5 鬨の声よ響け
体育祭を台無しにしかねないあやかしについては細や社長達に任せておいて良さそうだ。
「恵美里も、白うねりの子どもを見つけたのは良かったけど、やっぱり学生時代の体育祭は思いっきり楽しまないとね」
「うん……分かった」
栄養補給も終えたところで、来留芽と恵美里は応援席に戻ることにした。次は青組団長が中心となって気合いを入れて準備をしてきた応援合戦だ。ここで入る点数も優勝のためには重要だった。
「一位を取れると……良いね……」
「まぁ、これについては順位を決めるようなものじゃないと思うけど」
互いに応援するというそのパフォーマンスに競争性は必要ないと思うのだ。とはいえ、この体育祭の応援合戦は特に高めの点数設定がされているので逆転を目論み、やる気を引き上げることは可能だろう。
「青組のみんな! 僕はもう何も言わない!」
「いや、何も言わないのはどうかと思うぞ」
「じゃあ、少しだけ。この応援合戦は僕ら自身への応援でもある! 自分達の心にも響くように大きく声を上げて、さぁ、気張っていこう!」
「「「オー!!」」」
空気が揺れたと錯覚しそうなほどの意気込みが青組から発された。しかし、それに続くように赤組、黄組も意気込みを響かせる。三方向から団長同士は視線をぶつけ、火花を散らしていた。
〈ただいまより、応援合戦が始まります。青組は準備をお願いします。観客席の皆様もどうぞご注目ください〉
応援合戦の順番も団長達のくじ引きによって決まっていた。青組、黄組、赤組の順だ。
最初になったのは良いとみるか悪いとみるか。
少なくとも、重圧は少なくて済むかもしれないと来留芽は思った。
「頑張りましょう、来留芽さん」
「あまり、熱血にはなれないけど」
「タイミングと声が合っていれば大丈夫だって!」
千代と八重にそう声をかけられた。この二人は来留芽の横と前にいるのだ。恵美里は残念ながら少し離れたところにいる。その代わり、東が近くで動くのでどことなく幸せそうだったりする。東も恵美里が見ているとキレのある動きをする。あの配置はやはりわざとだろうか、と勘繰らずにはいられない。公開告白事件はまだ記憶に新しいのだ。
***
「青組、応援を始めます!」
一歩前に踏み出し、青組団長・友善はそう力強く宣言する。さぁ、ここからが応援の始まりだ。
もう後戻りもできない。するつもりもない。高校生活最後の優勝をこの青組で飾ろう。そのための決意も覚悟もさんざん決めてきた。三年三組の仲間達はそれぞれのやり方で支えてくれた。もちろん、他のクラスのメンバーだって支えてくれた。あぁ、だからこの青春の一ページは眩しいほど輝いているのだろう。
――僕の、誰にも譲らない夢に向けたもう一歩へ踏み込む……!
団長はくるりと青組を見る。そして、指揮をするかのように右手を上げた。
応援合戦の真髄とは何か?
団長たる友善はそれを考えてきた。何がきっかけで応援がされるようになったのか。おそらくは、その答えが出発点だ。
そんなことを有明に話したことがある。彼は応援合戦一つに小難しいことを考えるなぁ、と笑っていたが、文学的観点から一言と頼んでみれば、一転して真剣に考えてくれたりする。ちなみに彼は文芸部の部長だ。文学というキーワードには面白いくらいに反応してくれる。
「文学的とか関係ないけど、あれだ、やっぱりただ観客でいるよりは競技してるやつらと一体化したいだろ。人は個人だが、組という集団でもある。それの確認が応援なんじゃないか。分からねぇけど!」
「最後の一言がなければ割と良かったのに」
「あからさまに残念そうにするなよ!?」
そんなやり取りもあった。
友善は現実に戻ってくると応援団の一人一人と目を合わせる。そして、小さく頷くとまた反転して応援を始めた。
応援を続けていると、ふと空が時折光っているように感じて不思議に思う。見間違いかもしれないが、妙な感じだった。
「応~援~歌~!」
一番の盛り上がりを見せる項目だ。これは特に各組での特色が出る。青組は応援団員の演舞で華やかになるよう仕上げた。女子が二人も入ってくれたからこそ、華やかさが上手く出たと思う。小野寺と丹羽には感謝しかない。
観客席の保護者達も感心したような目を向けてくる。空もなぜかきらきらと光り、喜んでいるかのような気もした。
真相は分からないけど、もうそれで良いじゃないか。
「ありがとうございました!」
「「「ありがとうございました」」」
他の組から、保護者方々から、そして先生方から拍手をもらって青組の応援は終わった。
「やったぞ、団長! 完璧だ!」
「うん。みんなすごくそろえてくれたね……あれなら一位を取れるかもしれない」
「心の中じゃ一位だぜ」
「みんな、本当にありがとう」
「おうよ、まぁ、まだ総合優勝まで突っ走るけどな」
「総合優勝も僕の夢なので、よろしく頼みます」
「「「任せとけ!」」」
ああ、本当に良い仲間に出会えた。
友善が感無量といった様子で泣きそうになっている後ろの方では応援団ではない生徒達もそれぞれ達成感に頬を上気させて感想を言い合っていた。
***
多くの生徒はその顔に笑顔を浮かべている。しかし、来留芽はどうしてもそれができなかった。応援合戦中の空の光。あれが問題だったからだ。
「ねぇ、来留芽ちゃん……細さんの蜘蛛……すごかったね……」
そう、応援合戦中のあれは滅紫の糸によってぶつかってきたものを弾く際に発生したのだった。特に青組の応援の最後の方では臆病だとされる蜘蛛は勇ましくも糸を伝って直接対処しに行って空をきらめかせており、明確な異変がそこで起こっていたと分かる。
「確かにそうだけど、ただ不可解なのはあのタイミングで幽霊が列になって現れたこと」
「あ、しっかり見てはいなかったけど……幽霊だったんだ……。透明な狭間でも開いていたのかな……?」
恵美里は東を置いて来留芽の近くまで来ていた。東は少し残念そうな顔をしていたが、すぐに男友達や未だ密かに想いを寄せる乙女に囲まれていたりする。
おおよそ問題はなさそうだ。
「狭間ね……確かに、その可能性もなくはない。でも、どこから行列になるほどの幽霊が来たのか」
「それは……ここじゃないの……?」
パチパチと目を瞬いて、小首を傾げながら恵美里がそう言った。
「ここ? ……あ、そうか。そういえば『空を行く人』があった」
来留芽も一拍考えてから思い出して、そのまま空へと視線を向ける。今は幽霊の影も形もなかった。
「ということは、かなり狭い範囲で行われたということになる。偶然じゃなくて人為的に起こされたもの? ……だとしたら、それを引き起こした何者かはまだ学園にいるのかもしれない」
「お仕事の時間かな……?」
「いえ、それは社長達に任せて大丈夫だと思う。昼にも言っていたし」
ちらりと観客席の方を見たが、社長達の姿は分からなかった。そのとき、後ろから肩を軽く叩かれる。振り向けば、応援団服が。
「古戸さん、古戸さん。ちょっと聞いても良い? さっきの応援中の空のあれって」
「しー、だよ……穂坂くん」
「あ、やっぱりあれ?」
どうしても気になってしまったらしい、穂坂が小声で尋ねてきた。あの空の光は一体何だったのかと。恵美里が困ったように唇へ人差し指を当ててみせる。それだけでこちら側の何かしらだと理解出来たようで、穂坂は頷くとすっきりしたような笑顔を浮かべた。
「そっかー、変なものが見えるなと思ったんだ」
「あまり気にする必要はない。ここは守っているから」
「へぇ。頼もしいね。分かった、じゃ、聞きたいことはそれだけだったからまたな!」
穂坂はそれだけ言うと列の前の方に走って行ってしまった。応援団員は青組の代表的な存在なので前にいるように言われているのだそうだ。
「恵美里、今日の所は仕事のことを考えなくて良いらしい。だから、体育祭に集中しよう」
「うん……」
そして黄組、赤組も応援のパフォーマンスを終える。この応援合戦の順位はしばらく後に発表される。生徒や保護者、先生達の投票で決めるからだ。もちろん、生徒は自分の組以外の二つから選ぶことになる。
はてさて、結果はどうなることやら。来留芽としては、あれだけ気勢を上げていた団長の努力が報われる結果になって欲しいところだ。
〈続いて、四×百メートル走です。選手は指定の場所へ集まってください〉
これも一年生、二年生、三年生と分かれての勝負だ。学年混合での決勝等は行われないので、各学年の出場者に重圧がかかることになる。来留芽のクラスからは陸上部男子の
むしろ、文化部所属の面々は玉入れや仮装競争に流れていたのだ。運動は趣味じゃない、というのが言い分だった。
「頑張れよー」「期待しているぜ」
「頑張って!」「応援しているね!」
移動を始めた八人にそんな声がかけられる。
「プレッシャーだなぁ」
「ま、やるしかないよね」
「それはそうなんだけど」
結果、一年生については三位と六位となってしまった。二年生は四位と五位、三年生は二位と三位で健闘した方だろう。青組の応援席には残念そうな声が響く。応援合戦を除いた午後一の競技の結果がこれではこの先も不安が残るのだ。最初の優位性が残っているうちに逃げ切れれば一番だが。
「次の競技は、と……」
「騎馬戦だよ……来留芽ちゃん。その次は私達の綱引き……だね」
「ああ、そっか」
午後の競技は午前中とは異なりかなり種目が詰め込まれている。おそらく、全員参加の競技が三つもあるからだろう。応援合戦、男子は騎馬戦、女子は綱引き、そして締めの大玉子転がしだ。来留芽はそれに加えて仮装競争にも出ることになっている。
「おーい、男子は騎馬戦頑張ってよ!」
「そっちこそ、負けるなよー」
砂煙が三つの勢力の間をつむじ風に乗って通っていく……そんな緊迫した画が目に見えるようだ。競技場のフィールドは芝生なので幻視でしかないのだが。
騎馬戦は時間の都合もあって三つ巴形式で行われる。非常に危ないのだが、不思議と今まで酷い怪我をした生徒はいないという。
〈ただいまより、騎馬戦が始まります。生徒は怪我のないように気を付けてください。来年の体育祭でこの競技が行われるかどうかは参加している皆様にかかっています〉
どうやらそのために怪我を避けるようになっているらしい。そのような仕組みになったのは二、三十年前だという。もはや伝統だ。
そして、合図が鳴り響く。男子生徒は勇ましく立ち上がり敵を見据えた。その口元には緊張と興奮による笑みが浮かんでいる。戦は男のロマン。今日この時ばかりは喧嘩も許されるのだ。
「行くぞ!」
「「「おう!」」」
三方向から一斉に騎馬が駆けていく。そして、地に響く声がその場に溢れた。
騎馬戦のルールは至って単純だ。互いに頭に巻いたはちまきを取り合うのだ。取られた者はすぐさま騎馬を解体し場外へ出る。取った者はすぐさま次の獲物へと向かうことになる。赤青黄それぞれに大将がおり、彼等のはちまきは点数が高くなるそうだ。
騎馬戦は大将を守りつつ相手へ攻め込むという、攻守のつり合いについて緻密な戦術が鍵となる難しい競技だった。
〈ただいまの騎馬戦は一位黄組、二位赤組、三位青組です。皆様の健闘に拍手をお願いします〉
「くそぉ~~!」
青組、痛恨の敗北だった。
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