第4話 王子様には秘密

 どうして……?

 何で私はシャルマンさんと二人きりで、馬車に乗せられているんでしょうか……?


 そんな私の戸惑いに気付いてか、彼が小さく笑いを零す。

 騎士団の荷馬車に乗り込む直前、詳しい説明も無しに魔術師団の人にここまで連れて来られてしまった私。

 まだ昨日顔を合わせたばかりの、違う職場の団長さん──それがシャルマンさんだ。

 私、昨日何か変な事でもしちゃったのかしら……。

 それが気に食わなかったから、ここで何かしらの注意でもされてしまうのか……。


「やぁねぇ。そんなガチガチに緊張しないで頂戴な」


 ……ん?

 シャルマンさん、何だか昨日と雰囲気が全然違う?

 今の彼は第一印象だった知的さが薄れ、柔らかな笑みで私に語り掛けている。


「確かアナタ、フラムちゃん……だったわよね。昨日はしっかりとした自己紹介が出来なくてごめんなさい。アタシはシャルマン・ソルシエール。王城魔術師団のトップよ」

「あ……はい……」


 ……この人、本当に私の知ってるシャルマンさんなの?

 いや、私はシャルマンさんの全てを知り尽くしてる訳ではないけれど、それにしても昨日とのギャップが衝撃的すぎやしないだろうか。


「あー、驚かせちゃってるわよね……。ほら、昨日の招集の時はクヴァール殿下もいらっしゃったでしょう? ああいう場でこんなノリだと殿下にどう思われるか分からないから、ちょっとキャラ作ってたのよね」

「そうだったんですか……」


 確かに、あのクールな殿下に対して素のシャルマンさんのテンションは、少し厳しいものがあるかもしれない。


「でもこの中だったら殿下の目も届かないし、ありのままの自分でアナタと話せると思ったの。殿下にお聞きしたけど、アナタって凄い治癒魔法を使えるんでしょう? これでもアタシは魔術師団長だし、そういう話は是非本人にも聞いてみたいと思ってお誘いしてみたのよね」


 お誘いというか、一方的に引きずってこられたような感じだったんですが……。

 でもそれは多分、シャルマンさん個人のせいではないのだろう。

 何というか、魔術師団の人達は騎士団の皆よりも暗いのよね。

 魔術師には職人気質な人が多いせいかもしれないけど……。


「そういうお話でしたら構いませんよ」

「あらホント? 良かったわ〜! これで断られちゃったら数時間は無言で過ごさなきゃならないものね〜!」


 私に意外な一面を見せてくれたシャルマンさんは、そう言ってケラケラと笑った。



 朝焼けのような、淡い紫の長髪が綺麗なシャルマンさん。

 遠目から見ると女性と見紛う程に美しい白い肌と、女の私ですら羨むような長い睫毛に縁取られた海色の瞳は、まるで生きた宝石のよう。

 けれどもその滑らかな声は間違い無く男性のもので、ふとした瞬間に見せる仕草にもドキッとさせられる。

 言うなれば彼は、男女それぞれの魅力を併せ持った、美の化身なのではないか──

 彼と向き合って会話をしている内に、そんな考えが私の頭の片隅に広がり出していた。


「──こんなに若くて可愛らしいのに、そんな高度な治癒魔法を軽々と使えてしまうだなんて……。ねえフラムちゃん、貴女の出身ってどこかしら?」


 出来る事なら片時も目を離さずに見ていたい……。

 そんな風に願ってしまうような程綺麗な人と、こんな密室空間で一対一だなんて……!


「……あら? 反応が無いわね」


 もしかしてこの国って、美男子じゃないと良い役職に就けない決まりでもあるんじゃないの?

 剣や魔法の腕だけじゃなく、外見の美醜でも実力主義で成り上がっていく社会だったりしないわよね⁉︎

 そうでなきゃおかしいわ。殿下もグラースさんもティフォン団長も、更には魔術師団の団長さんまでイケメンだなんてどうかしてるもの!


「フーラームーちゃーん!」

「……はっ!」

「やっと気付いてくれたわね。もう、急にどうしちゃったの? 心配しちゃうじゃない!」

「ご、ごめんなさいシャルマンさん……!」


 私、シャルマンさんに見惚れすぎてた……!?

 やだもう私ったら……せっかく魔術師団長さん直々にお誘いしてもらった場だっていうのに、とんだ失礼な態度を取っちゃった……。

 すると、落ち込む私を見たシャルマンさんが、しょんぼりとした口調でこんな事を言ってきた。


「……アナタにも効いちゃったのね、この呪い」

「呪い……って、どういう事ですか?」


 シャルマンさんはそっと自分の耳たぶに触れ、私に見やすいように横を向く。

 そこには赤い石が揺れるピアスが付けられていて、それを見せる彼の横顔は、何故だかとても悲しげだった。


「このピアスは、アタシに掛けられた呪いを軽減する力があるの。ソルシエールの一族の男が代々受け継ぐ、『愛』の呪いよ」


 彼はこちらに向き直り、曖昧な笑みで言葉を続けた。


「この呪いはね、『自分に好意を抱いた女性を無理矢理惚れさせてしまう』ものなの」

「女性だけに効果のある呪い……だから、愛の呪い……?」

「そう。きっとフラムちゃんは、ちょっぴりアタシの事を気に入ってくれたんでしょうね。最近は研究室に閉じ籠ってばかりだったから、女の子と会う機会が無くてうっかりしていたわ」


 そう言って、シャルマンさんは懐から青い液体の入った小瓶を取り出す。

 それを申し訳なさそうに私に差し出し、私は訳も分からず瓶を受け取った。


「あの、これは……?」

「呪いに耐性を付けるお薬よ。それを飲んでもらえれば、三日はこの呪いの影響を受けずに済むわ」


 あまりにも儚げに見える彼。

 シャルマンさんの一族は、どうしてこんな呪いに苦しめられているのだろう。


「こんな面倒臭い性格の男だもの。呪いのせいとはいえ、アナタのような子がアタシなんかに惚れちゃいけないわ。さあ、早くそれを飲んでみて? すぐに症状が落ち着くはずだから」


 彼は何でもないように笑ってみせた。

 けれど、やはりそれは無理矢理貼り付けたような不自然な笑顔で……。

 ほら……と急かしてくる彼を、これ以上困らせたくなかった。

 喉元まで出かかった何かを飲み込むように、私はその薬に口を付けるのだった。



 ******



 あの子との会話は興味深くて、久々に気を許せる相手と楽しく過ごせた気がする。

 ……だけど、アタシに流れるこの血のせいで、彼女の心を惑わせてしまった。

 フラムちゃんに薬を飲んでもらってしばらくして、馬を休ませる為に途中の休憩地点に馬車が止まった。

 これ以上あの子の身に悪影響があってはいけないから、彼女には騎士団の方の馬車に戻るよう言い付けた。

 こっちが勝手に呼び出したのに、酷い話。

 だけど、それがあの子の為になる事だから。

 アタシは……ソルシエール家に生まれた男は、真実の愛を得られない。

 呪いによって塗り固められた偽りの恋心に突き動かされた女性が、代々ソルシエールの家に花嫁としてやって来る。

 アタシのママもその一人だった。

 心の底からパパに惚れて結婚した訳じゃない。

 両親の真実の愛によって、アタシが生まれた訳じゃない。

 それでもパパだけは、ママの事を本当に愛していた。


「……アタシは、パパみたいに誰かを好きになれるのかな」


 呪いの力なんて関係無しに、真心をもってアタシを愛してくれる女性ひと──


「でも……そんな人なんて……」


 ……アタシに残された時間は、そう多くはない。

 きっとアタシの未来は、永遠の暗闇に呑まれてしまうだろう。


 けれど、もしもこんなアタシを愛してくれる人が居るのなら……。


「そんな運命の人に、会ってみたいものだわね……」

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