誕生日占い
それは、ちょうどオールドア社員旅行の最中だった。八月十四日。その日は、来留芽の誕生日だったりする。
仕事が一段落した(させた)頃、オールドアの面々で集まって乾杯する。社長秘蔵の妖酒が開けられた。
「……まぁ、初日からずいぶんと消耗させてしまったからな」
旅行先に持ってきているのだからもともと開けるつもりだったのだろうが、素直にそう言いたくはないようだ。これは相当良いものを持ってきているな、と巴などはニンマリしている。
「う~ん、染み渡るね~」
「来留芽に甘い社長に感謝だな」
「ほんとほんと、来留芽ちゃん、誕生日おめでとうー」
パカパカとコップを空けているのは樹、細、巴だ。この三人はそろそろ社長の眉間の皺の深さに危機感を覚えるべきだと思う。
「あ、そういえば~先日、妖界に行ったときに面白い露店があってね~」
「露店?」
「占いの露店だよ~」
「占いか……これももとは霊能者の真似から始まったものだったか」
細が顎に手を当てて呟く。陰陽術師も占星術を使えるので占いを知らないわけではない。
「そういう性質を持つあやかしだっているけどね~。彼女は占いのあわいに行かないで頑張っているんだってさ。で、ちょっとオールドアのみんなの占いをしてもらっちゃった」
「……へぇ? 渡した情報は?」
「名前と誕生日だけだったね~。それだけ聞くと少し下がって何かを書いて持ってきてくれたんだよ」
樹が取り出してきた紙に全員が興味津々の様子で視線を向ける。それらは綺麗にたたまれていて外からは見えないようになっていた。
「じゃあ、まずは今日の主役の来留芽からだね~……ええと、これこれ。自分で開かないと占いとして半端になってしまうらしいよ~」
「ふぅん」
不思議なルールだ。そう思いながら、来留芽は受け取った紙を開く。書いてあるのは、ほんの数行ほどだった。
――――――――――――――――――――――
八月十四日 名前:来留芽
死すること、それは復活
あなたのなかにはさまざまな色が舞っています。
それらは恋や物事に消極的なあなたを励まして
くれることでしょう。
――――――――――――――――――――――
「どう判断すれば良いの?」
「とりあえずは自分に当てはまっているかどうか、かな~」
何となく、来留芽が抱えている呪について示唆されているように見えなくもない。
そしてとにかくもメッセージらしき部分が物騒だ。人は死んだら復活できません。
「まぁ、適当な占いだからね~。じゃあ、次は社長で」
――――――――――――――――――――――
三月十三日 名前:守
優等生と悪魔的な二面性
あなたの持つ二極の運ですが、よく働くときは
あなたの思うがままに。
悪く働くときは手痛いしっぺ返しを受けること
でしょう。
――――――――――――――――――――――
「優等生と」
「悪魔的な二面性……」
思わず全員が社長を見てしまう。社長の悪魔的な面など想像もつかない。
「まぁ、外れてはいないな」
冗談か本気か分からないが社長がそう言ったものだから思わずゴクリと唾を飲み込んだ音が聞こえた。
「当たることもある、と。じゃあ、次は細~」
――――――――――――――――――――――
九月十九日 名前:細
知的、理性的、合理的で潔癖主義
周囲から頼りになると思われているあなたですが
時として冷たい人と思われがち。
心からの笑顔を見せれば誰もがあなたの虜になる
はず。
――――――――――――――――――――――
「まぁ、当たっている感じだが、アドバイスは不要だな」
「笑顔を見せずとも女は落ちてくるって? 色男は言うことが違うねーまったく」
「絡み酒に移行したか……ここから面倒くさいんだ」
巴を適当に引き剥がし、細は頭を振る。
「そんな巴にはこれね~……開け方は分かるよね~?」
「あたしを何だと思っているの」
「「酔っぱらい」」
――――――――――――――――――――――
五月三十一日 名前:巴
二足のわらじをはける能力者
ノーマルとアブノーマル、計画性と無謀性などの
二極の性質を秘めるあなた。
それらの調和と自由と自然が幸運へと導くでしょ
う。
――――――――――――――――――――――
「二足のわらじだってさーあはは」
「ノーマルとアブノーマルにツッコミ入れるべきじゃねぇのか?」
笑いながらバシバシと隣の薫を叩いている。それなりに力が入っていそうなのにびくともしないのはさすが鬼の子というべきかもしれない。
それにしても巴の普通ではないところ……何だろうか。
「巴のは少し本人と差異がある感じだね~。ま、本人も知らない本人の性質って可能性もあるかも。で、次は~薫ね」
「はいはい」
――――――――――――――――――――――
十二月八日 名前:薫
自由こそがあなたの翼
束縛を何よりも嫌う、自由志向の人。
それゆえ罠にかかりやすいですが、楽観的なとこ
ろがあなたを助けるでしょう。
――――――――――――――――――――――
「これは……当たっているんじゃない? 薫」
「罠にかかりやすい、ってのは違うだろ!」
「でもあんた、小さいときに畑中の罠にかかりまくっていたよね?」
「……」
沈黙は肯定とみなされる。
「じゃあ次は、翡翠かな~。これだよ」
「ありがとう」
――――――――――――――――――――――
五月二十二日 名前:翡翠
二面性のある性質
自分でも自分自身が分からなくなることもある
かもしれません。
そんなときは、あなたの中に根をおろしている
大樹を思い出して。
――――――――――――――――――――――
「うーん、これは判断に迷うね。翡翠自身はどう思う?」
「そうですね……二つの気持ちに揺れることは正直、あります。それと、大樹はもしかしたら……」
「あの土地神様のことかもしれない」
「だよね……何かあったら……彼女を頼れってことなのかも……ね、お母さん」
恵美里がよく通っている公園がある。そこには見上げるほどの大樹があり、土地神様として存在している。もしかしたら、それのことを言ってるのだろうか――そう思わせる内容だった。
「それで、恵美里はこれね~」
「ありがとう……ございます」
――――――――――――――――――――――
五月十日 名前:恵美里
内に秘める情熱
外見穏やかでも執念深さ、嫉妬深さ、独占欲の強
さを秘めるあなた。
心の変化を占い、自分を戒めましょう。
――――――――――――――――――――――
「ち……違うっ! 絶対に……違うよ……」
「恵美里……」
「お母さんも……その目は何……?」
「ええと、自分の娘に言うのもなんだけど、これ、合っているわよ」
「え……」
「概ね、穏やかだけどねぇ。東君のこととかになると強くなるのよね」
実母による暴露。恵美里は顔を赤くし、若干頬を引きつらせて沈黙してしまった。
その珍しい様子に、巴は体全体で笑い、細と樹は吹き出す寸前、薫は吹き出して変なところに唾でも入ったのか咳き込んでいる。かくいう来留芽も笑いそうな自分を抑えるために口をもごもごとさせてしまう。
「当たっているようで当たっていない、いや当たっているかな? って感じだったね~」
「いや待て樹。何をこれで終わりという感じでまとめようとしているんだ」
「そうだそうだー。お前のを見ていねぇぜ」
「えー……ここまでくればろくなこと書かれている予感がしなくなるの、分かるよね~?」
「だからこそ、あんたのも見て皆で笑うんじゃないか」
「一人だけ逃げようったってそうはいかねぇぜ。ほら、見せてみろ」
おそらく、頑なに見せようとしなかった理由がそこにある。
樹は逃げられないと判断したのか、諦めたように笑うと紙を開いた。
「しょうがないな~」
――――――――――――――――――――――
九月二十日 名前:樹
一見純情、柔軟で仲間を大切にするタイプ
パートナーの甘えに苛々することはありませんか
本来秘めた冷情な批判力を発揮し、時にはチクリ
と本音を。
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「合ってるじゃん」
「だから嫌だったんだよね~」
「樹が見た目詐欺の腹黒だってことはこの場の誰もが分かっているから別に良いだろうに」
当たるも八卦当たらぬも八卦とは言うが、来留芽達は“当たる占いがある”ということを知っている。それが成立する条件として、特別な日であること・神職がいること・故意でないことが挙げられる。
この内、故意でないという条件を満たすため、術者を酒に酔わせて行うということもあったという。
樹が言うにはこの占いは来留芽達が自分で開いて初めて“成る”ものであるという。
体に害のない妖酒といえども酒は酒。来留芽達は図らずも、それを満たしていたのかもしれない。
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