第5話 新生活の幕開け
私の歓迎会は食堂で行われる。
グラースさんと一緒に向かうと、既に大勢の騎士さんが集まっていた。
「お、主役のご登場だな!」
笑顔で手を振るティフォン団長。
騎士さん達は私を拍手で出迎えてくれた。
それに嬉しさを覚えると同時に、彼が待つ奥のテーブルまで向かう最中に、きょろきょろと周囲に目を向けてみる。
いくつも並ぶ長いテーブルの上には、大皿に盛られた肉料理やパン、スープなどが用意されていた。
そして勿論、団長さんの大好きなお酒も樽と瓶で数種類揃っている。きっと今夜だけで飲み干されるのではなかろうか。
「こいつが今日からうちの新しい治癒術師として来た! よし、皆に自己紹介してくれ」
「フラム・フラゴルです。至らない点が多々あるかもしれませんが、頑張ってお仕事をさせて頂きます。王国騎士団の皆さん、どうぞ宜しくお願い致します!」
「宜しくね、フラムちゃん!」
「頼りにしてるぜー!」
おお……団長さんが明るい人だからか、ここに所属する騎士さん達も物凄くフレンドリーだ。
男性だらけの中で働くのは少し怖かったけど、これだけ友好的に歓迎してもらえるのは助かった。
でも私、ちゃん付けされる程ピチピチでも無いんだけどな……。まあ、若く見えるのは良い事なのかしら。
「つー訳だお前ら。フラムが何か困ってたら助けになってくれ。今日は好きなだけ飲んで食って、楽しい思い出を作ろう!」
「ただし、二日酔いや食べ過ぎで、翌朝レディの手を煩わせない程度に留めるようになさい。団長、勿論貴方もですよ」
「分かってる分かってる。食べ過ぎならまだしも、俺が二日酔いで倒れたとこなんて見た事無いだろ?」
「貴方のペースに付き合わされた若い騎士がどんな目に遭ったか、もう忘れたのですか? 酒を無理に勧めるのはよして下さいね」
「ぐっ……それを言われると返す言葉が無いな」
ティフォン団長に釘を刺したグラースさんは、さながらお母さんのようだ。
二人のやり取りが何だか微笑ましくて、思わず笑いが零れてしまう。騎士さん達もケラケラと大笑いしている。
「あーあ、フラムにカッコ悪い所見せちまったなぁ。ま、今夜は思いっきり楽しんでくれよ!」
「はい、ティフォン団長!」
挨拶が済んだところで、それぞれ好きな飲み物を手に取った。
「それじゃあ気を取り直して……フラムの癒し手就任を祝して、乾杯!」
「「「「乾杯!」」」」
全員の掛け声と同時に、互いのジョッキがぶつかり合う。
これからどんな日々が待ち受けているのかは分からない。
だけど、ここでなら一からやり直すのも悪くないのかもしれない。
少しだけそんな思いが芽生えた、賑やかな夜だった。
翌朝、私に届け物が来た。
両手で簡単に抱えられる程の包みで、その中には王国騎士団の治癒術師専用の制服が入っていた。
清潔感のある白いローブと、中に着るワンピースタイプの服だ。
騎士団に配属されたのは昨日からだけど、本格的に働き始めるのは今日からだ。私は早速それに袖を通してみる。
「こんな感じで良いのかな……」
新しい服を着ると気持ちが引き締まるわね。
よーし、まずは朝ご飯を済ませないと。
一階の食堂に行くと、もうほとんどの人達は朝食を済ませた後だったらしく、人影はまばらだった。
あ、そういえば始業時間が何時からなのか聞き忘れてたわ。
でもまだ朝も早い時間帯だし、多分彼らは朝の訓練があるから早めに行動してるんだと思う。そうだと信じたい。
ちょっぴり焦りを感じながら朝食が乗ったトレーを受け取り、フォークでサラダを突く。
「おはようございます。朝食をご一緒しても宜しいですか?」
横を向くと、同じトレーを持ったグラースさんが立っていた。
私は慌てて水を口に含み、サラダを流し込んだ。
「……っ、ど、どうぞ!」
「ありがとうございます。それでは失礼して……」
彼は落ち着いた様子で向かいの席に腰を下ろした。
朝からキラキラとしたイケメンの顔は心臓に悪い。それが優しくて穏やかな騎士とくれば尚更だ。
ティフォン団長もそうだけど、彼も殿下も凄くかっこいいのよね。
この国の人ってそういう人が多いのかしら……。
「昨夜は大盛り上がりでしたね。レディがいらっしゃる手前、団長も少しは控え目にしてくれたようなので安心しました」
「あ、あれで控え目だったんですか……」
ワインもビールも蒸留酒も、かなりの量を飲んでいたと思うんだけど……とんでもない酒豪なのね、彼。
「新入りの歓迎会ではもっと凄かったんですよ。ですが、恐らく新年会では本領を発揮してしまうでしょうね。新年だからと調子に乗って、毎年何人もの騎士が酔い潰されるのが定番ですから……」
そう呟いたグラースさんは、諦めたように溜め息を吐いた。
彼の言うように、昨日よりもハイペースでお酒が進んでしまったら、雰囲気に呑まれた他の騎士達も調子に乗ってしまうんだろう。
それが簡単に想像出来て、今の内から覚悟を決めておいた方が良いような気がしてきた。
「その時は私がどうにかしてみます。以前の職場で、よく効く酔い覚ましの薬の作り方を教わったんです。材料さえあればお作り出来るので、お力になれると思います」
「本当ですか! それは助かります」
嬉しそうに返事をした彼が、窮地に駆け付けた援軍を見たような表情を浮かべる。
大丈夫、今度は貴方一人に苦労はさせませんよ。
朝食を終え、稽古に向かうグラースさんと一緒に隣の訓練場へと向かう。
先に食事を済ませていた騎士達は、訓練用の剣と軽装鎧を身に付けて、団長の指示のもと剣を振るっていた。
ここでグラースさんとは一旦お別れだ。彼らに挨拶をしてから訓練場を出て、病棟へと歩いていく。
現在はここに怪我人は居ないらしく、私は基本的に薬の管理や診療を任される。
昨日グラースさんに案内してもらったから、建物の構造は把握している。しっかりと掃除が行き届いたこの医務室が、治癒術師として私に与えられた領域だ。
「まずは備品のチェックからかな。何がどこにどれだけあるのか、しっかり見ておかないと」
医務室には机が一つと、患者を診る為のベッドや椅子、棚なんかが置かれていた。
扉で繋がった隣の部屋にはポーションなどが備蓄されていて、私はまずこれらの薬品のリストを作っていく事にした。
解毒薬や熱冷ましの薬なんかも置いてある。
騎士は魔物とも戦うから、毒を持った敵とも戦わなければならない事もあるからだろう。
グラースさんの話によれば、王城魔術師団に注文すればこれらの薬を用意してくれるらしい。
薬を作るのは主に彼らの仕事だそうだけど、一応ここにも道具は揃っている。さっき彼に話した酔い覚ましだって作れるのだ。
魔術師団から薬を買うよりも、薬草を買い入れて自分で作った方が安上がりだったりするしね。
「うーん、ポーションの備蓄がちょっと少ないかな。急な遠征があったら大変だし、これぐらいの量なら自分で用意しても良いかも」
そう思い立った私は、早速注文票にポーションの材料となる薬草を書き込んでいく。
その途中で、どうしてポーションだけが減っているのか思い当たる節(ふし)があるのに気が付いた。
「これ、もしかして私の治療に使ってもらった分なんじゃ……?」
そうよね。きっとそうよね、これ。
だってそれ以外に理由が思い付かないんだもの……!
「……よーし! フラムさん、張り切ってポーション作っちゃうぞー!」
少しでも予算を節約して、彼らに恩を返さないとね。
こうして私は、この日からアイステーシス王国騎士団専属の治癒術師として働き始めたのだった。
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