第19話 探索




「んーッ、いい天気なのだ」



 雲一つない青い空、麗らかに大地を照らす太陽の光を全身に浴びながら魔王は大きく身体を伸ばした。チチチチと鳴く小鳥の囀り。後ろにのけ反った拍子に、金色に輝く魔王の髪に当たった草から朝露が滴る。魔王という肩書きも、死の大陸という名ともまるで程遠い穏やかな場所だ。



「勇者勇者、早く行くのだ」



「そうだな」



 待ちきれないという眼差しを浮かべた魔王が俺を急かした。




 魔王の言葉に流されるままタルタロス西部に町を作ることとなった。と言っても、まだ下見すらしていない訳で、実際タルタロス西部のどの辺りなら町が作れそうかすら分からない状況だ。ただ俺としては今回こそ、しっかりと計画を立てて町を作っていくつもりだった。

 が、そんな俺の考えに魔王が納得するわけもなく、こうして今朝早くから魔王に叩き起こされタルタロス西部に向かっているということだ。まぁ魔王が楽しそうならとりあえずはそれでいいか……。


 前を歩く魔王の足取りは軽い。普段は全く外に出たがらない魔王だが、どうやら人間のこととなると魔王は自ら魔王城の外へと足を運ぶらしい。



「ゆうしゃあー!早く来るのだーッ」



 後ろを振り返った魔王が少し怒った口調で叫んだ。

 そんな魔王に俺は『悪い』と謝りつつ、青々しい草の感触を感じながら俺を待つ魔王のもとへと歩いていく。



「よし、行くか」



「ん」



 と、俺の言葉に魔王は小さく返事をする。そして、着いて来いと言わんばかりに俺の前を歩き始めた。俺の胸にも満たないくらいの背丈、そんな小さな魔王の背中を追うように俺もゆっくりと歩き出した。






 *   *   *   *   *






 ↑スライム畑


 という人間の言葉で書かれた看板を見つけ、魔王と共に足を止める。1時間近く歩き続け、魔王城の影がぼやけ始めようとする辺りだ。


 ふぅ……と息を吐き、鮮やかな草の上に腰を下ろした俺は額を伝う一滴の汗を拭った。

 魔王の小さな歩幅に合わせて自分の歩幅を調節する。魔王が転んだらどうしようか、魔物が飛び出てきたらどうしようか、なんて心配事が常に頭の中を飛び交う。いつもパーティーでは先頭を歩くのが当たり前だったせいで知らなかったが、誰かの後ろを歩くというのは思っていた以上に大変らしい。


 ……まぁとりあえず、無事に着いて一安心か。眼下に広がったスライム畑を眺める無邪気な魔王を見て、俺もその景色に視線を移した。


 スライム畑と言うからにはてっきりスライムがたくさんいるのかと思っていたが、名ばかりなのかスライムの姿なんてものはどこにもない。ただ、俺と魔王がいる陵丘から見える景色に広がっていたのは、木の柵で綺麗に整地された無数の畑と、立派に立ち並んだビニールハウスの列。それは畑と言うよりも、むしろ一国が有する農場に近いのかもしれない。

 ここの主がどんな魔物なのかは分からないが、これだけの広大な土地だ。もしこの土地全てで作物を栽培しているなら、これから作る小さな町程度の食料は十分確保できるだろう。それに、この辺りにある森林地帯や山なんかも、いい資源が期待できそうだ。



「勇者勇者、あの青いところは何なのだ?」



 俺の隣に腰を下ろした魔王は俺の服を引っ張り、スライム畑の先を指差した。

 照り渡る太陽の光を一面に受け、この丘からでもわかるくらいにキラキラと反射する青い光。波が立たないからか、周りの景色を映し出したそこはまるで鏡の世界の様だ。



「あれは湖って言って、窪地に水がたまるとできるんだ」



「んー」



 まるで俺の話なんか聞いてはいないような返事をして、魔王は物珍しそうに湖を眺めた。



「初めて見たのだ」



「そ、そうか……」



 一応、ルポポに行くときもニケの背中から見えたんだけどなぁ……。と言う言葉を飲み込み、魔王の視線を見つめる。


 1年程前の、魔王と天使の戦いのときにできた大きな窪地。案の定、魔王自身は全く記憶に残っていないみたいだが、それがいつの間にか湖になっていたのを俺はニケの背中から何度か確認していた。

 もしかしたらこの湖が使えるんじゃないかと思ってきてみたが、予想通り、船が泊まるには十分すぎる湖だ。



「勇者勇者、ライラ、あそこに行ってみたいのだ」



「あそこって、湖にか?」



 俺の言葉に魔王は無言で頷いた。

 眼下にある広大なスライム畑。俺としては間近にあるスライム畑も正直気にはなるところだ。が、次も魔王が快く魔王城から出るかは分からないし、そう考えると今回は町を作る場所を決めるのが最優先か。あの湖を使うにしてもどうやって移民を運ぶかも考えないといけないし、スライム畑はまた後日来ることにしよう。



「そうだな、せっかくここまで来たんだしちょっと見ていくか」



「ん」



 と、魔王は短い返事を一つ、その場を立ち上がった。もう少し休みたいという俺とは反対に、早く行きたいという表情を浮かべた魔王が俺を見下ろす。丘を駆け抜けるそよ風が気持ちいいが、どうやら魔王は俺にそれを感じさせる時間は与えてくれなさそうだ。


 魔王の機嫌を損なわないうちに俺も立ち上がり、二人で陵丘を下っていく。途中、スライム畑に続く道があったが、魔王は見向きもすることなく湖の方へと足を進めた。




 スライム畑よりも西というのは要は何もない場所で、どうやら魔物もあまり来ないらしい。そのせいか湖に続く道はなく、生い茂った森の中を歩いていく。

 と言っても、木の葉から差し込む光は淡く、風が草木を揺らす音は丘とはまた違った心地良さだ。



「なあ魔王、魔王なら魔王城のみんなで山の上に出かけるとしたら、どうやって行きたいとかあるか?」



「んー?」



 おもむろに、隣を歩く魔王に尋ねてみた。



「ライラなら魔法でみんなを連れていくのだ」



「そうか……」



 確かに1回や2回ならそれでもいいかもしれないが、町として機能するなら毎日何回も人やモノを運ばないといけないだろう。そう考えると魔法での移動と言うのはあまりにも非効率すぎる。



「それかー」



 頭をひねる俺の隣で、魔王が思い立ったように口を開いた。



「ゲームみたいに、ライラも空飛ぶ船に乗ってみたいのだ」



 空飛ぶ船……か。


 湖があるなら船が利用できればと考えていたが、そうか、船を飛ばせればいいのか……。魔王の言葉に俺はその場で足を止めた。

 勿論、俺が世界中を旅していた時だって空飛ぶ船なんて見たこともないし、聞いたこともない。だが、可能性がないことはない。アイツに頼めばもしかしたら……。



「勇者勇者!これは何なのだー?」



 俯き考えていると、不意に少し離れたところから魔王の声がした。

 ひとまず考えるのを止めた俺は魔王の声のする方へと向かっていく。すると、数秒もしないうちにその異様な存在感が、俺の視線を一瞬にして釘付けにした。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます