第6章 隠された歴史

第1話 もう一度君に会うのなら

 カウザ王国のハリマの街で最も有名な貴族、ドラコス伯爵家。

 その長男である次期当主オルコは婚約者に裏切られ、別の男とどこかに逃げられてしまった悲劇の青年だった。

 ……表向きにはそのはずである。

 実際には婚約パーティーを開いた後、フラムに浮気を見破られたオルコが口封じとして彼女を殺害した。

 ただでさえ地元では広まっていて有名な一家であるのに、ここで次期当主である彼が家の名に更に泥を塗るのは許されない。そう考えたオルコはいつものように金で雇った男を使い、フラムを森の中で殺したのだ。


(それもこれも、父上やお爺様達がいけないんだ。歴代の当主がろくでもない連中だったせいで、僕までその汚れた看板を背負わなくてはならないんだから)


 そう心の中で愚痴を零しながら、オルコは護衛を引き連れて夜の街を歩いていた。


(自分だって鉱山の所有権を巡って殺しをしたっていうのに、僕に厳しく当たるのはどうなんだよ?)


 ドラコス家の名を穢すな。

 邪魔者には情けをかけるな。

 我が伯爵家に相応しい美しい女性をめとり、優秀な子を産ませろ。

 常にドラコス家が勝者であれ。

 そんな言葉を子供の頃から呪詛のように浴びせられていたオルコは、父からの教えを守って今日まで生きてきた。そして、これからもそのつもりではあるのだが……。


「オルコ様、今夜は如何なさいますか?」


 護衛の一人が問いを投げ掛けた。

 普段はその時のお気に入りの女性を連れて歩くのが常なのだが、今夜は珍しくオルコの隣には誰も居ない。


「いつもの店で飲む。お前達はいつも通りにしていれば良い」

「承知致しました」


 うざったそうに返した言葉に、護衛の男は素直に従った。

 この護衛達も好きでオルコの側に居る訳ではない。ドラコス家に弱みを握られ、汚い仕事もこなさなければならない者達だ。

 それなりの報酬が支払われているから口答えはしないものの、彼らは誰一人オルコを慕ってはいなかった。

 オルコもその事実は感じ取っているが、手駒というのはそんなものだろうと片付けている。

 金さえ払えば何でもやる、都合の良いカード。代わりなんていくらでも見付かる。


(金が嫌いな奴なんて居ない。だからこいつらだって僕の言いなりになっている)


 好きなように他人を操る道具……それが金だ。

 それを手に入れる為に、彼の父は魔石鉱山の所有権を争っていたアイステーシスの貴族を殺したのだから。

 間違った行いではない。そうすれば確実に、莫大な資産を手にする事が出来る。

 その金を活用し、更に有能な手駒を手に入れ、そしてより良い金のなる木を見付ける──


(間違っていないはずなんだ……。そうやってドラコスの家は繁栄して、この僕が生まれてきたんだから。だけど……)


 目的の店に到着したオルコは、店の前に見張りを一人残して入店した。

 入り組んだ路地を進んだ先にあるその店は、質の良い酒を出す事で評判の高級酒場だった。

 慣れた様子でカウンターの端にある席に腰を下ろしたオルコ。

 よく頼んでいる酒を注文し、すぐに出て来たそれで口内を潤した。

 気が荒れているからだろうか。あまり酒が美味く感じない。

 いや、そう感じる原因は他にもあった。


「それマジかよ? その話がガチなら、そんな状況からよく無事で生きて帰って来れたもんだなぁ」

「いやいやマジでガチなんだって! ホントにヤバかったけど、マジで運が良かったわ〜」


 高級店であるこの店には相応しくない、品の無い大声。

 その会話が自分の飲む酒を不味くしているに違いないと、オルコは奥のテーブルで談笑する若者達をジロリと睨んだ。

 しかし、それだけで会話が終わる訳でもない。

 見た所彼らは中級程度の冒険者のようだった。身に付けた軽装鎧や腰の短剣が、どう見ても貴族や上位の冒険者が持つ物には見えなかったからだ。

 臨時収入でもあったのか、景気良く高い酒を飲みに来たのだろう。

 オルコが護衛に命令して二人を摘み出してやろうかと考えていると、聞き逃せない名が片方の口から飛び出した。


「いやー、あの村にアイステーシスの王子様が来てくれて助かったよ。じゃなきゃ医者なんて居ない田舎で死ぬしかなかったからなぁ。フラムさんには大感謝だよ、マジで!」

「フラム……だと……⁉︎」


(同じ名前の人間か? そうでなければおかしい……あの女は、僕がこの手で……!)


 考えすぎているだけだと思いたい。

 あそこでフラムを殺し損ねていようものなら、オルコの行いが告発されるのは確実だろう。

 万が一にもそんな事態になろうものなら、今度こそオルコは居場所を失ってしまう。最悪、彼自身も森で殺して来た女性達と同じ末路を辿る事もあり得る。

 オルコは鬼のような形相で彼らのテーブルに近付き、フラムの名を口にした青年の肩を強く掴んだ。


「いったぁ! 急に何だってんだよ兄さん!」

「お前、今フラムと言ったか? 言ったよなぁ……なあ‼︎」

「言ったけど……それがどうしたんだよ」

「その女について詳しく聞かせろ……!」


 青年は動揺していたが、オルコに話をせがまれて素直に彼の要求を飲もうとした。

 けれども青年は、直前でその思考を引っ込めた。


「ごめんな兄さん。あんまりこの話は言いふらさないでほしいって頼まれててな……」


 だから……と言葉を続けようとした青年の手に、オルコは無理矢理コインの入った袋を握らせる。

 そうしてオルコは唸るような声で言う。


「金なら出す。もっと欲しければくれてやる。話してくれるよな……?」


 オルコの背後に並んだ屈強そうな男達は、既に青年の逃げ道を塞ぐように立ち塞がっていた。

 この話を断ればどうなるか──見るからにたちの悪そうな金持ちを前に、青年はゴクリと唾を飲み込んだ。

 青年はしばらく手の上の袋に目を向けた後、ぐっと噛み締めていた唇を解放した。


「……分かった。言えば良いんだろ?」

「初めから素直にそう言っていれば、こんな手間を掛けずに済んだんだけどね。……で、そのフラムという女とはどこで出会った? その女のフルネームは?」

「アイステーシス王国のベルム村だ。フルネームは確か……フラム・フラゴル。高熱でうなされてたから、覚え間違えてるかもしれないけどな」


(フラム・フラゴル……。あいつと同じ名前の女が、アイステーシスの王子と一緒に居るだと……?)


 オルコの眉間の皺が深くなる。

 それと同時に、嫌な胸騒ぎが始まった。


「王子がその村に騎士団と魔術師団を連れて来て、そこに居たのがフラムさんっていう癒し手だったんだ。俺や仲間達はその人に治療されて……」

「アイステーシスの癒し手、フラムだな。それだけ分かれば充分だ」


 オルコは護衛の一人に支払いを任せ、早々に店を出た。

 急に放ったらかしにされた青年とその友人は、互いに顔を見合わせて首を傾げる。


(フラム……お前が本当に生きているんだとしたら……)


「……その時は、今度こそ跡形も無く消してあげるよ」


 ぼそりと漏らした不穏なその言葉と共に、オルコは足早にどこかへと歩いて行くのだった。

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