第15話 魔法使い




 ルポポ城での一悶着があって5日ほどが過ぎた。東の小さな城だったおかげか、俺が魔王を連れて行ったことも、ルポポ王に刃を向けたことも近隣諸国には広がっていないらしい。


 とは言え、その噂が世界中に広まるのも時間の問題だろう。今まで色々な宿屋を渡り歩いてきたが、いつ帝都軍に捕まるか分からない以上これまで通り過ごすという訳にはいかない。

 魔王のことも心配じゃない訳ではないが、俺がもう少し冷静ならゴブリンだって死ぬことはなかった。今さら魔王にどんな顔をして会いに行けばいいのか、なんて説明すればいいのか言の葉一枚も思いつかない状況だ。


 当然、魔王城に逃げ込むなんてできる訳がない。



「で、アタシのとこに来たってワケ?」



 ルポポ城とは見違えるくらいに立派で、宮殿と言われても違和感はない。その建物の一番高い場所にあるこれまた立派な椅子に座った女性が頬杖をついて、いかにも不機嫌そうな表情で俺を見下す。



「まぁ……行く当てがなくて」



「大体の経緯は分かったわ。あんなに魔王討伐を口走ってたアンタが、まさか魔王と一緒にいたなんてね」



 トントンと、女性は手に持っていた書類の束を机に打ち付けた。



「それで、どれくらいその魔王と一緒にいたのかしら?」



 ウフフと言わんばかりの笑顔で、女性が俺を見つめる。



「えっと……大体1ね――」



「へえぇぇぇ、1年も。私のところにパッタリ来なくなったと思ったら、その可愛い可愛い魔王様と一緒にいたってワケねぇ」



 ねっとりとした口調とは裏腹に、威圧的な棘のある口調が俺を突き刺す。笑顔の中に隠れた笑ってない瞳が少しばかり怖い。

 昔から機嫌が悪くなるとこういう喋り方になるが、もしかして怒ってる……のか?



「で、どうしてよりによって私のとこなのかしら?理由を知ってる戦士のところに行けばきっと魔王と一緒に――」



「いや、戦士は結婚してるし……」



「あ゛!?」



 どす黒い声と同時に、椅子に座っていたはずの女性が姿を消した。が、すぐに身も毛がよだつような殺気に思わず目を背ける。その間コンマ数秒。だがその一瞬に、人間の皮を被った悪魔が俺の目の前に降臨してしまったのを俺の目は見逃さなかった。



「だ・れ・の・せいで独り身だと思ってんのよ、こんの馬鹿勇者!!!」



「いふぁい……いふぁいってまふぉーふはい」



 女性が俺の頬をつねる。そこに加減という概念は一切なく、ロクに喋ることも許されず、ジンジンとした地味な痛みが俺を襲う。

 会うのは1年ぶりだが、こんなやり取りをするのは何年ぶりだろうか……。魔導士の象徴ともいえる三角帽子を被り、そこから気持ち程度に姿を現す紅い癖毛。膝下まで伸びるローブは相変わらずだなぁと考えていると、ムッとした顔の女性と目が合った。



「ったく、久しぶりに顔見せに来たと思ったら……」



 目が合った直後にハァっと呆れ交じりの溜め息を一つ。俺の頬から手を放した彼女は俺のもとから一歩下がり、目元あたりまで伸びた前髪を捩るように触った。




 ここマギアルギナは魔導士育成のために造られた機関『マジカルアカデミア』を中心に、街の全ての機能を魔法で補う浮遊魔法都市だ。魔術の初心者から魔術を極めたい者まで、世界中の魔導士が集まってくる。

 その人数もさながら、魔法を使い空中に建物を浮かすことでその土地は無限に広がっていく。水は真下の海から魔法によって調達し、必要なものは全てマギアルギナで生産する。魔力の持たないものはこの大地を踏むことすらできない、地上とは全く別世界の国だ。


 そして、マジカルアカデミアの最上階にあるこの学長室は、そんなこの国を一望することができる。今この瞬間も、マジカルアカデミアでは魔道候補生が、都市郊外では熟練者たちが魔法の鍛錬を行っており、その光景は地上では想像もできない程賑やかで、何時間見ていても飽きることはない。

 だが、この光景を見るということは、同時にマギアルギナの全てを管理し守る義務があるということ。それ故、アカデミア学長は指導力は勿論、実力と人間性を兼ね揃えた優れた魔導士でなければならない。そしてその現アカデミア学長というのが、俺とともに魔王討伐を志し、長年一緒に旅をしてきた魔法使いという訳だ。



「ホント、あんたって相変わらずね。昔っから優柔不断で、自分に自信がなくて、これと言った特徴もない。とても勇者とは思えないわ」



「まぁ昔はな」



「いや、今もそうだから言ってんだけど……」



 魔法使いが呆れた視線を俺に送った。



「そう言う魔法使いは結構変わったな。髪も伸びたし、背も少し伸びたか?」



「あ……当たり前じゃない、もう大人なんだから」



 当然!と言わんばかりに魔法使いが俺を睨んだ。

 少しだけ膨らむ頬とキッとしかまる眉毛、起こった時の表情は一緒に冒険していた時と何一つ変わらない。見た目は変わっても、やっぱり魔法使いは魔法使いだ。



「……」



「……?」



 魔法使いの無言の視線に対し、俺も無言で微笑んだ。



「暇……なのね?」



「まぁ……」



「じゃあせっかく来たんだし、ちょっと散歩につき合いなさいよ。アタシもここに籠ってばっかりで身体がこっちゃって」



 そう言って魔法使いは『んッ』と艶めかしい声を漏らしながら、大げさに背中を伸ばした。その姿はこれ以上ないくらいあからさまだったが、きっと俺を気遣ってくれた魔法使いなりの態度なのだろう。

 が、少し見ないうちに随分と大人っぽくなったせいか、魔法使いの良心よりも視線が魔法使いの胸へと移ってしまう。



「ちょっと勇者ぁ?」



 ニーッコリと魔法使いが俺に微笑んだ。

 その声はあまりにも甘く、その声に続くようにパァンと乾いた音が部屋に響いた。



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