第一章 編み始めは輪の作り目(6)

 三川野の駅まで歩く途中にあるコンビニで、南の編み図をコピーした。

「今日、教えてくれてありがとう」

 コンビニの前で遥が切り出すと、史郎は紙束を軽く持ち上げた。

「俺も、これ、どうも」

「ううん。……それで、謝らなきゃならないことなんだけどね……」

 遥が言いよどむと、史郎は「時間遅くなるから歩きながら話しなよ」と歩き出す。遥はその背中に向かって話す。

「その編み図を書いた私の姉なんだけど、五年前に亡くなってるの」

「え?」

「黙っててごめんね」

 史郎は驚いた様子で、立ち止まって振り返った。

「だめって言う人はいないから、和田君も作っていいよ」

 遥は「ごめんなさい」と再び謝った。史郎は、何か言おうとしたのか口を開いたけれど、結局何も言わずに首を振った。

 後ろから、自転車のチャイムを鳴らされ、二人で端に避ける。

 それがきっかけになったようで、史郎はまた歩き出した。

「とりあえず、駅まで行こう」

 五時半くらいでは全然暗くなっておらず、日が長くなったこと改めて感じた。先ほど通ったときより人通りが多くて、前を歩く史郎に話をするタイミングが見つからない。結局そのまま駅についてしまった。

 地下に降りる階段の前で、遥は史郎を引き止める。

「和田君、ここまででいいよ。まだ明るいから、一人でも平気」

 振り返った史郎は、言いにくそうに視線を落として、

「さっきのだけど、辛いこと話させたんだったら、悪い」

「ううん、大丈夫」

 辛いというよりも、話した相手にこういう風に気を使わせてしまうことが、むしろ遥の口を重くさせていた。

「コピーありがとう。お姉さんには申し訳ないけど、作らせてもらうから」

「申し訳なくはないよ。全然」

 史郎の言い方に、遥は少し笑って首を振った。

「お姉さんのオリジナルかどうかはわからない?」

「わかんない。ていうかね、姉が編み物やってたっていうのも、この編み図を見るまで知らなかったんだ」

「ああ……?」

 状況がわからないのか、うなずくのと首を傾げるのの中間で、史郎は遥を見る。遥は苦笑した。

「うーん、ちょっと一言で説明しづらいから、今度ね。水曜三限、来週も出るよね?」

「ああ、うん」

「編み物も、来週までにちょっと練習してみる」

「わかった。そしたら、俺も、お姉さんの作っておくよ」

「一週間でできるの?」

「モチーフ一個ずつくらいなら」

「えーすごい! じゃあ、来週には見れるんだー。わー、楽しみ!」

 遥が手を打って喜ぶと、史郎は少し困った顔でメガネを直した。

「そうしたら、来週」

 それだけ言って、そそくさと遥の横をすり抜けて行く。

「うん、またね。今日はありがとう!」

 振り返らない史郎の背中に、遥は軽く手を振った。

 連絡先を聞き忘れたことに気づいたのは、ホームに降りてからだった。

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