魂語小編
それでも夢を見る
妖界には多種多様な不思議な生き物たちが暮らしている。鬼、天狗、妖狐、海には人魚、海坊主……きっと、それ以外にも星の数、とまでは言わないが星座の数は余裕で超えるほど多くの種類のあやかしがいる。人が想像したありとあらゆる不思議な者達がいると思えば、その場所はきっと美しく、幻想的で、でもどこか仄昏く、妖しい――混沌であると言えるだろう。
この世界はある意味では作られたものだった。だが、誰のものというわけではない。
そんな中、広い大空を我が物顔で泳ぐオーロラがあった。虹の竜、虹龍と呼ばれるその龍は悠々と宙を泳いでいる。龍は特等のあやかしだ。そして、神格化されているので圧倒的な強さを誇る。優美で雄々しいその姿に憧れを見出す者も少なくはなかった。虹の龍などその見た目の美しさから憧れの対象となる筆頭だ。
本性さえ知らなければ。
『あら、てんてん久しぶりねぇ』
虹龍の本性は、これだった。
『その妙ちきりんなあだ名は止めて欲しいと何度も言ってきた気がするが、変えるつもりはないんだな。あと天狗は種族名であって俺の名前じゃない。……まぁいい。久しぶりに呑まないか?』
とある天狗の将がそう言って手にした酒瓶を振る。そこに満ちる液体を思って、虹龍は目を細めた。
『良いわねぇ。でもこの辺に龍が降りられる土地なんてあったかしら。飛び飲みは気分じゃないの』
『こちらとしても、酔ったお前はいろいろ緩んで周囲への被害を拡大させてくれるからな……抑えられる場所にいてくれた方が楽だ』
『緩むかしら?』
『紛れもなくな。というか、実際のところかなり歪なお前の妖気に触れるだけで小妖怪どもは昏倒するぞ』
龍の気配は妖力と神力が混じったようなもので、普通のあやかしには耐えがたいのだという。
だからといって虹龍が何とかできるかというと、できない。生まれたときからそのような性質を持っており、もはやこう在らざるを得ないのだった。
『不便よねぇ。そこいらの子なんて触れただけで壊れてしまうのだもの』
『壊したばかりか?』
『……ヒ・ミ・ツ(はぁと)』
天狗は顔をしかめて何かを追い払うような仕草を見せる。
『そういえば、この前人間と遭ったのよ』
『壊したか?』
『てんてん、龍は別に破壊の権化というわけじゃないのよ? 壊さなかったし、壊れもしなかったわ』
『ほぅ、それはそれは……よほど強いのか、こちら側と相性が良いのか』
天狗は好戦的に目を煌めかせる。
『会えるときが楽しみだ』
『……ねぇ、そちらこそ、壊さないでちょうだい。次にあったら味見するんだから。今思えばあの子達は皆、美味しそうだったわねぇ。まとめていただけるかしら』
天狗はしばらく無言で自分は今一体何を聞いたのだろうかと首を傾げていた。虹龍は特に人食いというわけではなかったはずだ。では、味見とは……。そこで虹龍の性質を思い出して言葉の“意味”に気が付いたとき、さっと青ざめた。
『味見ってまさか……』
『人化の術も習得した方が楽しめるかしら?』
『一度会ったきりだろ、何でそんなに傾いているんだ。というか、節操が無さすぎだろう。そもそもお主の恋愛遍歴は――』
たいてい、相手が可哀想なことになって終わる。
それでは実るものも実らないと説教しかけた天狗の言葉を遮るように虹の龍は鼻で笑う。
『あら、恋って落ちるものでしょ? 出会って、別れたからこそ募る思いもあるのね。それに、恋が一つきりだなんて誰が決めたの?』
まるで世界が色づいた気分で虹龍は体をくねらせる。再び出会えたときのことを夢見て口の端を持ち上げた。
『その人間も、運のない』
そして、恋の狩人となった虹龍に狙われる人間を思って天狗は合掌するのだった。厄介な性質を持つこの龍に狙われるなど、可哀想でならない。
『いつか、この世界が合流できればねぇ……思う存分に追いかけるのに』
狭間、境界、境目、溝……何とでも呼べるそれがなくなることを虹龍は夢見る。叶い難いものだからこそ、夢見るのだ。
***
ほぼ同時刻。
「へっくしょん!」
「「くしゅんっ」」
全く同じタイミングでくしゃみすることになった三人は次いでゾッと悪寒に体を震わせた。そして、お互いに同じことが起こったのを見て、首を傾げるのだった。
Fin.
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