第2話 偉大なる薬師

 カザレナの花の採取を終えた私達は、あれから何度か小型の魔物と遭遇しながらもそれを撃破し、無事に王都アスピスへと帰って来た。

 サージュさんからカザレナの種と花弁を分けてもらい、種で効果の高い治癒のポーションを、花弁で聖水を作る為に私は研究する事を決めた。

 シャルマンさんの愛の呪いを解く鍵となるかもしれない、カザレナの聖水。これを作ろうとしているのは、完全に私のお節介だ。

 本人に頼まれた事でもないし、自分がやりたいからやっているだけの、ただの我儘のようなものだろう。

 だけど、私が知ったこの手段がシャルマンさんの為になるのなら……私は挑戦したいんだ。


「図書館ですか?」

「はい。少し調べたい事があるので、午後は城下にある図書館に行こうかと思うんですが……」


 アイーダ渓谷から戻って来た頃、王都は徐々に夏の気候へと移り変わろうとしていた。

 髪を下ろしていると首回りが蒸し暑い。なので最近はポニーテールにしている日が増えて来た。

 今日も動いているとじんわりと汗をかくぐらいの気温だったから、今も簡単に髪を纏めている。

 書類仕事の合間にちょっと休憩でも、と思い紅茶を淹れてグラースさんの執務室へ向かった私は、そのついでに彼へそんな話題を投げ掛けたのだった。


「もしや、先日のカザレナの花で作る聖水の件でしょうか?」

「ええ、まあ……。この先役に立つ事があるかもしれないですし、調べておいても損は無いかな……なんて」


 すると彼は紅茶に口を付けた後、デスクの上で何かを書き始めた。

 何を書いているのかな、と私は首を傾げる。


「城下の図書館も良い所ですが、せっかくですから城の書庫に行ってみるのも悪くはないでしょう。魔術師団の方々もよく利用しているそうですし、そういった専門書も揃っているはずです」


 グラースさんは書き終えたその用紙を私に差し出した。

 そこには書庫の利用許可の届け出についてが書かれていて、下の方に彼のサインが入っていた。


「これを見せれば、ある程度の閲覧制限が掛かった書物も読ませて頂けるはずですよ。どうぞお受け取り下さい」

「あ、ありがとうございます……!」

「まあ、それ程困難な調べ物にはならないと思いますが……念の為です。何度も脚を運ぶのは手間ですからね」


 お城の書庫は騎士団と魔術師団、そして貴族達であればほとんどの本は読めるようになっているそうだ。

 こうしてグラースさんのような地位のある方からの紹介状があれば、ちょっとした制限が掛かったものなら読ませてもらえるようになるという。

 私は彼からその紹介状を受け取り、失くしてしまわないようにしっかりと制服のポケットにしまった。

 団長さんは今日任務で殿下と一緒に外出している。なので、グラースさんと昼食を済ませてから早速お城へ行ってみる事にした。


 書庫の場所はグラースさんに教えてもらったので、迷わないか少し心配だったけれど、ちゃんと着いたらしい。良かった……。

 扉を開けてまず目に入ってきたのは、ずらりと並んだ大きな本棚だった。

 そして彼に聞いていた通り、書庫には魔術師団の方々の姿がちらほら見える。


「あ、もしかして騎士団の癒し手さんですか?」

「え?」


 急に声を掛けて来た青年。

 彼はカウンターの奥に居たので、多分この書庫の管理人さんなのだろう。


「自分はここの管理をさせて頂いてる、サーブル・シュッドって言います。間違って……ましたかね?」


 人懐っこい笑みで話す茶髪の彼、サーブルさん。

 私の予想は当たっていたようだ。


「ええと、初めまして。フラム・フラゴルと申します。確かに私は騎士団の治癒術師ですが……サーブルさんはどうしてそれが分かったんでしょうか?」

「見覚えのある制服だったのと、この前騎士団に新しい癒し手さんが配属されたって聞いてたんで! あ……あんまり騒いだら怒られちゃうな……。いけないいけない」


 彼の言葉通り、サーブルさんの声に反応してこちらに目を向けていた人が何人か居た。

 照れ隠しのように頭を掻くサーブルさんに、私はグラースさんから貰った紹介状を見せる。


「あの、これがあれば閲覧制限のある本も読めると伺ったんですが……」

「あー、グラース副団長からのご紹介ですね。じゃあこのブレスレットをどうぞ」


 サーブルさんはカウンターの後ろの棚の中から、赤い石が埋め込まれたブレスレットを取り出した。


「これを着けてもらえば、制限の掛かった本も読めるようになりますよ。特殊な魔法で、ブレスレットを着けていない人は中を読めないようにしてあるんです」

「そうなんですね。帰る時はこちらにお返しすれば良いですか?」

「はい。一声掛けてもらえれば回収させて頂きます。何か調べたいものがあるんでしたら、自分がその棚まで案内しますよ?」

「まずは薬草について調べようと思います。案内をお願いしても宜しいでしょうか?」

「もちろんですよ〜。じゃ、こちらへどうぞ」


 話しやすい雰囲気の彼の好意に甘え、私は目的の棚まであっという間に案内してもらえた。

 こんなに親しみやすい人が管理人さんなら、これからも安心して書庫を利用出来そうね。

 薬草に関する本は書庫──といっても、その規模は図書館に近い──の中心辺りに並んでいた。

 その近くにはゆっくり本を読めるように用意されたであろうテーブルがいくつも並んでいたので、サーブルさんに案内してもらった後でそこを使おうと思う。


「大体この辺全部が薬草関連の本ですね。また何かご用があったら、気軽にカウンターまで来て下さいね」

「はい、ありがとうございます」


 にっこりと微笑みながら手を振って、サーブルさんは颯爽とカウンターに戻っていった。


「さてと……まずはカザレナの花について、詳しく調べてみよう」


 適当に選んだ本を一冊手に取り、目次からカザレナの花を探して目当てのページを見付けた。

 そこにはサージュさんから聞いていた散った花弁は水に溶けるという性質と、その花弁には特別な魔力が宿っているという内容が記されていた。

 そして……その花弁から作られる聖水についても。


「カザレナの花が咲くアイーダ渓谷。その周辺にあったとされる村に伝わる、あらゆる悪魔や呪いを祓う聖水……」


 その村は数百年前の戦争に巻き込まれ滅んだが、その聖水の製法は村から逃げ延びた村人の手によって後世に残されたという。

 生き残った村人は後に名のある薬師として歴史に名を残し、その知識をもって人々を救った。その名は──ファリアス。


「ファリアス……?」


 まさかとは思うけど……あのファリアス?

 いや、確かにあの人は薬学にも詳しかったけれど、そんなはず……。

 だって数百年前の戦争で生き残った村人があの人と同じ名前の薬師だなんて、そんな偶然がある訳が……。


「でもあの人、昔薬学の本を出版した事があるとか言ってたような……」


 私はすぐにサーブルさんに頼んで、ファリアスという著者が執筆した薬学本を探してもらった。

 彼は手早くそれを探し出し、私にその本を手渡す。


「これが『ファリアスのかなり凄い薬学』だよ。やっぱり癒し手さんだから、こういう本を読んで勉強するものなんだね」

「まあ……そんなところです」


 サーブルさんにお礼を言って別れた後、私は中央の空いていたテーブルでその本を読み始める。

 まず本のタイトルからして嫌な予感がしていたんだけれど、表紙をめくってすぐに視界に飛び込んで来た著者の自画像に現実を叩きつけられた。

 そこに描かれた著者の顔は、私の記憶にある人物と瓜二つ。

 この本が出版されたのは二十年程前だというのに、数年前に見た彼と全く同じ若々しさだ。

 年齢不詳な人だとは以前から思っていたけれど、このファリアス氏が私の知るファリアスと同一人物だとすれば、とんでもない事実を知ってしまった事になる。


 何故ならファリアスといえば、魔法やポーションについて教えてくれた、私の先生の名前なのだから──!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る