第6話 渓谷の番人

「あ、あれは……!」


 サージュさんが声を上げる。

 私達の目の前にそびえ立つその影は、とある生き物の姿に酷似していた。

 鋭い脚が何本も伸び、その巨体に背負った大きな貝殻。そう、それは巻貝だった。


「巨大ヤドカリの魔物じゃないか! まさかここはこいつの縄張りだったのか⁉︎」

「レディは私達の後ろに下がって下さい! 王国騎士達よ、今こそその力を示す時です!」

「「「「はっ‼︎」」」」


 サージュさんは狼狽えながらも愛用の機関銃を召喚し、グラースさん達騎士団も鞘から剣を抜きフォーメーションを組んだ。

 私はグラースさんの言葉に従い、彼らを見守れる位置からその光景に目を向ける。

 魔物は出るかもしれないと覚悟してはいたけれど、まさかこんな大きなヤドカリが現れるだなんて思わなかった。

 がっしりとしたはさみはこちらを狙うようにガチガチと音を立て、分厚そうな貝殻は光を受けてぼんやりとその色を変化させている。


「どうするグラース! 僕もやれる事はやるつもりだが、接近戦は不向きなんだが……!」

「貴方は後方からの援護射撃をお願いします。アルドとマリックの二人は私に続きなさい! ルイスは隙を見てレディを安全な所へ!」

「承知しました!」


 するとグラースさんは魔力を練り上げ、剣を地面に突き刺して叫ぶ。


「我が呼び声に応えよ、氷の精霊よ! 氷結せよ……コンジェラシオンッ‼︎」


 剣から輝く冷気が渦を巻き、地を這う蛇のように彼の魔力が地を覆っていく。

 そこからピキピキと氷が張っていき、前方の滝壺までもを凍らせていった。

 水中に立っていた巨大ヤドカリはそのまま脚元ごと凍らされる。今ならば身動きの取れない相手に攻撃を叩き込む絶好の機会のはずだ。


「今の内にあっちへ避難しよう、フラムちゃん」


 グラースさんの魔法に目を奪われていると、いつの間にか側に来ていたルイスさんにそう訴え掛けられた。


「で、でも……」

「副団長の指示だからね。大丈夫だよ。あんな魔物一匹なんて、すぐに僕らが倒しちゃいますから!」


 だから向こうで待ってましょ、と言ってルイスさんは私を見て元気に笑う。

 氷の上で戦闘を開始した彼らの後ろ姿を祈るような気持ちで眺め、私はルイスさんと一緒に魔物の被害が及ばないであろう場所まで避難する事を決意した。

 そうよね。あの古代鰐にだって勝てたんだもの。

 私は彼らの治癒術師。もしもの時の為に必要とされている存在だ。そんな私が使い物にならなくなってしまったら意味が無い。


「……どうか、ご無事で……グラースさん……!」



 ******



 ちらりと背後に視線を移す。

 レディは名残惜しそうにこちらに目を向け、背中を向けて走り出した。

 そう、それで良いのです。私達がここで奴を仕留め、貴女の身の安全を護るのだから。

 私は彼女が無事ルイスとこの場を離れたのを確認してから、もう一度魔力を高め愛剣に氷の力を宿していく。


「さあ、ここから遠慮は致しません……! 我が呼び声に応えよ、氷の精霊よ。その鋭き氷の刃を、我が剣に宿し給え──グラシエ・ラム」


 氷を纏った剣を手に、私は一番に駆け出した。


「はあぁぁぁぁっ‼︎」


 まずは氷で相手の動きを封じ、思い切り一太刀を浴びせる。

 こういった足場での戦闘を得意とする私の装備には、凍った地面では滑りにくいよう加工が施されている。そして、それは私が率いる部下達も同様だ。

 私に続いて彼らも攻撃を開始し、私達の間を縫ってミスター・サージュの銃による支援が始まる。


「おいグラース! あまり攻撃が通っていないようじゃないか⁉︎」


 彼の指摘通り、私が浴びせた一撃には手応えが感じられなかった。身体そのものが硬いというのもあるのだろうが、それを覆う巨大な巻貝がかなり手強い。

 あの魔物は長年蓄積させた魔力を物質化し、そうして作り出した貝殻を身体の成長に合わせて形を変化させていくのだ。

 魔力の結晶であるあの巻貝は、その密度が高い程に硬度が増していく。あれだけ成長した個体であれば、それに比例した硬さを誇る鉄壁の鎧となっている事だろう。

 相手の厄介さに、私はぐっと奥歯を噛み締める。

 私の剣も通らない。そんな相手に、私程度の魔法でどうにか出来るものなのか……。


「グラース・ランス・ペルセでも貫けるかどうか……。あれを砕くだけの威力を持つ攻撃手段は……」

「砕く……割る……」


 独り言のように漏らした私の言葉を拾ったミスターは、ぶつぶつと呟きながら思考を巡らせる。

 本職の魔術師である彼ならば、何か私には出来ない手段を持ち合わせているのかもしれない。


「……そうか、あれを壊せば良いのか!」


 何か閃いたらしいミスター・サージュ。

 ひとまず彼が思い付いた作戦に乗るしかないだろう。

 しかしその次の瞬間、いよいよ私の氷を抜け出した巨大ヤドカリが暴れ出した。


「一度距離を取りましょう! ミスター、何か良い手立てがあるのでしょう?」

「ああ! 森の魔術師の力、あんた達に見せ付けてやるさ……!」


 そう言って不敵な笑みを浮かべ、彼は私よりも濃度の高い魔力を発揮させ詠唱を始める。

 彼が紡ぐ言葉と共に、周囲の草木がざわざわと揺れ始めた。


「かなりの衝撃が来るだろうが、あんた達ならどうにかなるさ。……我が呼び声に応えよ、大地の精霊よ! 我が拳は、全てを砕く大地の鼓動なり!」


 彼はこの場に満ちる精霊の気を集めながら、右手に岩で出来たガントレットを纏わせていく。

 そして魔物の元へと走り出した彼は機関銃を高く宙に放り投げ、その拳を叩き込もうとする。

 だがその刹那、彼を払いのけようとヤドカリが大きな鋏を振るった。


「させませんよッ!」


 私はすぐさまその鋏を剣で受け止めた。

 これによって攻撃を免れたミスター・サージュは、相手の隙が出来たこのチャンスを見逃さず飛び上がり、今度こそ渾身の魔法拳を巻貝へと突き出した。


「喰らえ! ポワン・トランブルマン……ドゥ・テールッッ‼︎」


 勢いの乗った拳が触れた箇所が、メキリと音を立ててひび割れていく。


「貝殻にひびが入った!」

「これならいけるんじゃ……⁉︎」


 騎士達から期待の籠った声が上がる。

 続いて彼は更に拳を浴びせていき、遂に巻貝の下部分がボロボロと崩れ出していった。

 私の剣では傷を付ける事すらままならなかったものを、彼の拳は砕いてしまった。

 あの貝殻と同等……いや、それ以上の硬度を持った岩の籠手を生み出した魔術師サージュ。


「今だグラース! あいつの腹にあんたの技を叩き込んでやれ!」


 彼の手で弱点である腹を曝け出された巨大ヤドカリは、大切にしていた貝殻を壊された怒りからか、より一層暴れ出す。

 だが、ここで私も活躍しなくては見せ場が無い。いくらここに彼女の姿が無いとは言え、土産話になるような働きは残しておきたかったのだ。

 ヤドカリから距離を置いた彼と入れ替わるように、私は鋏を振るい暴れる中を時に受け止めながら、奴の懐へと潜り込む。

 そして私は遂に、その腹部へと剣を突き立てる事に成功した。


「大人しく、眠りなさい……!」


 脚の部分と違って多少の柔らかさを持つそこを、私はぐっと力を込めて斬り開いていく。


「この隙にあんた達も追加攻撃を浴びせるんだ! ここで一気に仕留めるぞ!」

「おう!」

「グラースさん達だけに良いところを取られたとあっては、団長に喝を入れられてしまいますからね!」

「その意気ですよ……! さあ、やってしまいましょう‼︎」


 後ろから飛んで来る魔弾と共に、部下達も次々に腹へと剣を突き立てていった。

 私もより深い所へと剣を押し込み、そしてとどめの一撃となる魔法を展開させていく。


「氷の槍よ、我に仇なす者を突破せよ! グラース・ランス・ペルセ‼︎」


 剣先に込めた私の魔力は奥の奥まで貫く氷の槍となって、重く鋭くその身を突き穿っていった。

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