7 鬼騒動のち天狗の宴
正座した鬼、その前で説教している教師。
先程より事態は大きく変わっていた。
「いいか? この道は本当にたまたま出来たものなんだ。いくら人の霊能者があやかしもびっくりするレベルの術を使えると言ってもこんな大規模なものは無・理・だ!」
『だ、だども……』
「だけども何もない! 人が意図的にこれを作れるんだったらとうにあやかしが滅びてるわ!」
『おお、確かに』
細と麓郷は道に入ってすぐに鬼と遭遇していた。幸い向こうが相当疲労していたから激しい戦闘にはならなかった。細は鬼を転がして月白が今頃は無事に里に着いているだろうということ、現世に怒りの矛先を向けるのは間違っていることを懇切丁寧に説明している。とぼけたような鬼の言葉には気が抜けそうになるが、その力は洒落にならない。
それにしても……般若の形相を浮かべた細がドスの利いた声で話すものだから麓郷は唖然としていた。鬼すらも怯えさせる教師って何だろうか。
***
「細兄」
来留芽は旧校舎を一通り見て回り、三人鬼を捕まえた。細と麓郷先輩はほかにも鬼を確保できたのだろうかと思い、探していたところ何やら説教している細と正座して泣きそうになっている鬼、その様子にドン引きしている先輩といった光景を見つけた。
近付けば細が振り向く。
「来留芽!? 一人でここまで大丈夫……じゃなかったみたいだな、その様子だと」
「まぁ、制服がボロボロになる程度の戦闘はあった。でも、大丈夫。怪我はないし。ちょうどいい呪があったから鬼たちには大人しくしてもらった」
「ああ、そういえば来留芽にはそれがあったな」
来留芽と話すために細が振り向いたので鬼は般若・細から解放された。鬼は細の気をそらしてくれた来留芽を拝んでいる。こちらは何とも気の抜けた状態になったものだ、と少し呆れた。
「呪?」
麓郷先輩はオールドアに関係しているわけではないので知らないのも無理はない。
「私は呪符や呪が得意なんです。あまり詳しくは教えられませんが」
「まぁ、それはそうだろう」
その辺りの面倒は分かっているらしく、先輩が詳しく聞いてくることはなかった。
「とりあえず、こちらは三人仕留め……ではなく、捕まえたけど」
言い間違えた。しかし、本当に捕まえるのには難儀したのだ。三人と相対する羽目になって、それがまた強い鬼だったから仕留める意気でかからないとこちらが危なかった。
「三人! ずいぶんと運が悪かったんだな。こっちはあいつ一人だ。無限回路に入り込んでいたところを見つけた」
互いに御愁傷様と語っている顔をする。
正直、無限回路などという面倒なところに行かなくてはならなかった細達もなかなか不運だと思う。
そして、一行は開かずの扉の向かいの教室へ向かった。来留芽が捕まえた三人をそこに転がしてあるからだ。
「まぁ、なんにせよ、これで一件落着か? こちらに来たのはその四人だろう」
『んだんだ。白鬼頭も狭間まで来とったが一緒には来ておらんからなぁ』
『鬼頭だけこうなることを分かっていたんだべ、きっと』
「白鬼頭?」「白鬼頭だって?」
きつい訛りらしい何かで聞き逃せない言葉を鬼たちが言った。白鬼頭というのは白鬼の里の頭のことを指す。つまり、月白の父親、白皇がこの鬼たちと共にいたということだ。
「で、白皇は間違いなくこちらには来ていないんだな?」
『まぁ、たぶん……』
『どうせ、月白のところにいるべ』
頭をゆるく振りつつ鬼たちはそう言う。
月白のいるところに白皇あり。彼は存外子煩悩なのである。だからこそ月白に何かあって彼が暴れるようなことがあればその被害は恐ろしいことになる。鬼達の焦りももっともだった。
「月白は無事。白皇も彼のところにいるなら大人しくしているでしょ。あなた達はどうする?」
『うむ、もう帰るべ。月白が無事ならここに残る理由もない』
『んだんだ』
鬼たちの暴走はこれで終わった。建物への被害はそこまでない。開かずの扉があった辺りが無惨に引き裂かれている程度だ。
「とはいえ、このまま放っておくわけにもいかないんだよな」
普通の人が見れば大騒ぎになるだろう破壊跡。それを誤魔化すために、修復術(符術)というものがある。
「毎度思うけど、符術って年々進化しているよね。符術師が現代の魔法使いと呼ばれるのももっともだと思う」
「いや、符術だって出来ないことはあるからな。水に強くないのは変えられないし。ま、俺は多少何とか出来るけど。それでも修復符はそんなにストックないから」
「それ、どうしても納得がいかない。符術師が希少なのはその技術を協会が独占しているからでしょ」
来留芽も符術の技を継いではいるが、修復術は使えない。修復術を使える人を協会が囲っているからだ。協会はその権威を保つためにか修復術を外に出さない。その代わり、協会に登録されている霊能者の申請によって修復符として必要枚数配給される。
「まぁな。やろうと思えば解析も可能だが……そうしたら今度は暗部に睨まれる。こういうものについて協会とか本部に依存せざるを得ないことは諦めるしかない」
修復は大きなものでは無い限り数分で終わる。来留芽や細にとってそこまでの光景は見慣れたものなので雑談時間になってしまうが、麓郷先輩は初めて見たらしい。終始唖然としたままだった。
「これで終わり。見た目わりとひどかったけど、ほぼ完璧に直るものだね」
「すごいですね。修復術……」
だからこちらは協会に依存する羽目になるのだということを考えると、世の中はままならないものだと思ってしまう。
「さて、学園長に経緯諸々話さないと。日高も心配しているだろうし」
「その前に着替えたい」
来留芽だけは鬼との戦闘で制服をダメにしていたのだった。幸い、こういうことがあった場合に備えていくつか制服の予備がある。
その後、校長室へ報告に行った三人は恵美里を交えて開かずの扉のことを知ったところから学園長に話すことになった。
「なるほどなるほど。開かずの扉というものはそれほど危険だったのですか。生徒に危険が及ぶ前に解決してくださったようで、ありがとうございます」
「当然のことですから」
「さあ、京極先生は確か五限目に授業がありましたね? その準備をお願いします。三人も五限目は受けておきなさい」
「「はい」」
来留芽と恵美里が教室に戻ると、二人とも昼休みに出て行ってから四限目まるまるいなかったので、クラスの皆が心配していたようだ。来留芽と恵美里は戻ってすぐに理由を問いつめられた。しかし、あまり詳細に話せないのでどう誤魔化したものかと思っていたら、八重と千代が助けてくれた。
「はーい、皆、二人とも元気な様子だし、心配しなくても大丈夫だって。ね、来留芽ちゃん?」
「うん」
「恵美里さんも、実行委員としての仕事が忙しいのでしょう。あまり根を詰めすぎないようにしてください」
「……う、うん」
二人のおかげで来留芽達は体調不良で欠席していたのだというストーリーが出来上がっていた。
「助かった、八重、千代」
「……ありがとう」
「別にいいよ! 来留芽ちゃん達も大変だよね」
「いつでも頼ってくださいね」
こそこそとそういうやりとりをする。理解ある友人を持つとこういうときに本当に助かると分かった。
「そういえば、袋をもう一回生徒会室に持って行かないといけなかった」
無事に五限目を終えて、帰る準備をしているときに恵美里がそう呟いた。
「今度こそ盗られないように気を付けないと」
とはいえ、どう対策したものかと迷うことになるが。
「……先生の式神がまだいるから……大丈夫……じゃないかな?」
「それもそうか。細兄の仕事が増えるけど」
「あ……甘えすぎるのも……考えものかな……」
オールドアにおいては恵美里にとって細は先輩だ。その先輩の仕事を後輩が増やすということになるので、恵美里は思い直したように呟いたのだろう。
「式神は細兄しか十分に使えないから。別に構わないと思う」
厳密に言えば社長や来留芽も式神を使える。というか社長は万能で何でも出来る規格外だ。しかし、やはり精度だとか種類においては細の方に軍配が上がる。来留芽については使えるのはあやかしをもとにしたものだけだ。
ということで袋については細の仕事ということにした。
そして放課後、来留芽と恵美里はもう一度生徒会室へ向かう。今度は放課後なだけあって麓郷先輩も待機していた。
「おー、日高か」
「お疲れ様です、先輩」
「そっちもな」
ちょっと疲れた姿なのは仕方ないだろう。開かずの扉から鬼との戦闘まで麓郷にとって衝撃の展開だったと思う。
「一年生のロッカーの鍵を借りに来ました」
「ああ、そういえばもともと開かずの扉の奥を確認しに行ったのはそれを取ってくるためでもあったか」
「はい。……今度は盗まれることがなければいいです」
「そうだな。俺もちょくちょく確認しておこう」
「お願いします」
これで、今日のところは一件落着としていいだろう。いや、また斉藤が問題を起こすかもしれないという懸念はあるか。
「じゃあね、恵美里」
「来留芽ちゃんも……今日は、ありがとう」
***
今日、恵美里はオールドアに寄らなくてもいい日だ。だから途中で別れた。一方の来留芽は舞い込んでいた依頼のために花丘家が所有する山へ入る。もちろん、事前に許可をもらってあるのでおそらく来留芽以外の人はいないはずだ。
「確か、妙な人影を見たという内容だったね……山だとサトリとか天狗か」
道なき道を歩いていく。とはいえ、来留芽の目には何かが通ったような跡が見えていたりする。しかし、これは霊能者くらいしか気付けないだろう。
ピ~ヒョロロロ……
ドン、ドドン……
歩いていると何やら笛や太鼓を叩いているような音が聞こえてくる。無人の山のはずなのに、一体何がいるのか。
ピ~ヒョロ~……
ドン、ドドン……
前方から暖かみのある光が漏れ出ていた。そして木々の影は不規則に揺れている。まるで炎に照らされているようだ。しかし、山火事が起こっているわけではないはずだ。
ピ~ヒョロロロ……
ドン、ドドン……ヨーォッ
パンッと一斉に叩かれた手拍子のタイミングで来留芽は藪を抜けた。その時のガサリという音に気付いたあやかし達の視線が来留芽に集中する。
『ややっ! そこにいるのは……人間かっ!』
手前から波が引くように静まっていき、終には最奥で寛いでいた大天狗までもが視線を来留芽に向けた。
宴会をしていたあやかし全ての視線を集めた来留芽は怯むことなく立っていた。奴らを相手にして怯えていては裏を生きることは出来ないからだ。
ゆっくりとその場を見渡した次の瞬間、来留芽の視界に映るものが布だけになる。驚いて一瞬心臓が跳ねたが努めて冷静に視線を上げていく。
『娘よ……』
布の正体は大天狗だった。一瞬で距離を詰めた彼は上から見下ろして話しかけてくる。彼のような大妖怪が人を忌避することはない。彼にとって人など取るに足らない子どものようなものだからだ。だから余裕の表情で霊能者である来留芽に近寄る。
ググッと寄せられたその顔は険しく、気の弱い者なら泣くかもしれない。しかし、彼に対しては来留芽の警鐘が鳴ることはなかった。
『酒は得意か?』
彼には来留芽を害そうとする意思がなかったからだろう。恐れもない。それどころかニカッと笑って宴会に引き込もうとする。その手には
「妖酒ならいくらでも」
来留芽は挑戦的な笑いを返すと手を出して器を受け取る。妖酒は有害なアルコール成分がない。それなのに酔う事が出来る。だから“酒”とついているのだが……作り方などは謎に満ちていた。実は来留芽は妖酒の材料を知らない。それでも、飲む。なぜならば美味しいから。
『おお! いい返事だ。妖酒は人の子に有害なものが入っておらんからの。どれ、まずは一献』
上機嫌の天狗に誘われて来留芽はあやかしの宴に参加した。酔った天狗は飲み比べで上下を定めないと話を聞いてくれないのだ。もちろん、来留芽の方が上にならなくてはならない。
「いただきます。……うん、材料謎なのに相変わらずおいしい」
『ハッハッハッハ! 妖酒は霊力を高めるからの。娘のような者にとっては旨かろう。どれ、もう一杯』
「ありがとうございます。大天狗様もいかがですか」
『うむ、もらおうか』
完全にダウンする前に大天狗に酔いつぶれてもらわなくてはならない。来留芽だけが飲むのは不利なので、大天狗にも勧めてみたのだが、ニヤリと笑ってぐい飲みを差し出してきた。
――間違いなく思惑を見透かされている
「……ハァ、人間と天狗じゃそもそも体躯からして違うんだから、加減くらいして欲しい」
『ハッハッハッハ! さぁ飲め! 歌え! 騒げ!』
あやかしの宴が再開してしまった。騒がしさを取り戻した周囲をちらりと見て来留芽は目を覆う。
「こうなれば、本気で大天狗様を潰しにかからないと」
『やってみるがいい、人間の娘よ!』
好戦的な大天狗の言葉を聞きながら、来留芽はもう一杯空ける。宴はまだ始まったばかりだった。
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※この作品は未成年の飲酒など反社会的行為を推奨するものではありません。
※お酒は二十歳になってから。
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