第17話 Re Start




 荒れた大地にそびえ立つ、禍々しいオーラを纏った城の前で大きく深呼吸をする。たった数日見ないだけでこの一年間が夢だったかのように、まるで初めて魔王城を見た時のようなそんな感覚だ。

 もしかしたら、魔物と戦うことになるんじゃないだろうか……。そんな考えが脳裏によぎってしまう。



「ふぅ」



 と心意気を一つ。弱気な自分の胸を強く叩いた。

 今一番辛いのはきっと魔王だ。俺までそんな顔をしていたら、魔王だって余計気持ちが沈んでしまう。笑顔で、今まで通りに行こう。


 魔王城の門を開き、暗い城内へと入る。

 二手に分かれたT字路には『←食堂はこちら』と人間の言葉で書かれた案内板が埃をかぶりながらぶら下がっていた。俺が迷わないようにとゴブリンが立ててくれんだよな、と今まで気にも留めなかったようなことが何故か目についてしまう。


 そんな案内板を見ながら、魔王の部屋に向かって通路を歩く。途中に見えた食堂に魔物の姿は一切なく、お菓子作りをしているときの甘い香りもしなかった。

 あるのはテーブルの上に置かれた、萎れた花が刺さった花瓶だけ。きっとゴブリンがいなくなってから、この食堂を使う魔物もいなくなってしまったのだろう。



「魔王、入っていいか」



 魔王の部屋の前に立ち、部屋の中へと声をかけた。が、返事はない。



「魔王、入るぞ」



 そう言ってドアに手を掛け、ギィと軋むドアを開く。暗い部屋に差し込む一筋の光、それでも魔王からの返事は無かった。



「魔王?」



 と、異様な静けさに思わず声を大きくしたが、部屋の中の光景をみてその声をすぐに殺す。そしてコントローラーを握ったまま気持ちよさそうに眠る魔王の横に静かに腰を下ろした。


 暗い魔王の部屋。唯一魔王の部屋を照らす画面の中では、勇者が一人街の中で佇んでいた。確かこのゲーム、この前に魔王がクリアしたばかりのゲームのはずだ。レベルが下がっているところを見るに、魔王がまた一からやり直したのだろう。


 眠る魔王に視線を戻し、起こさないようにその金色の髪を優しく撫でる。赤く染まった血の跡もなく、いつも通りのサラサラな髪だ。



「ん。ゴブリン……?」



「すまん、おこしちゃったか」



「勇……者?」



 魔王は眠たそうな目をゴシゴシと擦る。そしてゆっくりと身体を起こし、少し寝ぼけた表情で俺の顔をジッと見つめた。



「久しぶりなのだ」



「久しぶりだな魔王……。元気だったか?」



「んー」



 と、魔王は気の抜けた返事をして身体を伸ばすと、そのまま魔王はゲームの電源を消した。



「いいのか?」



「勇者が来てくれたからもういいのだ」



 そう言った魔王はそのまま立ち上がった。そして大きな欠伸をしながら口早に呪文を唱え、部屋の中にある蝋燭に明かりを灯す。と同時に、荒れた魔王の部屋がその光とともに姿を現した。


 クッキーの欠片が散らばったままのお皿に脱ぎかけの洋服の山。ベッドにあるはずの布団はゲームをするためか、絨毯の上にグチャグチャに敷かれていた。

 きっと魔王はあの日からずっと、一人でこの部屋にいたのだろう。一人でずっと、たいして面白くもないゲームをして誰かを待っていたのだろう。



「魔お――」



 謝ろうと思っていた俺に対し、まるでその言葉を遮るように魔王はドカッと勢いよく俺のあぐらの中へ腰を下ろした。



「……」



「……」



 ほんの少しずつ減っていく蝋燭の芯がわずかに音を立てる。俺から声をかけることはなく、かといって魔王が口を開くこともない。そんな沈黙状態のまま、俺と魔王はユラユラと揺れる蝋燭の炎を見つめた。



「勇者勇者」



 魔王は炎を眺めたまま、とても落ち着いた声で俺を呼ぶ。そんな魔王の無邪気な口調に、数分ほど続いた沈黙はいとも簡単に破れた。



「どうした?」



「暇……なのだ」



 想像とは正反対の魔王の言葉に一瞬呆気にとられた。


 ゴブリンが死んでしまったこと。魔王を傷つけてしまったこと。俺はそれをどうやって謝ろうかとずっと悩んでいた。だが、当の魔王はまるでそんなこと気にしていないというような様子だ。

 勿論、それは魔王が俺を気遣ってくれているだけなのかもしれない。それでも、魔王がそう接してくれるのなら、魔王が気を使わなくてもいいような、今まで通りの俺で行こう。



「なぁ魔王」



「んー?」



 魔王が呆けた返事と共に俺へと視線を向ける。



「人間はもう嫌いか?」



「そんなことはないのだッ!この前はうまくいかなかったが、今度こそライラは人間と友達になるのだッ」



 ジッと俺を見つめる魔王の瞳はまるで俺の心を吸い込んでいきそうなほどに黒い。が、その奥にある光、それは俺もよく知っている希望に満ちた光だ。もし魔王が俺を信じてくれるのなら、やっぱり俺は魔王の力になりたい。



「それを聞いて安心したよ」



 俺の言葉に魔王は首をかしげた。



「なぁ魔王、俺と一緒に街を作らないか?」



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