第14話 おやすみ




 最初に魔王が悪と言ったのは誰なのだろう。




『悪は悪であるが正義でもある。逆もまた然り。勇者よ、そなたは自分の目でそれを決断しなければならないだろう』と。

 もう何年も前、北の孤島に住んでいた賢者に聞いた言葉だ。


 当時の俺はその言葉の意味が全く分からなかった。魔王と言う存在が俺にとっては悪以外の何物でもなかったからだ。

 だが、魔王と出会ってその言葉の意味がほんの少しだけわかったような気がしていた。




 何度も言うが、ライラは魔王だ。

 見た目は子供でも、やはりその力は絶大である。最強装備に身を包んでも何十回と負けるレベルに強いことはこの俺が身を持って体験している。


 まぁだからと言って、完全に勝機がないわけではない。

 勿論、正々堂々戦って勝てる可能性は皆無だが、ゲームしているところを後ろから殺ってしまえばいくら魔王でも一溜まりもないだろう。


 そしてそのチャンスはこの一年、何度もあった。

 だが、俺にはそれができなかった。


 別にそれが卑怯だとか、勇者だから正々堂々戦わなければならないとか、そんな堅苦しい理由ではない。ただ純粋に、魔王を倒したいという勇者の心が俺から消え失せてしまったのだ。



「……勇者」



 目の前の魔王が少しだけ視線をずらし、小さく呟く。



「勇者は……ライラのことが好きか?」



 魔王の予想外な質問に思わず言葉が詰まる。


 嫌いかと聞かれたら、そんなことはないとすぐに否定できる。

 だが、いきなり女の子に好きかと聞かれたら、戦うことしか経験のない俺にはなんて答えれば正解なのか分からない。



「ライラは……」



 少し俯き、悲しそうな声で魔王が言葉を続けた。



「ライラは勇者のことが好きなのだ。勇者だけじゃない、人間が大好きだッ。人間のご飯は美味しいし、人間の作るものはみんな面白いし」



「魔王……」



 少しだけ息遣いが荒くなる魔王をただ見つめる。

 それくらいしか、今の俺にはできないから。



「ライラは今まで一度だって人間を傷つけようと思ったことはないのだ。ライラの家を、魔物みんなの住処を守ってただけなのに……」



「知ってる」



 言葉が詰まる魔王に、意外にも俺の魔王への思いがひとりでに言葉を紡ぐ。


「何度も魔王を倒しに来た俺を一度だって殺そうとしなかったのも、魔王が人間のこと好きなことも、俺は知ってるぞ」



「うん……うん……」



 魔王は小さく囁きながら、手を完全に隠すほどの長い袖で自分の顔をくしゃっと拭った。そしてそのまま、魔王は気を失うように眠りについた。


 初めて抱きかかえた魔王は軽くて、力を籠めたらクシャっと潰れてしまうんじゃないかと心配になるほど華奢な身体だった。悪と呼ばれるにも、傷つけられるにも、魔王はまだ幼すぎた。






 最初に魔王を悪といったのは誰なのだろうか。


 もしかしたらそれは何千、何万年も前の、ライラとは違う魔王に対して言われた言葉なのかもしれない。その言葉がいつしか、人間が正義で魔王が悪という絶対的な思い込みを植え付けてしまったのかもしれない。


 だが、その言葉が今こうやって、何の罪もない魔王を傷つけたのは確かだ。そしてその言葉はきっと、これからも魔王に降り続いていく。

 そんなこの世界で、俺は魔王に何がしてあげられるのだろう。


 魔王をベッドに置き、魔王が起きないように汚れた頭を優しく撫でた。



「お休み、魔王……」



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