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 注意書きが書かれたのは五年前なのに、その物語は表示され続けている。


 そのサイトには掲載けいさいした物語だけではなく、作者の近況報告を書くページがあり、作者の最後の書き込みの日付を見て釘付くぎづけになる。


 二〇十九年七月十日。


 それは、彼の命日めいにちだった。


 間違いない。


 これは彼の書き残した物語だ。


 私はその日から、少しずつ彼の物語を読み始めた。


 私が本というものを読み慣れていないからなのか、それとも、彼がやはりアマチュアだからなのかは分からないが、読みにくかったり理解しにくかったりした箇所かしょがあるのは否めない。


 しかし、彼の物語は面白かった。


 最初は彼が書き残したから読んでいたにすぎなかったけれど、彼という要素を抜きにしても、その物語は面白かったと思う。


 それが本当に客観的にとらえられているのか、知らずのうちに命の恩人が書いたというフィルターがかかっていて甘い採点になってしまっているのかは私には証明できない。


 しかし、ヒロインが主人公のために犠牲になろうとするシーンは、私の心に深く残った。


 彼は心のどこかで〝自己犠牲は美しい〟と考えていたのかも知れない。


 だから、彼は見ず知らずの私を助けたのだろうか?


 私はそんなことを考えながら読み進めたが、その考え方は間違っていたのかもしれない。


 なぜなら、その物語は犠牲になろうとしたヒロインを主人公が救って幕を閉じたからだ。


 彼は自己犠牲を美しいと感じつつも、それを否定することで物語を終えている。


 彼の物語を読むことで、私は彼についてより深く知ることができたと思う。


 私は次に、彼の書いたもう一本の長編も読むことにした。


 通学中に電車の中で彼の小説を読み進めるのは、私の日課になった。


 彼の物語を読めば読むほど、彼のことを考える時間は増えていった。


 頭の片隅かたすみには彼の書いた文章がいつも浮かんでいて、時を忘れて過ごすことすらあった。彼の物語に夢中になる心の動きが、恋愛感情に似ていると気付くのは――もっと先のことだ。

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