渡世・古戸伝説
1 裏警察 ある日の雑談
俺は
「東野~! さっさと手ぇ動かせ!」
「はいはい」
俺は厳しい室長に恵まれている。たまには現実逃避しても許されると思うんだ。
裏の世界にも警察のような組織がある。それは単純に裏警察と呼ばれたりする。彼等の仕事は多岐にわたる。
「東野さん、書類の追加です」
「はぁ!? フザケンナ、
追加でやって来た書類は昇進試験の解答と解答済み試験紙だった。あまりにも扱うジャンルが違うので、頭にきた俺は小声で叫ぶという特技を披露する。この部署に来てからどんどん進化していく技術だったりする。
「知りませんよ、室長に聞いてください」
「嫌だね。俺はマゾじゃないんで」
「文句は室長にどうぞ。そして叩かれて成敗されてしまってください」
……話を戻そうか。俺達は、例えば一般人に危害を加えようとした霊能者を取り締まったり、裏の業務を請ける団体が不正をしていないか調査したり、現世に出てきて厄介ごとを引き起こすあやかしを捕獲したりするのである。この裏警察に所属する霊能者は意外と多い。なぜならこの組織は二重に所属することが許されており、さらにこの組織に所属する人員がいるというだけで団体の格付けも上がるからである。
それに、裏一般ではこの組織をこう言っている――不正揉み消し組織、と。
「おい、賀茂。『裏警察のイメージダウンについて』なんて書類どこから上がってきたんだよ!?」
もう一つ、見過ごせない書類を発掘した。絶対にうちの仕事に関係ないだろう!
「何ですか……ああ、それはどうせ当てつけでしょう。わざととはいえイメージダウンの最大の原因は室長ですから」
「親の七光りの三笠、アホボンの三笠って噂かっ!」
理由に思い当たって思わず声に出してしまった。すかさず室長の怒号が飛ぶ。
「東野~! 今度俺をそう呼んだらぶっ飛ばす!」
「あー、はいはい、すみませんでしたねぇ!」
キレぎみに書類の山の向こうにいる人物に叫び返す。
「そもそも“不正揉み消し組織”何て言われるような行動をしている奴らが悪いんだろうがよ!!」
キレ返された。室長三笠の心からの叫びである。……どういう意味か? 裏警察は霊能者・あやかしを取り締まる。しかし、
例えば……
サツ――おお、正一(仮名)。今月も儲かっておるな。
商人――おかげさまで。ああ、そうだ。今月の分を包みやした。また取りはからってくだせぇな。その代わりうちからも人を出しますんで。
サツ――おお、ちょうど人手不足だったところだ。助かる。(不正がバレない程度に)また相談してくれ。
あと、他には……
アホ――ああ、三笠(仮名)様! うちの倅が捕まったみてぇだが、何とかできやせんか!?
サツ――無理だな。
アホ――そこを何とか……!
サツ――ふむ? そこまで言うならそれなりの謝礼を用意しているんだろうな?
アホ――も、もちろん! 山吹色のお菓子も持って行きますとも。ハッハッハ。
というようなやりとりがあると想像されている。確かにそのような腐った人物もいると言えばいる。ちなみに今簡単に挙げた例には失礼ながら我等が室長のご尊名を使わせてもらった。
……俺に苦手な書類整理の仕事を割り振ってきた室長への当てつけじゃないぞ。本当だからな。でも告げ口はしないで欲しい。いや、これはマジで。
しかし、腐敗していると言われている裏警察の中でも最も身がきれいな人が集まっているのがこの裏捜査室である。俺、後ろ暗いところがないって誇れるのは素晴らしいことだと思うんだ……。まぁ、室長だけは腐敗しきった噂しかないんだけどなっ。笑えるぜ。
「東野~! 変なことを考えているんじゃないだろうな! しばくぞ」
「変なことなんざ考えていませんよ!」
恐ろしいことに、これが我等裏警察捜査室の日常になっている。日々格闘するのは違反した霊能者・あやかしではなく、書類なのが悲しい。だから俺、本当に書類は苦手なんだよ。
「……ん? 許可書申請? しつちょーう!」
不思議な書類が混ざっていたので俺は訳を聞こうと山の向こうの室長に声を掛けた。
「何だ! 東野! 厄介そうなものならこっちに持って来い!」
俺は室長の元に疑問を持った書類を持って行った。
「これなんですけど……『この度、新たに能力が発現した二人の入社許可を申請します。オールドア代表取締役社長、渡世守』って書いてあるんですが、わざわざ入社の許可申請なんてする必要があるんですか?」
疑問に思ったのはその部分だった。新しくメンバーを増やすことはどこの団体も普通に行っている。わざわざこのように申請書を出す人はいないと思う。面倒くさいだろう。
「……おーるどあ? ちょ、東野! それ貸せ今すぐっ!!」
「は、はい」
オールドアという言葉に反応した室長は光の速さで俺から書類を奪っていった。そして、見事なほどの早さで青ざめた。
「まずい……まずいぞこれは……下手を打つと京極に
何か物凄く物騒な言葉を口走らなかったか、この室長。だが、気楽に突っ込める空気ではない。
「分かりました。しかし、あの方々が大人しく集まるとは思えませんが」
「オールドアが関係していると言えば出席しないわけにはいかないだろうよ。見かけはとともかく、内心では渡世・古戸伝説の再来を恐れている人達だからな」
渡世・古戸伝説とは何ぞや。確かオールドアの社長が渡世という姓だったな。
「あの~、室長。渡世・古戸伝説って何でしたっけ」
「あれ、矢島、お前……昔からいるのに知らないのか?」
俺に先んじて聞き耳を立てていたらしい一人……矢島先輩が手を上げて室長に質問してくれた。
「知りませんよ。昔からここにいるからこそ、ですよ」
「そうか。矢島のために教えてやろう。知らなかった奴等は聞き耳を立てておけ。いいか、渡世・古戸伝説というのはだな……」
そして、室長は怪談を語るときのように声を潜めて話し出した。
――渡世・古戸伝説。それは、霊能者協会および本部の上層を占める家々が語り継いでいる豪快な……恐怖の記憶である。
伝説を築いた初代の渡世家当主の名は
例えば昔、山間ではあやかしによる被害が相次いでいた。
「ま~たやられただとさ」
「もぐらか、猿か……」
「いんや、化け猪だって話だったな」
一生懸命切り拓いた土地で一日たりとも休まずに育てた畑の作物は夜間に突如やって来る野生の動物達の被害に遭っていた。ただ、奴等の中には妙に頭が回る親分がいるらしく、対策として立てた柵も軒並み突破されていたのである。人々はその個体のことを化け猪と呼んでいた。ちらと見たという人は皆あれは猪にあるまじき大きさだったと騒いでいたからだ。
農作業の合間の休憩にそう言った話題が出されるので小さい村ではすぐに情報が伝わる。そんな彼等の会話は関係ない話題までよく飛ぶ。
「そういやぁ、村長んとこの
「ああ、よう生きて帰って来れたもんだ。流石に一人旅は無謀だと言ったんだが、止める間もなく旅立ちやがってなぁ」
「そんで、ボンが言うにゃあ都には鬼がたくさんいるんだとか。その代わり、化け猪みたいなのは滅多にやって来ないらしいぞ」
「所変わりゃ化けモンの種類も変わるってだけじゃねぇか」
「ああ、そうなんだがな、都にゃ大層力のあるお人がいらっしゃるそうだ。化物退治をなさっているお人が」
「そりゃ陰陽術師とかいう奴じゃねぇか。うちの村まで来てくれるような方々じゃねえだろ」
結局のところ、都以外では普通の人が霊能者の力を感じる場面はそうなかったのである。
「もうし、お前達はこの村の者か?」
ある日、そんな会話に聞き慣れぬ声が割り込んできた。百姓達はそちらの方を向いておったまげる。
「あんたぁ、ずいぶんと厳つい風貌してんなぁ。旅のお人ですかい?」
声を掛けてきた人物は体が大きく、顔つきも中々お目にかかれないほど凶悪だったそうだ。それでも普通に会話をしたあたり、この百姓は意外と肝が据わっていたのだろうか。
「ああ、少し修行の旅をしている。もしよろしければ一晩泊めていただきたいのだが」
「ああ、ああ、別に構やせんよ。食い扶持分くれぇの手伝いをしてくれりゃどこにだって泊まれるさ」
「かたじけない。では、早速だが何か手伝うことはあるだろうか」
「ああ、とりあえずあんた、畑仕事は得意なのかい? 見た目は人殺しの方が得意に見えるが……」
「人を殺したことなどないが……畑仕事は得意と言える。旅する前は一人で自足自給の生活だったからな」
「……せっかく世話した畑を放り出しちまったってのか? もったいねぇ。ひょっとして人を消しちまって追われてでもいるのか」
「いや、だから人に危害を加えたことは……まぁ、少なくとも殺しては」
「そこは気にしないでおくからよ、とりあえずどんな仕事を任せても大丈夫そうだな。とりあえず、あれをやってくれねぇか。ほれ、掛け干しだ」
「ああ、ここの田はもうそんな時期に入っているのか。分かった、やらせてもらおう。念のために言うが、この顔は生まれつきだから」
「おう、そうか。業の深いこった。さて、兄ちゃんの腕を見せてもらうぜ」
「腕見せるような作業じゃねぇだろうが。まったく。とはいえ、人手があるのは助かるからな」
その夜。悪人面の男は最初に話しかけた男の家に泊まらせてもらっていた。帰宅してすぐに奥さんであろう女性に深く頭を下げて男の滞在の許可をもぎ取っていたのを見て、悪人面の男の方は申し訳なさに眉を八の字に下げていた。それが何故かその顔の凶悪度を増していて、奥さんの方はあっけにとられたかと思うと大笑いして滞在許可を出す。その図太い対応に心証を良くした悪人面の口は常時に比べて多少軽くなっていた。
「ところで、お兄さん。何でまたこんな辺境にまで旅しにおいでになったんだい」
コトリと飲み物を置きながら奥さんが聞いた。
「ああ、普通の言葉遣いでいい。旅というか修行だな。もともと私の家は神様を祀っている宮司の家だったのだが、家訓で五年ごとに多種多様な技能を修めるようにという物があったのだ。今年がそれに当たるため修行の旅に出て取得可能な技能を探している」
「へぇ、難しいことをなさっているんだねぇ」
「確かに新しく技術を身につけるのは大変だが、その様子を神様がご覧になっていらっしゃるのだ。手は抜けぬ」
「ところで、お名前を聞いていなかったね。教えてもらえるのかい?」
「ああ、私は渡世慶一朗という。……おや」
男は自己紹介をすると何かに気が付いたかのように家の入り口に目を向け、夫婦に向けて真剣な顔をした。
「……どうも山の空気が変わったようだ。奥方、最近妙なことは起こっていないか?」
「妙なことねぇ。あんた、何かあったっけ?」
「化け猪が出たって話ぐれぇじゃねぇか」
「化け猪、か? どれくらいの大きさかは分かるか?」
「何でも見上げなきゃならねぇくれぇ大きかったって話だが……流石になぁ。人とは比べものにならねっからな」
「もし実在していたら危険だな。一つ、私に任せてくれないか?」
「ええと……何を、だい?」
「猪退治を。何、少しばかり山の深くを探索するだけだ。戦う羽目になっても村に被害がいくことはない」
夫婦は顔を見合わせた。
「まぁ、心配事がなくなる分には……」
「……良いんだろうがねぇ」
とりあえず、化け猪がいるかどうかの検証から始めることになった。とはいえ、慶一朗自身は化け猪が“いる”という判断を下した。
なぜなら、この山の向こうの麓には化け猪伝説があり、旅の途中でそれから逃げてきた小妖怪達のリークもあったからである。真偽のほどを確かめるつもりであったが、山の空気をあっさりと変えるだけの存在は潜んでいるようである。
慶一朗は思っていた。あれを仕留めて帝に献上すれば家を潰そうとする陰陽術師連中に一泡吹かせることができるかもしれない、と。
ちなみにこの陰陽術師連中は将来……来留芽達の時代における日本霊能者協会を
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