第2章 専属治癒術師

第1話 初任務

 翌日、騎士団に緊急の任務が舞い込んで来た。


「王都の南の山中に、ブラッドベアが出現しました。今日、城に薬草を配達に来る予定だった魔術師が襲われたそうです」


 王都周辺は危険な魔物が少ないそうなのだけれど、今回現れた魔物はかなり凶暴な部類らしい。

 この都には冒険者ギルドがあるけれど、優秀な王国騎士団が居る街だからか、熟練の冒険者が少ないという。

 ブラッドベアは人を襲い、喰らう。

 すぐに人数を揃えて討伐出来る実力者が現れるか分からない。ならば、騎士団が出るのが最善。

 こうして団長と副団長、各部隊の隊長、そして唯一の治癒術師である私が会議室に集められたのもその為だ。

 大きな円卓を囲んでの緊急会議を、引き続きグラースさんが取り仕切る。


「魔術師の氏名はサージュ・ミトライユーズ。彼と面識のある者も少なくはないでしょう。彼は薬草園で配達用の薬草を収穫していたところを背後から襲撃され、ブラッドベアから逃走する最中、こちらに使い魔を寄越して来ました」

「襲撃からおよそ一時間。被害者の容体が気掛かりだ。第一から第三部隊は俺に付いて来い。第四部隊はグラースに任せる。フラムには第四部隊と一緒に来てもらい、被害者の治療を頼む」

「承知致しました」

「はい、分かりました」


 これが私の、初めての現場になる。

 騎士団専属の治癒術師は、訓練や任務で負傷した騎士の治療は当然の事、こうした魔物による被害を受けた方への現地での治療も業務内容に含まれている。

 王都にも治療院はあるそうなのだけれど、危険な魔物が蔓延はびこる地域には護衛が無ければ向かえない。

 そもそも、治療院はやって来た患者さんを治す場所だ。私とは役割が異なるのだ。


「残る部隊は、周辺地域の冒険者や民間人への注意と、有事の際の護衛を任せる」

「それでは、何か質問はありますか? ……では、これより出動です」



 山奥まで向かわなければならないので、途中までは馬で、その後からは徒歩で山道を進んで行く事になる。

 私はグラースさんの白馬に二人乗りで向かう。私が前で彼が後ろだ。

 他の皆も自分の馬や荷馬車に乗り込み、大急ぎで湖に架かる橋を駆け抜けた。


「王都を出たので、ここからはもう少し飛ばしていきますよ。しっかり掴まって下さいね」

「は、はい!」


 街中では通行人が居るのでスピードを抑えていたらしい。

 橋を渡り終えると、彼の宣言通り馬は速度を上げた。

 街道を駆ける騎士団は、周りから見れば颯爽としていて頼もしい事だろう。

 けれど、初めての乗馬でとんでもない速度を出されている私個人の感想としては、怖いの一言に尽きるのだ。

 時々グラースさんに励ましてもらえていなければ、心が折れていたかもしれない。

 しばらく草原を走り続けていくと、目的地である山が見えてきた。

 あそこに人喰い熊が居るんだ……。


「我々は被害者の捜索を優先します。彼を発見次第、すぐに治療をお願い致します」

「勿論です」


 山の手前で馬を降り、見張りを数人残して捜索を開始した。

 捜索部隊はティフォン団長と第一、第二、第三部隊が三方向に別れる。

 私達はまず先に魔術師さんの自宅へ向かい、そこに被害者が逃げ込んでいればその場で私が治療をする事になる。

 念の為に、残っていたポーションやその他の薬品も持って来た。

 一応、大体の傷や毒なら魔法で治せるんだけどね。備えあれば憂いなしだ。


 山の中は草木が生い茂り、大地からは精霊の気が満ちているのを感じる良い土地だった。

 ここでならきっと薬草も良く育つだろうなぁ。

 って、今はそれどころじゃないんだった。


「魔術師さんのご自宅って、あとどれぐらいなんでしょうか?」

「そうですね……連絡された情報が正しければ、もうじき到着すると思うのですが……」


 人が歩きやすいように整備された道を登っているから、想像していたよりは楽に動けているのが幸いだった。

 きっと、魔術師さんが配達の際に使う道なんだろう。

 そこを辿って歩いていくと、ようやく建物が視界に入って来た。

 一人暮らしには充分な程の大きさのその家は、木製の山小屋のような雰囲気だ。

 グラースさんはその家の扉の前に立ち、ノックをして声を掛ける。


「王国騎士団の者です。救助に参りました」


 ……しかし、返事は無い。

 家には戻っていないんだろうか。

 他の場所を探しに行かなければ──そう思っていた矢先、中から男性の呻き声が聴こえて来た。


「中に人が居ます!」

「ええ。仕方がありませんが、扉は押し破るしかありませんね……!」


 ブラッドベアに入られないよう、扉には鍵が掛けられているようだった。

 声は掛けたが、どうやら中から開けてもらう余裕は残されていないらしい。

 意を決したグラースさんは、助走を付けて扉に体当たりを繰り出した。

 しかし、一度だけでは成功しない。


「くっ……はあっ!」


 何度も繰り返して身体をぶつけて、やっとの事で扉を壊して中へ入る。

 部屋の隅に置かれたベッドの上に、声の主である被害者らしき人物がうつ伏せで倒れていた。


「サージュ・ミトライユーズさんですね。我々は王国騎士団の者です。すぐに傷の手当てを致しますので、もう少し堪えて下さい!」


 外の見張りを第四部隊の皆さんに任せ、私達はサージュさんの治療に専念する。


「レディ・フラム、彼の診療をお願い致します……!」

「勿論です。……それでは、サージュさんの治療を開始します」


 私は気持ちを切り替えて、一人の治癒術師としての行動を開始した。

 まずは、サージュさんの状態を観察する。

 事前の情報通り、背中にはブラッドベアの爪でやられたであろう傷が確認出来た。

 傷口はかなり深く、肉が抉れている。

 彼の衣服が真っ黒なので分かりにくいけれど、そこから溢れ出た血液が染み込んでいるのが分かった。

 あまりの痛みで気を失っているらしい。


「彼の上着を脱がします。手伝って頂けますか?」

「ええ、無論です」


 意識の無い人間の身体を動かすのは、かなりの重労働となる。

 自分で脱いでもらうのが一番手早く済むのだけれど、力の抜けた人を支えて、その上で服を脱がすのは私一人では難しい。

 だからグラースさんにそこだけ手伝ってもらう事にしたのだ。


 傷口を刺激しないように脱がし、サージュさんの上半身が露わになる。

 筋肉の少ない身体付きだけれど、身長がある。やはり手伝ってもらって良かった。

 傷口は右肩と左脇腹の二ヶ所。酷いのは右肩だ。

 血液もかなり失っている。落ち着いて、順に魔法を使っていこう。


の者の穢れを、祓い清めたまえ……」


 最初にべったりと付着した血を洗い流す。

 続いて私は次の魔法を詠唱する。


「暖かき光、汝を癒す……ヒール!」


 両の手から癒しの力を帯びた光が生まれ、それぞれの傷口を癒していく。

 徐々に再生されていく身体を見ながら、後ろに控えているグラースさんが息を飲むのが分かった。

 これだけの早さで傷が塞がるというのは、世間ではかなり珍しいらしい。私にとってはこれが普通なんだけれど、こうした治癒魔法は数日掛けて施すのが一般的なんだとか。

 持って生まれた魔力の質が高いのか、私が使う治癒魔法はかなり特殊なものだと治療院でも驚かれた。


「傷口が、完全に塞がった……⁉︎」

「何ヶ所か打撲も見受けられましたので、それらも纏めて治療しました。本人に確認するまでは絶対とは言えませんが、痛みはもう無いはずです」


 後は彼が目覚めてから増血薬を飲んでもらって、しばらく安静にしてもらえば大丈夫だろう。

 ひとまず無事に治療が終わり、私達はサージュさんの回復を待ちながら護衛に移った。

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