第16話 鈍感




 痛い……。


 真っ赤に晴れた頬をさすりながら、魔法使いと共に賑やかなマギアルギナの市場を歩いていく。魔法使いはと言うと、『お前が悪い!』と言わんばかりのツンとした様子で、悪気を感じている様子は全くなさそうだ。



「って言うか、いつまで宿屋暮らししてるのよ?もう世界を旅するわけでもないんだから、家くらい買って新しいことでも始めればいいじゃない」



 俺の前を歩いていた魔法使いが歩くペースを落とし、俺に視線を向けた。



「いやー、実は魔王との戦いのときにお金を全部使っちゃって……今はほとんど無一文なんだ」



「かといって今更魔物を倒すって訳にはいかないってワケ?はぁ……ホントあんたってどうしようもないわね」



 口にはしないが、きっと俺のことを馬鹿だと思っているのだろう。会話をするにつれ、魔法使いの俺に対する口調が徐々に呆れ交じりに変わっていく。


 かつては一緒に旅をしていた仲間だったが、魔法使いも今やマジカルアカデミアの学長だ。魔王討伐という名目をぶら下げただけの勇者とは比べ物にならないくらい、間違いなく世界をいい方向へ導いている。


 勿論俺だって、魔法使いの言うように別のことに挑戦してみようと思ったことは何度だってある。

 だが、ルポポでの一件で分かったように、やはり『魔王』という存在はこの世界で唯一の共通した悪だ。だからこそ、世界中の人たちは皆、俺が魔王を倒す日を待ち望んでいる。家を買って新しいことを始めるにしたって、この世界の人は許してくれない。きっと俺はこの世界にとって、魔王を倒す『勇者』以外の何物でもないのだろう。


 もしかしたら、そんな俺を友達のように扱ってくれる魔王が、魔王城が居心地よかったのかもしれない……。



「なあ魔法使い、一つ頼みがあるんだけど」



「なによ」



 俺の様子から碌なことではないと察したのだろう。魔法使いが怪訝な顔をする。



「どこか住める場所をかしてくれないか?少しの間でいい、ちょっと一人で考えたいんだ。これからどうするか……とか」



「……」



「いや、自分でもまともな頼み事ではないことくらい分かってる。でも、今はどうしようもなくて……その……」



「別にいいわよ」



「い、いいのか!?」



「勿論」



 魔法使いを説得しようと言葉を必死に探す一方で、意外にも二つ返事で頼みを引き受けた魔法使いに思わず声が裏返る。魔法使いの性格からして、『自分で何とかしろ』なんて言われると予想してたんだが……。


 魔法使いは歩くのを止め、俺と向き合うように振り返った。そして戸惑う俺に対し、優しく微笑みかけた。



「なんたってアンタはお客様だもの」



「お客様って、10年も一緒に冒険した仲間――」



「お客様よ」



 俺の言葉を遮るように、魔法使いが静かに言い放った。



「アンタみたいな約束も守れない、子供一人すら守れない勇者なんて、私の知り合いにはいないもの」



「……悪いな」



「別に」



 ジッと数秒ほど俺を睨んだかと思うと、魔法使いは踵を返した。そして俺に背中を向けてまた歩き出した。



「慣れてるから……」



 賑やかな声が飛び交う街で、ポツリと小さな声がした。

 俺はその声の持ち主の、その小さな背中を見つめることしかできなかった。






 *   *   *   *   *






 十数分ほど歩き、マギアルギナの大陸を二つに割るように流れる河へと出た。青かった空もそろそろ夕日が橙色に照らそうしており、大通りほどの賑やかさはないものの、雄大に流れる水の音がまた違った世界を奏でているようだ。

 魔法使いは顔だけを河の方に向け、水の流れに沿ってゆっくりと歩き、その隣を俺が歩く。会話はない。きついことを言った手前、魔法使いからは話しかけにくいのだろう。



「懐かしいな。俺と魔法使いが出会った場所だ」



「覚えてたんだ」



 静かな声と共に魔法使いが俺の方に視線を向けた。上目遣い気味に俺を見つめる魔法使いの視線は定まっていなくて、やっぱり俺と喋るのが気まずそうな様子だ。



「あれからもう、10年か」



 独り言のように、魔法使いは空に言葉を吐いた。



「だな」



 それだけ言葉を交わすと、魔法使いはまた口を噤んで歩き出した。かと思うと、バチンッと何かを叩くような音が唐突に聞こえた。隣を歩く魔法使いの方を見ると、両手を頬に当てたまま『いった~い……』と顔をしかめる魔法使いがいた。



「ま……魔法使い……?」



「はい、辛気臭いの終わり!なんかこんなセンチメンタルな雰囲気ってアタシには合わないなーって」



 そう言って魔法使いが笑う。その顔は無理に作っているような笑いではなくて、その笑顔を見た俺までもなんだか少し嬉しくなってくる。



「それよりも、家ってこの辺でも大丈夫?」



 魔法使いが尋ねる。



「え、まぁ……。でもこの辺りに住む場所なんて……」



 魔法使いにそう答えて辺りを見回す。が、広場のような空き地があるだけで、人が住めるような建物があるようには見えない。



「ほんとアンタってば何もわかってないわね。家が無ければ、造ればいいだけよ」



 魔法使いは少し自慢げにそう言うと、素早く詠唱をはじめ手に持った杖を振った。と同時に、目の前の空き地がキラキラと輝きだし、その輝きの隙間から立派な2階建ての家が姿を見せる。



「はぁ~、便利なもんだな」



「まぁ大体のものは魔法で造れるから。マギアルギナだって魔法で造った都市みたいなもんだし」



 魔法使いが自慢げに言葉を紡ぐ。



「魔法で造った……都市?」



「……?」



 その場に立ち続ける俺に違和感を覚えたのか、魔法使いが首を傾げた。



「そうか、無ければつくればいいのか」



「どうしたのよ」



「悪い、やっぱりこの家は必要なさそうだ」



「え?え?ちょっ……勇者!?」



 全く状況が呑み込めていない魔法使いが俺と家を交互に見る。



「せっかく作ってくれたのに……悪いな魔法使い」



 魔法使いに視線を向ける。相変わらずキョトンとした表情を浮かべているが、俺の顔を見た魔法使いは何かを理解したのか、小さく息を吐いた。



「そっか、もう行っちゃうんだ」



 魔法使いが呆れ交じりの表情を浮かべる。

 が、その顔は俺を馬鹿にしたようでも、怒っているようでもなく、どこか嬉しさが混じったように思える柔らかい表情だ。



「なによ……結局遊びに来ただけじゃない。ったく、また何かあったら来なさいよ」



「ああ、ありがとな魔法使い。身体壊すなよ」



「アンタもね」



 小さく手を振る魔法使いの頬は夕焼けのせいか紅く染まっていた。

 魔法使いが言葉を言い終わると同時に転移魔法が発動する。行先は勿論、魔王城だ。



「久しぶりに会えたと思ったら魔王魔王って……。ちょっとくらいアタシのことも見なさいよ、バカ勇者」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます