第18話 死の大陸




 いまいち状況が理解できていない様子の魔王が俺に笑顔を向け、温かな視線を送る。まぁいきなり町を作るなんて言われたって、きっと俺でも魔王と同じような反応をするだろう。



「なあ魔王、この世界には魔物と仲良くしたいと思ってる人がたくさんいると思うんだ。勿論、俺もその内の一人だ。魔王だけじゃなくて色んな魔物と仲良くなりたいし、いろんな人に魔王を知って貰いたい。……でもそのせいで、俺は魔王やゴブリンを傷つけてしまった。今のままじゃどこに行ってもルポポと同じようなことが起こるかもしれない」



「そう……なのか」



 俺の言葉に、魔王は寂しそうな表情を浮かべた。



「そこでだ、仲良くなれる場所がないなら、俺たちで作ってしまえばいい」



 と格好良く言ってみるものの、当の魔王はやはり理解が追い付いていないのか沈黙を貫く。

 まぁ今までこういう難しい話はゴブリンと俺で決めて、魔王は参加するだけというのが今までのパターンだ。急に全部を理解しろと言うのに無理があることは俺だって分かってる。


 だが、これからも今まで通りというわけにはいかない。何かのアクシデントがあった時に、魔王の力を頼るときも来るだろう。もしかしたら、この魔王城の魔物たちを危険に脅かすことだってあるかもしれない。そんな時に、魔王が魔物たちを守れるように、魔王自身も何を目指して何をやっているのかを理解するべきだと思う。



「そういうことならライラも手伝うのだッ!」



 そんな難しいことを考えていると、不意に魔王の元気な声が俺の耳を打った。俺のあぐらに座る魔王に目をやると、そこにはさっきまでの寂しい表情からは一転し、まるで俺に難しい顔をするなと言いたそうに笑う魔王がいた。



「……」



 意表を突かれ、今度は俺の方が言葉を失くす。が、魔王の輝きに満ちた眼は、そんな俺をすぐに現実へと引き戻していく。



「……これから、忙しくなるぞ」



「任せるのだッ!」



 自信満々に魔王が言葉を返した。


 無ければ造る。魔法の概念を参考にしただけの何とも安直な計画だ。当然、段取りを考えている訳でもないし、町作りの経験があるわけでもない。こんな思いつきだけの計画なんて、もしかしたらルポポの時と同じように失敗を繰り返すかもしれない。

 それでも、やっぱり俺はこの世界を変えるために何かがしたい。魔法使いや戦士のような立派な事じゃなくてもいい、目の前にいる魔王が笑ってくれるなら、俺は全力でその笑顔を守ろう。



「勇者勇者、それでその町はどこに作るのだ?」



「それはだな……」



 町を作ること自体、思い立ったのは数時間前だ。当然どこに作るか、どうやって作るかなんて決まっているはずがない。が、キラキラと目を輝かせる魔王に『まだ決めてない』なんて言える訳もなく、勿体ぶるような素振りを見せつつ大至急思考を巡らす。

 ただ、町をどこに作るかによって今後やるべきことは変わってくるわけで、こればかりは安直に決める訳にもいかない。ゴブリンがいれば相談できたんだが……。



「魔王、世界地図とかはあるか?」



「探してくるのだッ!!!」



 魔王は飛び跳ねるように起き上がり、瞬く間に部屋を出て行った。

 旅をして十数年、当然のことながら世界地図なんてものは俺の頭の中に鮮明に記憶されている。ただ考える時間を稼ぐためにダメ元で言ってみたが、案外時間が稼げそうで何よりだ。


 さて、問題は町をどこに作るかだが……。

 大陸に作れば物資の運搬や住民集めは幾分楽になるだろう。が、陸続きな分、いきなり魔物の町なんかを作ったら、それこそ力のある王国に責められてしまう可能性もある。


 となるとどこかの無人島にでも作るか?

 島だから水は海からいくらでも取れるとして、やっぱり木や岩みたいな最低限の資源は島内で調達したい。そう考えると、小さな島じゃ厳しそうだ。


 自然資源が豊富で、魔物が出入りしやすく、かつ王国や帝都軍に攻め入られにくい場所……。冷静に考えて、そんな場所があるなら既にどこかの王国の領土になってしまっているだろう。



「ゆうううううしゃああああああああ」



 一人考える俺の耳に幼い叫び声が響く。そしてその声から数秒もたたないうちに、グシャグシャの紙を握り締めた魔王が勢いよく部屋へと突入してきた。



「早かったな……。それで、世界地図はあったのか?」



「無かったのだ」



 魔王が答えた。

 本来ならば最終ダンジョンである魔王城。今までのダンジョンとは比較できないくらいに階層も多く、しかも道案内がないと迷ってしまうくらいに一層一層が複雑になっている。いくら魔王がこの魔王城の主だとしても、たかだか数分程度でこの魔王城を捜索するのはどう考えても不可能だ。



「そ、そうか……。まぁ世界地図がないとどうしようも――」



「でもこっちの方が見やすいと思って持ってきたのだ」



 そう言って魔王は握り締めていた紙を広げ始めた。



「これは……タルタロスの地図か」



 人間が決して辿り着けない場所、仮に辿り着けたとしても帰って来れない場所、そんな意味を込めてつけられた死の大陸『タルタロス』。

 だが、実際は大きな城が一つ立っているだけで、周りは自然に溢れた平和な大陸だ。しかもそこに住んでいるのは人間に対して社交的な魔物と、それをまとめる幼い魔王様。


 いっそのこと、タルタロスに町を作るか……?


 魔王の目を見て、そんな考えが頭をよぎった。

 人間に開拓されていない分、自然資源は間違いなく豊富にある。魔物達だってタルタロスなら移動もしやすいだろう。ただ問題一つ、タルタロスが絶壁で隔離された大陸であるということだ。


 絶壁の高さは海面から数十メートルは裕に越し、これがあるせいで俺は神鳥ニケを仲間にするまでタルタロスに足を踏み入れることができなかった。

 良いように考えれば、絶壁のおかげで王国や帝国軍に攻め入られる心配はないということ。だが逆に、船での出入りが不可能な分、ほかの国とこのタルタロスを繋ぐ手段がない……。


 まだかまだかと俺を待つ魔王を横目に、タルタロスの地図とにらめっこを続ける。



「ライラはこの辺りがいいのだ」



 そう言って魔王がタルタロス西部あたりに指を伸ばした。



「そこはスライム畑があって、色々美味しいものが食べられるのだ」



「そ、そうか……。まぁ食べ物は大事だからなあ」



 そう言って魔王の指差す地点に視線を移す。

 タルタロス西部……何か思い出があったような――!?


 覗き込むようにして俺を見つめる魔王の無邪気な顔が映る。と同時に、俺の頭に刺激が走った。

 あるじゃないか、船が泊まれる場所が。



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