愛し彼の女(いとしかのひと)

冷門 風之助 

VOL.1

《ルビを入力…》 その日、俺・・・・私立探偵の乾宗十郎いぬい・そうじゅうろうは彼女の訪問を受けていた。


 彼女は俺の前に、グレーのスーツと同色のプリーツスカート、白いブラウスという、かっちりした服装で腰かけ、さっきからもう30分も経とうというのに、言葉を発しかけては止め、発しかけては止め、を幾度となく繰り返している。


 彼女の名前は加賀美陽子かがみ・ようこ、歳は29歳。化粧っ気のない顔に、細めの黒縁メガネをかけ、肩まで伸びた髪を、首の後ろで束ねている。


 見かけだけだと、平凡で真面目な女教師か、大企業のキャリアウーマンだと思うかもしれない。


 だが、彼女はこう見えても作家・・・・それも今や売れっ子のライトノベル作家なのだ。


 デヴューしたのがちょうど20歳の時で、その手の作家としては遅い方だったが、瞬く間に人気が出て、出版する作品は軒並みベスト・セラーとなり、つい最近ではテレビアニメ化と劇場映画化がほぼ同時進行するという人気ぶりだ。



 俺はため息をつき、前に置いた契約書を眺め、コーヒーを啜った。


『・・・・ここにも書いてある通り、私は結婚と離婚に関わる調査は受けないことにしているんですがね』


『・・・・でも、恋愛に関する依頼はダメではないんでしょう?』


 やっと彼女が口を開いた。


 語尾が少しばかり上ずってかすれた。


『お金は払います。もし金額が不足ということであれば・・・・』


『金額に不足はありません。引き受けるとなれば、一日6万円と必要経費。仮に拳銃を出さなければならんような場合は、危険手当として4万円の割り増し、それで結構です。』


『じゃ、引き受けてくださるんですね?』


 彼女の表情が少し明るくなった。


 やれやれ・・・・そう思いながら俺はまたコーヒーを啜った。これじゃもう受けるより仕方なかろう。


 しかし、彼女が取り出した写真を見て、俺は正直戸惑わざるを得なかった。


 その写真・・・・手札大にプリントされていたのは、22~3歳の、うりざね顔でリスのような丸い目をしただったのである。



 断っておくが、俺は別に『レズビアン』だの『ホモセクシャル』だのに偏見がある訳ではない。


 愛なんてものは人それぞれだし、好きになったのがたまたま同性だったというなら、他者が干渉する事じゃない。しかし同性に対する恋の手伝いをしてくれと言うのは、この稼業に入ってさすがに一度も経験がない。

誰だって初体験というのは、どう対処してよいか迷うものだ。


『彼女の名前は、岡崎菜々子おかざき・ななこさんと言います。歳は21歳。某有名私立女子大の3年生です。知り合ったのは今から半年ほど前で』


 彼女の話によれば、彼女(ややこしいな。菜々子と呼ぼう)が通っている大学から、


『学祭で講演をしてくれないか』と頼まれて出かけたのが最初だったという。


 菜々子はその大学の学生自治会の会長で、学祭の実行委員長も兼ねていたという。


 一目会ったその日から・・・・という言葉があるが、大人し気な外見に似合わぬはきはきした物言い、そして相手を魅了するそのまなざしに、すっかり虜になってしまったのだそうだ。


 陽子は元々真性のレズビアンだったわけではない。


ただ、父親に早く死に別れ、母親以下、女ばかり四人姉妹の中で育ったせいもあって、男性と接触する機会がまるでなかったし、学校も幼稚園から大学まで、女子ばかりの一貫教育だったから、知らず知らずのうちに、好きになるのは女性だけで、気が付くとそうなってしまっていたのだそうだ。


 しかし、そうは言っても、元来内気で口下手な性格もあって、本当の『恋愛』に発展したことは一度もない。


 だから、今回の菜々子に対する思いも、もし打ち明けて断わられたらどうしようなどと考えると、なかなか口に出すことは出来ないという。



 


 





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