を指し示した。そこはおそらく、この鼈甲が収められていた場所だ。簪の双子が雑に閉めたようで、ほんの少しずれがある。


「……古戸さん、開けてもいい?」

「念のため、私が開ける」


 開ける人については特に指定は無かったらしく鼈甲は大人しくしている。来留芽はランプを穂坂に預けると抽斗に手をかけた。


「何か入っている?」

「……これ。たぶん、鼈甲の手入れ道具」


 出てきたのは桐箱と柔らかい素材の布だった。桐箱は封印の役割をしていたであろう呪符が無残に破られている。簪の双子の仕業に違いない。しかし、箱というものは中に入っているものを守り、隠すと同時に封じる側面もある。ないよりはずっと良いはずだ。布の方は普通の物……と思いきやこれもまた封印に貢献していたのか呪符に近い紋様が刻まれていた。


「鼈甲の手入れってよく知らないんだよね」

「基本はから拭きで良いらしい。まぁ、この鼈甲は別かもしれないけど」


 ぴかり、ぴかりと鼈甲も光って主張する。光り方から推測すると、手入れはから拭きで間違いないがそこまで気にする必要はないと言いたいようだ。主人に手間をかけさせないことが道具としての使命とか何かなのだろうか。


「もしかして、ずっと持ち歩くのはまずいのかな?」

「そこは別に大丈夫だと思う。むしろ、持っていてもらわないと穂坂くんの体質の安定につながらないから」

「あ、そっか。そういえばそういう話だっけ」


 他には特に何もなさそうなのでようやく来留芽達は蔵を出ることにする。蔵の扉を開いて一歩外に出ればもう太陽の姿はなく、夜のまっただ中だった。虫の音が静かな夜を彩っている。


「もうこんなに暗い」


 唖然として穂坂が呟いた言葉に、来留芽はしまったなと苦い顔をする。この蔵……この迷い家の特性をすっかり忘れていたからだ。扉を閉じてしまうと外と中の時間の流れが少しばかり違ってしまうということを。


「ごめん。思ったより時間が経っているかもしれない。今は……夜の七時くらい」

「え、でも蔵の中にいたのってそんなに長くなかったような?」

「そうなんだけど、この迷い家の特性でちょっと中の時間がゆっくりだったり早かったりするから」

「え、あ、うん」


 思考が追い付かない様子で生返事をする穂坂。とりあえず来留芽は会社の方へ急ぎ歩く。穂坂は反射的に数歩ついてきてから、ハッとした様子で来留芽に追い付き、並んで歩き出した。


「えー、場合によっては浦島太郎があり得た?」

「さすがにそこまで緩やかな時間にはできない。妖力が足りないから」

「条件を満たせばできないことではないと。何か、流石だ」

「念のために言っておくけど、こちら側は今の普通の世界より少しだけ“不思議”が多いだけ。決して万能というわけではないし、危険も大きい。それだけは忘れないで」


 穂坂を見ているといつか認識を間違えて取り返しのつかない事態へ発展させてしまうのではないかと心配になる。こちら側に関わりつつ表で地に足をつけて過ごすというのならばそれ相応の知識をつけてもらわないと。

 今の時代の人だって神様やあやかしと付き合っていくことができるのだと期待したいが、どうだろうか……。


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