第13話 帰ろう……




「魔王は……」



『敵だ』と言ってしまえば俺は助かるだろう。その一言を言うだけで、きっとルポポは俺がよく知っている町に戻ってくれる。今まで通りの、世界中の人々に愛される勇者様だ。


 だが、魔王とゴブリンはどうなる……。せっかく仲良くなれたのに、こんな終わり方でいいのだろうか?

 本当は魔王にもっと色々なものを見せてやりたい。魔王だけじゃない、ゴブリンとも一緒に出掛けて、美味しいものを食べて、もっと人間のことを知ってほしかっただけなのに。


 なのに……俺が連れ出したせいで……。



「ゆう……しゃ……」



「魔王ッ!?」



 不意に魔王の声がした。が、俺が魔王を呼んでも、その目が開くことはない。

 口もほとんど動かない様子で、それでも苦しそうに呼吸をしながら、ゆっくりと魔王がその口を動かす。



「ライラ……勇者との約束……ちゃんと守れたかな……?」



 魔王がほんの微かに笑った。


 魔王は強い。俺が決して敵うことのなかった強さだ。その魔王がどうして今、俺の目の前でこんなにもボロボロになっているのだろうか。それは間違いなく、俺との約束を守ってくれたからだろう。


 魔法は使うな。人間を傷つけるな。

 俺が魔王城を出るときに口にした約束を、魔王はどれだけ傷つけられても守ってくれた。そんな魔王を目の前にして、一瞬でも自分が助かる道を想像した俺は友達として失格だな……。


 だが、おかげで目が覚めた。



「魔王は」



 俺は小さな声で呟いた。きっとその声はルポポ王にも、魔王にすらも届いてないだろう。だが、それじゃダメだ。これは自分に言い聞かせるための言葉じゃない……。どれだけ攻撃されても俺との約束を守ってくれた魔王のために言わなくちゃいけない言葉だ。



「ルポポ王、よく聞け」



「ぬ……」



 普段とは違う言葉遣いに、ルポポ王が警戒態勢をとる。



「魔王は敵なんかじゃない……。魔王は……俺の友達だ!」



「……ならば仕方ない」



 そう言ったルポポ王は黒い武器の矛先を俺から魔王へと向けた。

 悪いな魔王……。せっかく約束を守ってくれたのに、どうやら俺は守れそうにないみたいだ。

 だが、俺ももう流石に限界だ。魔王がここで殺されるくらいなら、勇者なんて肩書は喜んで捨ててやる。



「ルポポ王!」



 俺を縛っていた縄を引きちぎり、瞬時に背中に背負っていた剣に手をかける。剣を抜くのは最後に魔王と戦って以来、もう1年にもなる。それでも、10年以上勇者をやっていたおかげか、まるで昨日まで剣を振っていたかのように自然と身体が動いた。


 剣を抜いて間を詰める俺に、ルポポ王が武器の矛先を再度俺へと向ける。

 が、コンマ数秒遅れたルポポ王の動きはまるで遅く、大きく目を見開いたルポポ王の顔をめがけて俺は剣を振り下ろした。


 魔王を倒すためだけに磨き上げてきた剣術。その切っ先を人間に向けるのはこれが初めてかもしれない。若干の震えはあるが、この剣で大切な人を守れるなら、勇者としてこれほど嬉しいことはない。






 なのに……。




 なのに、どうして……お前がそこにいるんだ、ゴブリン……。


 俺の振り下ろした剣がその猛々しい身体を滑らかに抉る。肉を切り、骨を断つ感触が県から俺の腕に伝わり、同時に広がる目の前の光景に俺は言葉を失った。

 鮮やかな血飛沫はまるで人間のようで、俺の顔に返り血を浴びせた。



「ゴブ――」



 ガランと、落ちた剣が音を立てた。



「勇者さん……」



 普段の姿からは想像もできないほどに、苦しそうな声でゴブリンが呟く。



「勇者さんのおかげで、自分、この1年メチャクチャ楽しかったッス」



「いいから喋るな……。すぐに魔王城に――」



「勇者さん」



 俺の言葉を遮るようにゴブリンは静かに声を発した。

 その氷上は柔らかくどこか満ち足りたようで、最後の言葉になることを理解しているようだった。



「ライラ様を……任せるッス」



 そう言い終えたゴブリンの身体はガラスのように砕け散った。パリンと淡い音が空に響き渡り、ゴブリンの欠片が俺の視界から消えていく。

 その光景は今まで何度も目にしてきた。そしてそれがどういう意味なのかも、俺はよく知っていた。



「ゴブ……リン?」



 さっきまでここにいた。

 間違いなくいたはずなのに、それがまるで嘘みたいに……いとも簡単に消えてしまった。



「ゴブリンッ」



 俺の声が空に吸い込まれていく。そしてその声に反応するように黒い空から落ちてきた雫が、俺の頬についた赤い血を流していく。



「天のツキはワシにあるようじゃな、勇者よ」



 ――!?

 俺の視界の端で、ルポポ王が黒い何かを倒れたままの魔王へと向けた。




 この世界は残酷だ。ゴブリンが死んだっていうのに、別れを惜しむ時間もゴブリンのために涙を流す時間すら与えられない。俺が剣を掴むための一秒だって、待ってくれはしなかった。




 ……間に合わない。


 長年戦い続けたことによって研ぎ澄まされた直感がそう告げる。



「これで終わりじゃ、魔王ライラ」



 狙いを定めたルポポ王が武器の引き金に指をかける。そんな光景を、ルポポの民は静かに見つめていた。ルポポ王を止めようとする人も、魔王を守ろうと動く人も誰一人いない。誰か……と言う俺の期待は声にもならず消えていく。

 数秒、ほんの数秒でいいから……と願う俺を嘲笑うかのように、ルポポ王はその指をゆっくりと引いた。



「まお――」



 カチャン

 と何とも拍子抜けた音が響く。



「くっ……こんな時に弾切れとは……」



 ルポポ王が顔を歪める。そして手に持っていた武器を激しく地面に叩きつけた。


 何が起きた?

 状況が全く読み込めないが、どうやらルポポ王の攻撃が魔王に当たらなかったことは確かだ。



「ええい皆の者、かかれ!」



 ルポポ王の号令に、周りに待機していた兵士たちが一斉に魔王へと押し寄せる。その間、たった3秒。

 だが、3秒もあれば十分だ。


 ありがとう……神様……。



「魔王、立てるか?」



「ゆう……しゃ……?」



 兵士が動き出そうとしたところで、地面に転がった魔王を抱え上げる。聞いてみたはいいが、到底立ち上がれなさそうな重傷なのは一目で分かる。



「帰ろう魔王」



 俺の言葉に魔王は小さく頷いた。



「帰ろう……魔王城に」



「……んっ」



 俺にしか聞こえないくらいに発したその声は『魔王』と言う強大な存在とはとはかけ離れていた。

 ギュッと噛みしめた唇。目尻いっぱいに溜まった大粒の涙が、魔王の頬を伝って落ちた。



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