第3話 想いを馳せて
「注文の品はこれで全部だ。確認を頼む」
倉庫にいくつか運び込まれた布袋の中には、数種類の薬草が入っている。
これを届けに来てくれたのは、以前ブラッドベアの事件で知り合った森の魔術師ことサージュさんだ。
私はあれからも何度か彼の薬草を購入していて、その度にあの山小屋からここまで配達に来てくれている。
今日は一週間振りの配達だった。
「……お願いしていたものは全て揃っていますね。ありがとうございます」
「また何か薬を作るのか?」
「ええ。もう少し効力の良いポーションを作りたくて、その研究用に。まあ、本来ならこういう事は魔術師団の方々の専門なんですけどね」
サージュさんも職業柄ポーションに詳しいから、こうして配達で顔を合わせると相談に乗ってくれるのだ。
「そうだな……。あんたの魔力と調合の実力があれば、基本的なポーションでも市販のものより効果は強いだろう。その上でレシピを変えてみるのなら、確かに今以上のものが作れるな」
「私の身体は一つだけですから、例え私がその場を離れていても、騎士団の皆さんの役に立てるものを用意したいんです。治療が間に合わずに後悔するのは嫌ですから」
それを聞いて、サージュさんは少し困ったように口元を緩めた。
「……あんたはもう後悔しないようにする為に癒し手になったんだもんな。よし、それなら僕も手を貸そう」
「そんな、ご迷惑じゃありませんか?」
「僕が良いって言ってるんだ。それに、僕は君に命を救われた一人だ。こうして薬草園をやっているのだって、あんたのような人の助けになればと……いや、話が逸れたな」
すると、彼は床に置いていた肩掛け鞄の中から一枚の地図を取り出した。
アイステーシス王国だけが描かれたその地図には、彼が付けたであろう○印が何箇所もある。
「この印は全て珍しい薬草が生えている場所なんだ。その中の一つ、南のスフィーダ王国の国境に近いアイーダ
「お花をポーションに使うんですか?」
「正確には、その花から採れる種だな。今の季節なら丁度種が出来る頃だ」
スフィーダ王国といえば、この前のベルム村で殿下達が話題に出していたっけ。
確か、大地の御子である王子が居る国……。
「実はこの花を僕の薬草園でも育ててみようかと考えていたんだ。得意先の魔術師団から、出来れば商品の幅を増やせないかと言われているものでな。だから近々、騎士団か冒険者に護衛を頼もうかと思っていたんだ」
「ご自分も現地まで向かわれるんですか? 種の採取なら、わざわざサージュさんが行かなくても良いように思うんですが……」
「どういう環境で育っているのか自分の目で確かめなければ、それが上手く育つか分からないだろう。だから面倒でも行かなければならないんだ。……遠出は疲れるから、出来れば避けたい事ではあるんだがな」
魔術師はインドア派が多いから、こういった研究材料の調達なんかはかなり
私は治癒魔法の勉強に没頭していたせいで結果的にはインドア生活をしていた。
けれど、騎士団の遠征は見た事の無い場所を見られるからとても楽しい。
そのうち自分だけでも馬に乗れるようになったら楽しいだろうなぁ、なんて思う私は珍しい部類だろう。
「あの、サージュさん。もし騎士団に護衛を頼む事になったら、私もご一緒して良いですか?」
「ああ、僕は構わないが」
「ありがとうございます! 私、サージュさんみたいに薬草に詳しくなりたいんです」
「そ、そうか……」
窓からの光はあるけれど、倉庫は少し薄暗い。
そのせいで分かりづらいのもあるのだけれど、何となく彼の顔が赤いように見えるのは気のせいだろうか。
季節も徐々に夏へと移り変わろうとしているし、着込んだ黒いローブが暑いのかもしれないわね。
サージュさんは頬を掻きながら言う。
「……薬草に興味があるなら、僕の森に来ないか? 僕の薬草園なら実物を見ながら教えられる。それに、薬草の手入れも人手があった方が……その、作業も早く終わるからな。いや、迷惑だったら今の話は忘れてくれ……!」
「本当ですか⁉︎ 私の方こそ、サージュさんがご迷惑でなければ是非お願いします! 薬草園のお手伝いも勉強になりますし!」
「ああ、やっぱりな……って、え、来てくれるのか⁉︎ そ、それなら今度の休みを教えてくれ。僕が迎えに行くから……!」
そうしてトントン拍子で話が進み、次の休みの日にサージュさんの薬草園のお手伝いと勉強会をする約束を取り付けた。
先生にはポーション作りの初歩ぐらいしか教わっていないから、サージュさんとの勉強会がとっても楽しみだ。
******
「アイステーシスの炎の御子……その者こそが、貴様の伴侶となるに相応しいであろう」
岩のような巨体のオッサン──そうとしか言いようのねえその野郎は、大地の精霊バザルト。
オレの契約相手だ。
「炎の御子ねえ……」
「彼の者の出現は、炎の大精霊フランマの召喚によって確実なものとなった。であるならば、火と岩が織り成すスフィーダの王子、その妻となるべき存在なのは明らかぞ」
スフィーダ王国は火山が多い。
それから鉱石なんかもわんさか採れる。
そういう国の王子だからか知らねえが、オレには大地の御子としての力が備わっていた。
ずっとずっと大昔、この国を興した先祖は大地の御子と炎の御子の夫婦だったらしい。
だから大地の御子としてバザルトを召喚しちまったオレは、建国時代の再現だとかで炎の御子と結婚しろなんて言われて二十歳を超えた。
そうして婚約者とも無縁の人生を歩んできたところに転がり込んで来たのが、アイステーシス王国に現れた炎の御子の話だ。
同じ大精霊なら何か感じるものがあるみてえだが、本当にそんな話を信じて良いんだろうなぁ?
「オレはこのまま独り身でも構わねえんだがなぁ。つーか、風呂入ってる最中にしてくる話かよ?」
火山の恩恵で温泉も豊富な国だから、城の中にはデカい風呂場がある。
鈍い真紅の髪が湯に着かねえように、適当に紐で縛って纏めてある。
だが、一人でゆっくり湯船に浸かっていたところにこのオッサンが来たもんだから、あまりのむさ苦しさにリラックスタイムは強制終了だ。
こんなオッサンを目の前にしてくつろげるモンかよ。
「我はスフィーダの民の願いを口にしたまでよ。気晴らしついでにその娘の面でも拝んでくるが良い。貴様好みの娘であれば、そのまま婚約でも何でも結べば良かろう」
「それでオレの好みじゃなけりゃただの無駄足じゃねえか! つーかそもそも……」
オレは惚れてもいねえ女なんかと連れ添うつもりはさらさらねえ。
だからこれまで無理矢理政略結婚させられてきた同年代の貴族連中を見てきて、逆に大地の御子として生まれて良かったとすら思ってた。
愛の無い結婚で、跡継ぎを産む為だけに相手と行為に及ぶなんて……オレには考えられねえよ。
「何だ、貴様はおなごに興味が無いのか?」
「そうは言ってねえだろが!」
「好ましい女子であるかもしれぬぞ? 貴様にも理想の妻像というものがあるであろう」
理想の妻、か。
考えた事が無いワケじゃねえ。
だが、それをわざわざコイツに教えてやる義理はねえからな。
「……ほう、理想はあるか。貴様が健全なおのこのようで何よりよ」
「う、うるっせえなこの岩オヤジ!」
「いやはや、この反応の良さ故にやめられぬのだがなぁ」
「このクソオヤジがぁ……‼︎」
オレの理想の女なんて、そんな贅沢なモンじゃねえけど。
何があっても諦めない、芯の強い女──
そういう女だったら、一緒になるのも悪くねえ……かもな。
「……あ、そういやぁそろそろ……」
「何だ?」
「いや、何でもねえ。もう風呂上がるわ」
炎の御子……会いに行く価値があると良いんだがな。
顔も知らない相手とダチの顔を思い浮かべながら、オレは風呂場を後にした。
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