4 笑えない会議


 白皇からの依頼は月白の捜索の手伝いだ。さらった相手が人間だということから、彼はこちら側……つまり現世にいる可能性が高いと考えられる。そして、現世で表裏ともに動きやすいのは来留芽達のような霊能者だ。捜索する範囲には現世と狭間も入るのかもしれない。


「狭間に自由に出入りできる術者だというなら、樹兄のネットワークを利用した方が見つけやすいかも」

「とはいえ、今あいつどこにいるのか全く分からないよね?」

「そう、そこが問題。あれ、でも、社長なら樹兄の行き先知ってるんじゃ……」


 巴がうんざりした様子で言ったように、樹の行き先は“山”ということ以外は不明である。どこの山をほっつき歩いているのか、どう生活しているのかさっぱり分からない。しかし、それでも一応仕事をしているのだ。

 来留芽は、社長が何かを知っているのではないかと期待して視線を向けた。


「ああ、樹か……おそらく、いつもの仕事だろう。夢縁寺の使いっ走りだ。知っていれば行けるが、お前達はどうだろうな」


 仕事がパシリ?

 来留芽は巴と顔を見合わせると同じように首を傾げた。寺というからには仕事は裏関係だろう。裏が関わっていると仕事を選べるようなものではないのだが、どうも樹にそぐわない単語だ。しかし、何となく分かった気がする。


「巴姉、夢縁寺だって」

「聞いたことがないね」


 樹の確保は諦めた方が良いのかもしれない。来留芽と巴は二人して項垂れた。

 そんな二人を余所に社長と細はさらに話を詰めようと白皇と三日月の方を向く。


「こちらの事情で少々脱線してしまってすまない」

「いや、息子を探す手立てを考えてくれたのだろう。脱線というほどではない」

「そう言ってもらえるとこちらも助かる」


 その社長の言葉に、来留芽は脱線していたことにようやく気が付いて白皇と三日月に頭を下げた。しかし、二人ともそれについては大して気にしていなかったようで、手を軽く振って止められる。

 そのとき、白皇に感じていた威圧感が心なし減ったような気がする。来留芽は内心で首を傾げつつ、社長と白皇達のやりとりに集中し直した。


「ところで、白皇。問題はそれだけではないだろう。この際、情報はまとめて出さないか?」

「守は何でも見通すな」


 苦く笑ってそう言った白皇に、社長は不適に笑って見せた。そう、まるで悪鬼か何かが悪巧みをしているかのような笑みだ。それを見て白皇も迷いを吹っ切ったかのように似たような顔をする。

 どう見てもヤバイ密談現場にしか見えないことは笑いを誘う

 笑って良い場面ではないことは確かなので笑えないのだが。


「――そうだ、確かに今はいくつも問題を抱えている。もちろん、それについても頼らせてもらいたい。一つは、俺の妻の事だ。これは、三日月の方が詳しいか?」


 白皇の視線を受けて、三日月は頷くと話し始めた。


『湖月様につきましてはぁ、以前から相談させていただいたように月の魔力に当てられてしまうという問題がありましたぁ。幸い守殿の処置によって多少楽になったようですが……葉月の盆から先、状態が悪化しているようなのですぅ』


 湖月は月詠尊の巫のようなことをしているらしい。しかし、彼女の本質として他者の想いに影響されやすいというものがあり、今はそのせいで臥せってしまっているのだと言う。

 来留芽としてはどことなく親近感を覚える話だった。


「そうだったか。予定を早める必要があるようだな。本当なら中秋のあたりが最も安定している読みだったのだが……早めることが出来ないわけではない」

『そうだったのですねぇ。霊能者のことは私どももなかなか知ることができないもので』

「こちらも、最近の妖界の事情には疎い。この辺りのことは白皇のところと定期的に誰かを遣わせる約束だから今後はどうとでもなるだろう」


 湖月の相談については以前からオールドアに寄せられており、社長が対応していた。来留芽の覚えている限りでは、確か秋の方だからどうにもこうにも先送りにしか出来ないというような話だったはずだ。そういえば暦上では既に秋になっていたか、と今更ながら思う。今なら時期も合って力を使えるのだろう。


「社長。白鬼の里に誰かを遣わせる約束って聞いてない」

「言っていなかったか?」


 社長は目を瞬かせて首を傾げた。

 しかし、来留芽の中にはそのような連絡があったという記憶はないのだ。白鬼の里に行くということは妖界と現世の行き来が増えるということなので、普段よりも慎重に行動する必要が出てくる。オールドアのように小さいところは皆が協力して隠蔽に励むのだ。だから、そんな重要な話は聞かされたら覚えているだろう。覚えていないということは、聞いてない。


「そうか……それなら、改めて言うが、白皇の奥方の問題を受けて妖界でも意外に霊能者を必要とすることがあるらしいことが分かった。その窓口としてオールドアの誰かが向こうに出向くことになったんだ。もちろん、ずっとではない。とりあえず秋から冬にかけて試しで行う」


 これも一応、本部からの仕事らしい。つまりは予算を気にせずに好き放題できるお仕事だ。もっとも、あまりにも変なことをしていたらしっぺ返しを食らうのだが。それに、無用の監視をつけられることもある。良いことばかりではない。


「そう。私にはあまり関係なさそう?」

「たが、休日には行ってもらうこともあるかもしれない。そこは各自の相談でな。白皇側にも希望があるかもしれん」

「いや、浮世側と連絡のつく者であれば文句はない。守が言ったようにまだ試行期間だからな」


 今回は急ぎ誰かを白鬼の里に送り、緊急的に動くことになるようだ。社長と白皇の話し合いでそう決まった。


「今話し合えるのはこのくらいか?」

「だろうな。白鬼の衆らは俺がしばらく抑えておく。その間に何かしら進展することを願っているぞ」

「全力を尽くそう」


 鬼が現世に出てきてしまうのは来留芽達としても困るのだ。特に鬼は自分達の子どもに甘い。口では理性的にすると言っても逆鱗に触れると暴走する様がありありと脳裏に浮かぶほどだ。今回も白皇が鬼達を抑えていられる内に月白を助け出さなくてはならない。



 ***



 月白捜索の依頼を受けたとはいえ、早々に探し出せるものではなく。翌日から動けるのは巴と翡翠だけだった。他の面々はなかなか時間が取れなかったのだ。誰とは言わないが所在不明の社員だっている。社長が何も言わないので来留芽も何も言えないのだが。


「来留芽ちゃん……連絡、もらったよ……放課後は、わたしも手伝うから」


 翌日、来留芽はいつも通りに学園へ登校していた。教室にやって来ていつものように読書をしていると早くから登校していたらしい恵美里が近付いてきてコソッとそう宣言してくる。昨日、日高親子は休みだったので情報をメールで送っていた。恵美里はそれを確認したのだろう。


「助かる。相手はそれなりに力量のある霊能者の可能性が高いから、単独行動は避けるようにと言われているのは知っていると思う。手伝ってくれるなら、恵美里は私と動くことになるけど問題はない?」


 月白は子鬼だが、能力的には高位のあやかしだ。戦い方を知らなくても適当に大暴れするだけで相手側は甚大な被害を受けることだろう。しかし、相手はそんな子鬼を難なく攫っていった。十分に警戒すべきだ。

 単独行動を避けるようにと言った来留芽だが、もし恵美里が行くのを嫌がった場合は一人で動くつもりだったりする。もちろん、影で守りながらになったことだろう。彼女はまだ霊能者としても卵の殻が付いているような雛だ。それでいて霊力は大きい。それはきっと相手側も気付く。だから狙われやすい。しかし、何も関われない場所へ隔離することも出来ない。何せ……敵がいると考えられるのはこの蓮華原市の近くなのだから。

 そう考えると恵美里が月白の捜索を快諾してくれたのはすぐに守りに入れるという点では助かったかもしれない。


「うん……来留芽ちゃんと一緒って心強いよ。せっかくだから……こういう時にどう動いたら良いのかとか教えて欲しいな……」

「もちろん、教える。霊能者の見つけ方、戦い方、敵からの逃げ方に逃がし方も」

「逃げ方に……逃がし方……うん、大切だね」


 裏の仕事においては霊能者以外の一般人を巻き込まないようにすることが基本だ。人は自分が理解できない力を知ったときだいたいは排除する方向に動く。その過程であやかしのことも知られてしまうかもしれない。それは避けたいことだった。


「まだ恵美里一人じゃ記憶を消したりとか出来ない?」

「うん……教えてもらってもいないよ。わたしの専門じゃない……ということもあるのだろうけど」


 恵美里も基本的な知識は順調に増えているようだ。オールドアだけではなく、本部の仕事を受けながらも勉強しているからだろう。


「確かに、あれは呪術師の分野だから恵美里には難しいかも」

「……その言い方だと……もしかして、出来ないわけじゃない……?」


 ハッと気が付いたかのように目を開いた恵美里に向けて来留芽は頷いてみせた。呪術師も巫女も同じ陰陽術師系統だ。今でこそ得意不得意によって呪術師、符術師などと分けられているが昔の陰陽術師達はおよそ超常的な現象全てを自らの仕事として手掛けていたのだ。


「じゃあ……来留芽ちゃんが教えてくれる……?」

「恵美里が知りたいと願うなら」

「やった……!」


 そのとき、来留芽は恵美里の後ろからやって来る友人二人を見つけた。“普通”の友人なので恵美里に対してこれ以上裏関係の話は止め、と目配せする。


「来留芽ちゃん、恵美里! おはよ~!」

「おはようございます、二人とも早いですね」

「あ……八重ちゃんに千代ちゃん。おはよう」


 いつも通り、二人には普通に挨拶を返して来留芽は適当に三人の会話に混ざるようにする。声を掛けてきた常磐八重に竹内千代は裏の世界があることは知っているが、そう深いところまでは知らない。まだ表の世界に属している友人だ。


「そういえば恵美里さん、私達が登校してきた頃、来留芽さんと楽しそうにしていましたが、何を話していたのですか?」

「あ……ええとね……」


 千代のもっともな疑問に恵美里は返事を窮してしまう。この友人を裏に巻き込んで怖い目に遭わせたくないとは来留芽と恵美里の二人の間で共通している気持ちだ。だから、正直に話せないものも出てきてしまう。ちなみに、“もっともな”としたのは恵美里も来留芽ほどではないがはっきりと感情を表すことをしないからだ。喜ぶときも基本的には控えめで、飛び跳ねるほど感情を発露させることは珍しかったりする。


「あ! 分かった。お仕事関係でしょ? 恵美里が話せないって彼氏くんと仕事関係のことくらいだもん」


 パンと手を打って八重が正解を出す。しかし、恵美里にとってはそれよりも慌てずにはいられない言葉があった。


「か、彼氏くんって……!」


 すぐに意味が分かって少しだけ頬を染めている。


「東爽太くんですね。今も女子の中で話題になっていたかと思います」

「え……嘘だよね……?」


 本当だ。来留芽のところにも八重経由で話が入ってきている。これが公開告白の威力か、と驚くほど正確な伝言ゲームが成立していた。これはおそらく、予想以上に東が注目されていたからだろう。


「まぁ、サッカー部で花丘くんと話題になっているから嫌でも注目はされると思う」


 来留芽はそう言って肩をすくめた。花丘は一年一組の二枚目、東は一年二組の二枚目として騒がれており、それを加速させたのは二人ともサッカー部の所属となったからだった。


「それに、恵美里ちゃんだって可愛いし。あの告白の大胆さが良いギャップだと評判だって言っていたよ」

「へぇ……誰が?」


 気を抜いて適当な返事をした来留芽だが、よく考えるとギャップがどうのという話は評判と言うからには恵美里の彼氏である東以外から出るものではないか。まさか東のライバルが現れたのかと思い、思わず八重を見てしまう。


「ふっふっふ~誰だと思う?」

「えっ……うーん……評判ってことは噂だよね……?」


 どうやら恵美里は八重に付き合うつもりらしい。来留芽も彼女の思考を補助するように口を出してみる。


「噂好きで、恵美里と親交のある八重に対して普通に話す大胆さ……間抜けさ? がある」

「そうだよね……それに、わたしに対してだから女の子よりも男の子の可能性の方が高い?」


 そのとき、考え込む恵美里の後ろからこっそりと近寄ってくる影があった。来留芽の視線に気が付いたのか、唇の前で人差し指を立てて見せてくる。そして、恵美里の肩に手を置いた。


「ふっ、君に関する噂を常磐さんに提供したのは僕さ」

「へ……? あ……中隠居くん」


 中隠居なかいんきょ知弥かずや。来留芽達のクラスメイトの一人だ。推理物、ミステリー小説が好きらしくよく読んでいるのを見かける。自称アームチェア・ディテクティブでクラスの情報屋のような立ち位置にいる。


「ふっ。ちなみに、東にも『今日の日高さん』というタイトルで報告を上げていたりするけど、知っているかい?」

「え……っ! ちょ……ちょっと爽くんと……話してくるね」

「ホームルームの時間に気を付けて」


 おそらく、ふざけたタイトルの報告書とやらは入学当初からのいじめ関係のものだろう。東は隣のクラスだが、意外に一組のことを知っていた。きっと目の前にいる中隠居などの友人から情報を得ていたに違いない。残念ながら恵美里はそこまで思い至らなかったらしく、目を据わらせると早足に教室を出て行ってしまったが。


「中隠居くんがこうして話しかけてくるのは初めてだね」

「ふっ……僕は少し人見知りなものでね。だけど、常盤さんから君のことを聞いて興味を持ったのさ。――古戸さん、君はこの学園の面白い話をご入り用かな? 何ならこの町の不思議な噂も付け加えようじゃないか」


 なるほど。面白いツテだ。

 来留芽はしてやったりというような得意げな顔をした八重をちらりと見ると頷いた。


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