第2話 醜い炎
「グラースさん!」
出発も間近という頃、宿舎前に集合した私達。
朝食の時に決めた通り、私は思い切ってグラースさんに声を掛けてみた。
「おはようございます、グラースさん。今回の護衛任務も頑張りますね!」
「おはようございます。今回は以前の討伐遠征よりも少し長旅になりますから、気を抜かずに参りましょう」
爽やかな笑顔でそう言ったグラースさん。
よーし、このまま自然な流れでバレッタの事を言ってみよう。
恥ずかしくない、恥ずかしくない。いくら彼がカッコ良すぎるからって、流石にもう慣れてきたはずだもの!
私は覚悟を決め、口を開こうとした──のだけれど。
「おや……? ああ、やはり。貴女によくお似合いですね」
「えっ? あっ、グラースさんに頂いたこのバレッタ、使ってみたんです。ええと……ありがとうございます!」
私が改めてお礼を言うよりも先に、彼が髪型の変化に気付いてくれた。
さっきまでどんな風にお礼を言おうか頭の中でシミュレーションしていたのだけれど、想定外の反応にそれが全部吹き飛んでしまった。
「その髪飾りを身に付けた貴女の姿を拝見出来て、本当に良かった……。想像していたよりも、実際にこの目で見るレディの方が可愛らしいです」
「か、かわっ……⁉︎ そう、ですかね?」
「まるで、季節外れの雪の精が舞い降りたようだ。本当に、貴女によく似合っていますよ」
彼の言葉の大砲が次々と発射されていく。
それをもろに受けた私の精神力は、羞恥心と嬉しさとが混ざった嵐に揉まれて大事故だ。
そんなに勿体無い程の褒め言葉を贈られては、今にも顔から火が出てしまいそう。それもこれも、グラースさんがキラキラのイケメンすぎるのが悪い。破壊力がとんでもないんだもの!
ああ、恥ずかしくて彼の顔を見られないわ……!
「……あ、ありがとう、ございます。こんなに素敵なものを頂いて、使うのが勿体無くてずっと大切に仕舞っておいたんです。でもその、せっかく頂いたものを使わないというのは、グラースさんに失礼だと思いまして……!」
「そんなにそれを大切にして下さっていたのですね。お恥ずかしい話ですが、私も貴女から頂いた飴を食べてしまうのが躊躇われてしまって……」
「そ、そうだったんですか?」
彼の発言に思わず顔を上げると、グラースさんは照れ臭そうに指先で頬を掻いていた。
「ええ。貴女も私と同じように思っていたのだと知って、思わず嬉しさが込み上げてきました。私一人で食べるのも勿体無いと思い、この任務の間の息抜きとして、貴女とあの飴を味わえればと荷物と一緒に入れておいたのです」
グラースさんもそんな風に思っていてくれたんだ。
やっぱり、プレゼントは大切にしたいと感じるものね。
だけど私が彼に贈ったのは食べ物だから、早めに消費しないと心配だ。彼もそう思って、どうせ食べてしまうなら贈り主と一緒に食べようとしてくれたんだろう。
私も彼がくれたバレッタのように、形に残るものを渡しておけば良かったかしら……。
「じゃあ、後で一緒に食べましょうね」
「はい、勿論。……そろそろ時間ですね」
今回の護衛任務に同行するのは、グラースさん率いる少数部隊だ。
団長さんは王都に残り、黒騎士対策にあたる事になる。なので今日は見送りに来てくれている。
すると、準備を終え整列した騎士達の向こうからサージュさんがやって来た。
「あ、サージュさん! おはようございます」
私の声に気付いた彼は、小走りでこちらに駆け寄ってくる。
「おはようフラム。集合時間には間に合ったよな?」
「はい。ああ、そうだ! 先日お借りした薬学の本なんですが、まだ読み切れていないのでもう少しお借りしても大丈夫でしょうか?」
「ああ、構わない。本の内容は頭に入ってるからな。何ならあんたにそれをやっても良いぐらいだが」
「えっ、本当に良いんですか?」
「むしろ、あんたみたいに知識を必要とする人間が持っているべきだろう。今度他の本も配達のついでに持って来る」
「うわぁ、嬉しいです! ありがとうございます!」
******
約束の時間に現れたミスター・サージュは、姿を見せるや否やレディとの会話に華を咲かせている。
私の知らない間に交わされたやり取りが、彼らの関係性をより深いものにしているようだ。
私の目の前で楽しそうに微笑んでいる彼女と、満更でもなさそうなミスター。
そんな二人を見ていると、つい先程まで暖かだった心に冷たい針が刺されるようだった。
彼女は優しい。誰にでも、平等に。
だからその笑顔は私以外にだって向けられるもので、彼女とはただの上司と部下であるだけの私には、それを独占する事も出来ない。
そもそも彼女を独占したいと思うこの気持ちは、決して善いものではないだろう。
私はレディに密かに想いを寄せているだけの、騎士団の仲間だ。彼女と正式に交際をしている訳ではないのだから。
それなのに……こんな醜い感情を抱くのを止められない。
彼女の花のような微笑みを、私にだけ向けていてほしいだなんて──。
「……ミスター・サージュ。そろそろ出発の時間ですので、余計なお喋りはそこまでになさって下さい」
思っていたよりも冷たい声が出てしまった。
そこまできつく言うつもりではなかったというのに……。
けれど、言ってしまった言葉はもう取り消しがきかない。
ミスター・サージュだけでなく、隣に居たレディにまで動揺が走る。
「あ、ああ……すまなかった、グラース」
「お仕事に関係無い話は、今すべきではありませんでした。ごめんなさい、グラースさん……」
どうして貴女まで謝るのです?
貴女を落ち込ませたかったわけでは無い。それなのに……これではただの八つ当たりではないか。
無意識に放ってしまった己の一言で、その場の空気を凍らせてしまった。
私はぐっと奥歯を噛み締めてから、整列する騎士達に向き直る。
「……これより、依頼人であるミスター・サージュの護衛任務を開始します! 目的地はスフィーダ王国との国境近くのアイーダ渓谷。道中の魔物への警戒を怠らず、無事に依頼人を帰還させる事を目標となさい!」
些細な事で感情を荒げるだなんて、王国騎士団の副団長としてあるまじき愚行だ。
けれど、彼女を想うと胸が苦しい。
彼女と親しくする者全てが、彼女を奪い去ってしまうのではないかという錯覚に陥るのだ。
私はこの年齢になるまで、軽い関係を持った女性は何人か居た。
しかし、それは何度か食事を共にする程度のもので、相手とは手を繋いだ事すらない酷くドライなものだったのだ。
彼女達は私のうわべにだけしか興味が無く、異例の出世を遂げた私の地位をありがたがっていた。
私の剣と魂は、敬愛する我が王に捧げた。
だが、この心は愛する者にだけ向けられるものだ。
この心を──私の真心を捧げて愛したい女性。それが彼女……レディ・フラムだけなのだと、強く感じている。
騎士はいつ命を落とすやも知れぬ、死と隣り合わせのものである。
だからこそ私は、この命尽きる時までを共にしたい彼女と歩いて行きたい。
そんな強い想いが、醜い嫉妬の炎に駆られているのだろう。
己では制御しきれない程、狂おしいこの炎に──。
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