第4話 黄金の風

「待たせたな。陛下の承認は得られたぞ」


 しばらくして、クヴァール殿下が戻って来た。

 あれからグラースさんと色々な話をしていたから、退屈せずに時間があっという間に過ぎたように感じる。


「ほ、本当ですか?」

「ああ。そなたが癒し手として働く許しも出た。そなたを王国騎士団の癒し手として、正式に歓迎しよう」


 そう言って、殿下は口元を緩めた。


「それではグラース、私は執務を片付けて来る。彼女の事は、そなたとティフォンに任せるぞ」

「ええ、どうぞお任せ下さい」

「励めよ、フラム。そなたの働きには期待している」

「はい、クヴァール殿下! 精一杯頑張ります!」


 良かった、ここでちゃんと生活させてもらえるんだ!

 私はしっかりと頭を下げて、心からの感謝の気持ちを殿下に伝えた。



 早速私はグラースさんに連れられて、騎士団の宿舎へと案内してもらう。

 宿舎はお城から少し離れた所に建っている。何か異変があれば、すぐに城に駆け付けられるかららしい。


「ここが私達の宿舎です。その隣が訓練場になっていて、そこには病棟も完備されているんですよ」

「清潔感があって綺麗な建物ですね」

「五年程前に丸ごと建て直したんです。老朽化していたもので……。さて、中をご案内しましょう」


 宿舎の玄関の大きな扉を抜け、食堂や談話室を見て回る。

 その途中で他の騎士さん達とすれ違ったんだけど、皆優しそうな人達で安心した。

 宿舎は二階建てになっていて、一階に全員の共有スペースがあり、二階がそれぞれの部屋になっている。


「貴女のお部屋はこちらになります」


 彼に促されて扉を開けると、温かみのある木材の机とテーブル、そして一人用のベッドが用意された部屋が広がっていた。

 私一人が使うにしては少し広すぎるかなと思っていると、グラースさんが言う。


「元は二人部屋として使う場所だったのですが、ここは男所帯ですからね。誰かと同室にする訳にもいかないですから、ここは貴女が自由にお使い下さい」

「私の為にわざわざ部屋を用意して頂いてすみません」

「良いのですよ。もし何か用があれば、この部屋の隣が私の部屋になっているので、いつでもお呼び下さいね。私が不在の時でも、誰かに声を掛ければ助けになってくれる事でしょう」


 部屋にはクローゼットも備え付けられていた。

 他に必要なものがあれば用意すると言ってもらったのだけれど、それは自分で稼いだお金で買うから大丈夫だと断った。

 治癒術師は希少な存在だから、一般的な仕事よりも収入が良い。

 私なんかの為にお金を掛けてもらうのが申し訳無いし、こうして寝る場所と仕事を貰えた事だけでも充分幸せなんだもの。


「そうですか……。分かりました。貴女の意見を尊重しましょう。では、そろそろ団長にご挨拶に向かいます」


 団長さんは訓練場に居るという。

 宿舎の隣に建てられたそこは、私が勤務する病棟も兼ねている。

 馬を管理する厩舎きゅうしゃもあり、雨の日でも広い場所で剣術の稽古が出来るのだそうだ。

 訓練場では騎士達が試合形式の稽古をしているところだった。その中で一人、暗い金髪の男性が目立っていた。

 立ち姿だけでも存在感があり、剣を振るう様は荒々しく、けれども無駄の無い洗練された動きに感じる。


「甘いぞルイス! そこで弱腰になってどうする!」

「は、はいっ、ティフォン団長!」


 相手を圧倒する戦い。

 彼が若くして王国騎士団長の座を手にしたというのも納得だった。

 素人目でも他の騎士とはレベルが違うのがよく分かる。

 すると、団長さんが対戦相手の騎士を剣で弾き飛ばしたところで、彼はこちらに気が付いた。


「グラース、今戻ったのか」

「はい、先程帰還致しました」


 彼は訓練用の剣を他の騎士に預け、こちらにやって来た。


「ん? おい、この女は誰だ」


 そう言って団長さんは私に目を向ける。

 ちょっと口が悪い人なのかしらね。せっかく騎士らしく逞しい男性なのに、少しもったいないわ。


「彼女が本日から騎士団に配属された癒し手です。連絡は既に届いているかと思うのですが……」

「あ? ……あー、言われてみればそんな話を聞いたな」

「団長……」


 残念なものを見る目をしたグラースさん。

 きっと彼にはいつも手を焼いているんだろう。そんな気がした。


「となると、今日から俺の部下になる訳だな。よし、じゃあ改めて……」


 ゴホン、と一つ咳払いをした団長さんは、真っ直ぐに私の目を見て口を開いた。


「俺はここの団長をやってる、ティフォン・ディアクリシスだ。副団長のグラースとは同い年の二十七で、得意属性は風。好きなものは酒と昼寝で、嫌いなものは弱い奴だ。これから宜しく頼むな!」


 思っていたより詳細な自己紹介を披露した彼。

 意外とフレンドリーなタイプなのか。ちょっと驚いた。


「カウザ王国から来ました、治癒術師のフラム・フラゴルと申します。以前はカウザの治療院に勤務しておりました。こちらこそどうぞ宜しくお願い致します、ティフォン団長」

「ふぅむ……」


 え、何で急に黙り込むの?

 私何か変な事言ったかしら。この国の人間じゃないのが引っ掛かるとか?

 でも治癒術師が他国に行くのは珍しい事でも無いだろうし……うーん、思考が読めないわ。


「なあフラム。お前、酒は得意か?」

「お酒ですか? あまり沢山は飲めませんが、嗜む程度でしたら……」

「そうか、それは良かった。よし、今夜はお前の歓迎会を開くぞ!」

「え、私の歓迎会を……?」


 ティフォン団長は私の言葉に当然のように笑顔で頷いた。


「当たり前だろ! 新しい仲間が増えたんだ。手っ取り早く親睦を深めるには、顔を付き合わせて飲み食いするのが一番! そうと決まれば料理人に話を通してこないとな」


 それじゃあまた後でな! と告げて、彼は訓練場を風のように去って行った。

 残された私は、困ったように笑うグラースさんを見上げる。


「……団長さんって、とても自由な方なんですね」

「あはは……そうと決まれば一直線の人ですから。悪気が無い自由人と言いますか。……どうか、彼を嫌いにならないであげて下さい」


 私は慌てて首を横に振った。

 確かに彼は猪突猛進な人だけれど、あの笑顔がどうしても嫌いになれないんだ。


「嫌いになんてなりません! さっき団長さんとお話しして分かりました。剣の腕だけじゃなく、人望もある人だからこそ、あの若さで騎士団を率いる事が出来るのだと感じました」

「レディ……感謝します。そう言って頂けると、彼の友人としても鼻が高いです」


 彼が取り纏めるこの騎士団でなら、きっと楽しく働ける。そう信じられた。



 その後は自室へ戻り、歓迎会が始まる夜までゆっくり休ませてもらう事にした。

 十日間の馬車での旅は、思っていたより疲れが溜まってしまったらしい。

 軽く仮眠をとるだけのつもりだったのに、グラースさんが起こしてくるまですっかり熟睡してしまった。

 テントで寝ていた時にも彼に寝顔を見られているけれど、それでもやはり恥ずかしい。眠りが深い自分を恨むしかなかった。

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