4 糸くずもあやかし


〈玉入れの結果を発表します。一位、赤組第二チーム。二位、青組第二チーム……〉


 青組は健闘した。しかし、一位を獲るのは難しかった。第二チームが頑張って二位、第一チームは五位という結果だ。各チームの得点は、赤組十八、青組十七、黄組十八となっていた。総合ではまだ青組がリードしているが、それに安心してはいられないと思わされる結果になった。


「おかえりー」

「お疲れさま」

「「うん……」」


 玉入れチームは両方とも意気消沈して戻って来た。二位にまでなったグループも喜べないのは少し悲しいことではないかと思ったが、それが青組としてまとまった弊害なのかもしれない。


「五人とも、頑張ったんだし前向きに行こっ!」

「そうだよ、ダメだったと思うんなら次頑張ってくれれば良いし」


 玉入れのすぐ後に大縄跳びが控えている。これは一年生、二年生、三年生の順に行われるため時間的な余裕はない。だからこそ、限られた時間で気持ちを立て直してもらいたいと励ましの声が飛び交っていた。暗い雰囲気なんて吹き飛んでしまうくらいに。


「……恵美里、(ポケットのは)大丈夫?」


 玉入れチームの一人、恵美里に来留芽はそっと近付き、一部分については声を潜めて尋ねる。玉入れが始まる前と始まってすぐのとき、彼女が妙な動きをしていたことに来留芽は気付いていた。


「ええと……たぶん……?」

「たぶんって……」

「おーい、調子はどうだ?」


 自信なさげな返答に不安が過ぎったそのとき、細が応援席のぎりぎりの位置にやってきて声を掛けてきた。爽やかに笑って手を振っている。副担任をしているクラスだから激励に来たのだという体だが、目的が他にあるのは来留芽や恵美里からすれば明らかだった。

 笑っていない目が二人を見ている。


「ちょうど良い。細兄に丸投げしてしまおう」

「それ……良いのかな……?」

「どうせ、そのつもりで来たはず」


 細は「一人一人激励してやろう」と言って生徒が集まるように誘導しているのでおそらく予想はそう外れてはいないはずだ。


「うん? 白玉、ちょっと跳んでみろ」

「え? こうっすか?」

「ああ、そうだ……音がするな。ポケットの中、何か入れているだろ」

「あ、やべ……」

「携帯か。預かっておくぞ? それじゃあ跳びにくいだろう」

「へーい」


 音はしなかったと思うが、ポケットに余計なものを入れていたのは間違いないようで、彼は大人しく細へと渡していた。


「カツアゲか何かみたい。何か手慣れてますよ先生!」

「ははは。ひどいな。俺はこれでも教師だぞ?」


 生家は紛れもなくそちら側であることをおくびにも出さずに笑う細を見てから、来留芽と恵美里はちらりと視線を交わす。この流れはポケットの中のものを渡すのにちょうど良い。奇跡的な流れだ。もちろん、あえてそうしたのだろうが。


「最後は――古戸と日高か。日高は、大丈夫か?」

「大丈夫……じゃない、です。とりあえず……これ、預かってください」

「ああ、分かった」


 そのやり取りは回りの人に見られないように来留芽が壁となって隠した。糸くず玉は無事に細に渡ったようだ。


〈次は、大縄跳びです。一年生は準備をお願いします〉

「ま、頑張れよ! 預けたやつは取りに来るの忘れるなよー」

「「「はーい!」」」

「返事だけはいつも良いんだよなぁ、このクラス……」


 細は頬を掻きつつ預かった物を抱えて生徒達を見送るのだった。右手にはしっかりと恵美里から引き取った糸くずの塊が握られている。一番の問題はこれだった。わずかに妖気を感じられるのであやかしであるのは間違いなさそうだ。


「何だろうな、この糸くず……」



***



 昼休憩の時間になった。生徒は学園から出ない限りは好きな場所で昼食を取ることができる。食堂も限定的に開放されているが、基本的には食べる場所として開いていると思っていた方が良いだろう。


「みんな!」 


 気落ちしているところでそんな風に呼びかけられ、皆が注目する。見れば、青組応援席の前で団長が立ち上がっていた。


「大縄跳びは惨敗だったけど、昼食でしっかり栄養取って午後に備えよう! 午後イチで応援合戦がある! 僕は、応援合戦もそうだけど、君達となら総合優勝も目指せると思っている!」


 大縄飛びは団長が言ったとおり惨敗だった。一年生は一組が四位で二組が五位。二年生は四組が四位、二組が六位。三年生は三組が二位、一組が六位だった。ここで総得点は赤組が一九六点、青組が二二〇点、黄組が一八八点となっている。


「頑張ろう! 勝つのは青組だ!」

「「「おー!」」」


 団長のおかげで少しは暗い気持ちも晴れたようだ。表情に活力が戻ってきている。


「あ、そうそう。実行委員からの連絡です! 昼食のみ応援席上部の方も利用可能。保護者の方と食べる人はおすすめ!」

「おー、ってか俺、母ちゃんが弁当持ってきているんだよな」

「右に同じ。だってまだ暑いし弁当腐りそうだから」

「横綱級の俺の母ちゃんどこにいっかなー」

「おいおい、その言葉ばれたら張り倒されるんじゃね?」

「横綱級だからなぁ……あ、いた」

「「じゃあ、また一時に」」


 クラスメイトはそれぞれ昼食を求めて散っていった。


「私達も行こうか、恵美里」

「うん……場所は、分かる?」

「たぶん」


 そう言いながら、来留芽は周囲へ視線を走らせる。


「いた」


 見つけたのは一匹の黒い蝶。ふらふらと人の波を縫って飛んでいる。不思議なのは誰もその蝶に注意を払っていないことだ。


「あれ……ちょうちょ? でも、何か……変な感じがするね……」

「あれは作られた蝶だから。胡蝶の夢になぞらえて樹兄がたまに使う」


 あれも式神の一種だ。蝶の形は実は来留芽が好んでいたりする。優雅に飛ぶ様がきれいだから……という単純な理由だけではなく、蝶は生死の象徴でもあるからだ。

 これ以上は考えるまいとして来留芽は緩く頭を振ると思考を切った。


「あれについていけばたぶん合流できる。ちょうど良いから恵美里が拾った糸くずのことを話そう」

「そういえば……京極先生も……来るの?」

「来ないと思う。教師と生徒という関係を崩すのはまずいから。それに、昼食時間は教師によるパフォーマンスが予定されているし」


 これは毎年恒例の出し物だという。挙手制だと言うが、結局は全員参加するそうだ。


「先生は何をやるんだろう……」

「さぁ。去年は先生全員でミュージカルの一部を完コピだったらしいけど」

「へぇ……おもしろそう。先生に親しみを持てそうな気がするね……」

「それそこが目的らしい」


 そんなことを言っていると、蝶がひらりと速さを上げる。慌てて目で追うと、その先に立っていたその人の手にとまった。その後ろには社長と巴、翡翠が座っている。


「やぁ二人とも、お疲れさま~」

「樹兄」

「今日は翡翠さんと社長の手作り弁当だよ~」

「社長、の……」


 それだけ呟いたきり言葉を継げなくなった恵美里の肩を来留芽はポンと軽く叩く。


「恵美里、そんなに不安そうにしなくても、社長は料理上手だから大丈夫」

「まぁ、なんだ。二人とも座るといい。料理については気にするな。作り手がいないから作っただけだ……精進料理の色が濃いが、不味くはないだろう」

「は、はい……」


 言いたいことを言えないでいるかのような微妙な心持ちの顔をしながらも、恵美里は椅子に腰をかけて取り皿を受け取る。来留芽も同じようにしながら視線だけであの糸くずを探した。しかし、見つからない。


「樹兄、細兄から糸くずみたいなあやかしを預かっていない?」

「ああ、あれ……預かっているよ~。珍しいもの見つけたよね~」

「というと、正体が分かっている?」

「もちろん。聞いたら驚くよ~。ね、社長」

「ああ。普通は見られないな」


 一体何だったのかと思うが、樹はなかなか話さない。


「あれの正体はね~……白うねりの幼体、だよ」

「「白うねり?」」


 来留芽と恵美里の声がそろう。しかし、その声音に込められた感情は全く異なっていた。来留芽の方は来留芽の方は白うねりというあやかしを知った上で何故現世へやって来たのだろうかといった気持ちによる反復だったが、恵美里の方は単純に白うねりを知らなくて言葉を反芻しただけのようだ。


「白うねりっていうのはね、見た目はぼろい白布巾でできた竜みたいな感じ。普段は妖界にいるあやかしだね」

「しかも、つくも神というわけでもないし人間嫌いだから妖界の表層にはいるはずがないんだよね~。現世へ来る可能性も低い」

「ちなみに妖界の深層は人に危害を加えやすい性質のものが封じられている。白うねりは中層くらいだったか」


 巴、樹、社長の順に白うねりについて説明する。ちなみに、表層・中層・深層と言っているが、表層は現世へつながりやすい場所、深層は現世へつながり難く人にとって危険なあやかしが多い場所、中層はその中間となっている。各層へは妖界のいくつかの場所にある“門”から行けるらしい。来留芽達が普段訪れるのは表層なのでそこのところはよく知らない。


「つまり……?」

「白うねり自体が現世では珍しい。その幼体ともなると、もっと珍しい。むしろあり得ない」


 あやかしの子どもはその生態によって差はあれども基本的には大切にされる。今回のことは本当に異常なのだ。


「樹兄、糸くず……じゃない、白うねりの子どもはどこに?」

「術で眠らせてポケットにいるよ~。終わったらオールドアだね。翡翠と恵美里もね~」


 問題は親の存在だが、樹に巴、社長までいるなら何とかなるだろうか。


「あ、教師陣の出し物ってあれ?」


 巴がふと食べる手を止めて視線をフィールドに向けた。それにつられて振り向いて、来留芽の恵美里は見えたものへの理解が追いつかず、目を瞬く。


「何あれ」

「何か……マジックショーで見るのみたいだね……?」

「ああ、確かに」


 黒い箱が簡易な舞台の上に置かれていた。人一人くらいならなんとか入れそうな箱だ。


〈まもなく、鳥居越学園教師によるマジックショーが始まります〉


 どうやら、知らぬ間にこの前に行われていた部活動対抗リレーは終わっていたらしい。


「恵美里が正解だ」

「無難なとこだね。細は何をやるんだろう」

「見た目が良いから目立つ役じゃないかな~」


 競技場には何やらキラキラとした感じを受ける音楽がかかり、舞台の左右に教頭先生と生活指導教員が現れると箱に近寄る。そして、ポン、と叩いた。すると……


〈おおっとぉ~、箱から人が、先生が飛び出てきました! 次々と出てきます。何人、何人いるのでしょうか!?〉


 と、総参加人数不明のマジックショーが幕を開ける。細も女装させられながらしっかり参加していた。トリらしい。


「京極、先生……」

「ネタ枠みたいだね~」

「細兄もよく承諾したと思う」

「いや、あれは承諾はしていなかったんじゃない? 抵抗しきれなかったような感じだよ」


 細の目は少し虚ろに見える。押しきられてしまったのかもしれない。それでも笑って求められたキャラクターを全うできるほどの精神力があれば別だろうが、細自身にはそうトチ狂った精神力はなかったらしい。


「あっはっは! 可哀想に。でもちょうど良く美形だから似合うじゃないの」

「巴姉、お酒入ってる?」

「んー、ちょっとは飲んだけど。ちょっとだけね」


 普段よりも少しだけ気分が高揚しているかのような巴の様子に疑問を覚えたのだが、やはり飲んでいたらしい。


「……いや、三本だ」

「それはちょっとじゃ、ない」


 そもそも、未成年がほとんどの学校で酒を開けるなと言いたい。


「あ、細はあんなんでも仕事するつもりみたいだね~」

「仕事?」


 思わず顔を向けてみれば、細のいる辺りから放射状に妖力の見えない糸のようなものが広がっていくのを察知した。


「う~ん、式神使ったかな~?」

「蜘蛛の糸みたいだから……滅紫けしむらさきかもしれない」

「滅紫? ……ああ、幽蜘蛛とかいうあれね」


 幽体蜘蛛はあやかしだ。基本的には臆病で、見えないくらい細い糸で作った網を空間にかける。何かが近寄ってきたとき、すぐに察知して逃げ出すのだ。

 滅紫はそんな幽体蜘蛛の中でも冒険心に溢れていた個体だという。細が子どもの時に契約したものだ。現世へ行ってみたいがために式神となったという珍しい経歴を持つ。


「細自身は白うねりの親がやって来ると思っているってことだね」

「体育祭が台無しにならなければ良いけど」

「心配しなくて良い。来留芽と恵美里に動いてもらう必要が出てくる前に、私達で決着をつけるからな。なに、じきに薫も来る。戦力的には十分だろう」


 社長は、「こういった行事くらい憂いなく参加してもらいたいからな」と余裕な様子を見せている。

 頼もしいことだ。そう思いながら、来留芽はぼんやりと競技場内を見回す。

 気にしなくても良いと言われても、知ってしまえばどうしても気になってしまう。それはおそらく、来留芽にとってこの学園がもう大切なものになっているからだ。

 大切なものは、守りたい。至極普通の思いを胸に決意しながら来留芽は黙々と昼食を食べ進めるのだった。


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