第3話 愛らしいレディ

 その日の夜、私は再び調合室を訪れていた。

 日中にボトルに移しておいた薬草液を、明日の朝までにきちんとしたポーションとして完成させておきたかったからだ。

 棚に置かれたボトルの中には、薄緑の液体に沈む真っ白な球。

 これも魔石の一種で、これには浄化の作用のある光の精霊の力がある。

 白の魔石の効果で雑菌などが浄化され、あらかじめ用意しておいた小瓶に中身を詰めていく。

 それから、小瓶一つ一つに私の魔力を流し込めば出来上がり。


「これだけあれば、明日の任務にも持っていけるよね」


 今のベルム村の周囲は、古代鰐が潜む危険地帯だ。

 それを倒しに向かった冒険者さんも倒れているし、そんな場所では薬品の補充も難しいだろう。

 クヴァール殿下は村に食料を届けるとも仰っていたし、魔術師団長のシャルマンさんもポーションを提供すると言っていた。

 私がなんか作ったものより、普段からそういった薬品作りを仕事にしている彼らの方が質が良いと思う。

 例えそうだったとしても、私でも役に立てる事は色々あるはずだもの。何かしないと落ち着かない。

 ずらりと並んだ小瓶を眺め、私はほっと一息吐いた。



 そして翌朝、出発の時刻がやって来た。

 私は昨日の内に用意したポーションと、他にも必要になりそうなものを入れた肩掛け鞄を持って、集合場所である騎士団宿舎の前に向かった。

 集合時間よりも早めに来たつもりだったんだけど、もう皆さん準備万端といった様子で待機している。

 すると、私に気付いた騎士の一人がこちらに手を振ってきた。


「あ、おはようフラムちゃん!」

「おはようございます、ルイスさん。あの、ちゃん付けは恥ずかしいのでやめてもらえないでしょうか……?」

「えー、だってフラムちゃん僕より年下でしょ? それならおかしくなくないかなぁ」

「うーん……そ、それを言われると反論に困る……」


 ルイスさんは私が初めて団長さんに会った時、彼に稽古の相手をしてもらっていた男性だ。

 ここに来た初日からよく話し掛けてくれている、気さくなお兄さんといった感じだろうか。


「ルイス、一人前のレディにはそれ相応の態度をなさい」


 するとそこへグラースさんが加わって来た。

 彼はルイスに厳しい目を向けた後、私に困った風な笑みを浮かべて言う。


「申し訳ありません、レディ。ルイスも悪気がある訳ではないと思いますが、貴女を不快にさせてしまったのは事実です。後日しっかりと教育をしておきますので、どうかお許し下さい」

「い、いえ! 私も不快という程ではありませんし……」

「大丈夫だよフラム……さん。僕もちょっと考えが浅はかだった。副団長の言う通りだよ」


 本当にごめんね、とルイスさんは頭を下げてきた。

 私は慌てて彼を止める。


「グラースさんもルイスさんも謝らないで下さい! 私、ただ単にちゃん付けが照れ臭かっただけですから……!」

「レディ……」


 私のせいでルイスさんが怒られるのは気が引ける。

 それに、本当にちゃん付けが照れ臭すぎただけなんだもの。

 今までそんな風に呼ばれる事なんて滅多に無かったから、耐性が無いというか……。


「……私、こうして皆さんに親しく接して頂けて嬉しいんです。元々この国の出身ではないですし、私を差別せずに受け入れてくれた騎士団の皆さんには、本当に感謝しています」


 まだアイステーシス王国に来て日は浅いけど、この人達に出会えてとても幸運だったと思う。


「ですからその……もしもこれが切っ掛けで、皆さんとの距離が出来てしまったら嫌なので……これまで通りの呼び方でも構いません。わ、私も慣れるように頑張りますから……!」


 だって、嫌いな相手に親しみを込めた呼び方なんてしないはずだもの。

 そんなルイスさんの思いを無駄にしたくない。

 私だって騎士団の一員だ。これから皆ともっと打ち解けて、一緒に笑い合えるような関係になりたいから……!


「……貴女がそこまで仰るのでしたら、私も納得致しましょう。ですがルイス、彼女が立派なレディであるという事実は忘れないように。分かりましたね?」

「は、はい!」


 私の思いは、無事グラースさんに伝わったようだ。


 すると、向こうの方に居た団長さんから、今回の任務に向かう人員の整列を呼び掛けられた。

 急いで列に加わろうと駆け出したルイスさんだったが、一度こちらに引き返して私にだけ聞こえるような声量で言う。


「ありがとね、フラムちゃん」


 それだけ言い残して、彼はまた走り出した。

 私はそんな彼の後ろ姿に手を振って、自分も決められた位置へと向かう。

 騎士団に居る治癒術師は私だけなので、第一部隊から順に整列した最後の最前列に並んで立つ。

 前にはティフォン団長とグラースさんが並び、点呼をとった。

 それを済ませた私達は、テントや食料などを積んだ荷馬車と共に、殿下や魔術師団の方々とベルム村へと出発する。

 私は一人では馬に乗れないので、荷馬車の一つに乗せてもらう。


 ──そのはずだったのだけれど……どういう訳か私は今、箱馬車に乗っている。

 私の目の前には魔術師団長のシャルマンさん。

 そう。私は何故か魔術師団の馬車に案内され、そこにシャルマンさんが待ち構えていたのだ。

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