第12話 敵か味方か




「魔王……魔王か……」



 ルポポ王がフンッと鼻で笑い、俺を睨む。



「勇者よ、その言葉は本気で言っておるのか?」



「紛れもない、友を按ずる言葉でございます。お答え頂きたい」



「そうか……。勇者がそこまで言うのなら仕方がない」



 強張った顔。優しいはずなのに、どこか少し棘のある口調。

 はっきりとは分からない。が、ルポポ王のその様子に空気が変わったのは間違いないだろう。



「勇者よ、これを見たことはあるかね?」



 ルポポ王は椅子に座ったまま、懐から黒い何かを取り出した。それはギラリと不気味に光を反射し、まるで子供のおもちゃのように小さい。形状はブーメランに似てはいるが、それにしては厚すぎるか……



「ほっほっほ、やはり旅しかしてこなかった勇者には新たな世界の幕開けなど知りもせぬか。勇者よ、これが何なのか、すぐに分からせてやろう」



 俺の困惑した様子にルポポ王は高らかと笑い、その黒い何かの先を俺に突きつける。


 武器か、それとも全く違う何かなのかは分からない。

 ただ、ルポポ王と俺の距離はおよそ十数メートル。仮にルポポ王の持つ黒い何かが武器だったとしても、それを躱せないほど俺は弱くない。



「残念じゃ勇者よ。また後程会おう」



 ルポポ王の指が微かに動く。と同時に、『パァン』風船が割れるような、軽い鮮やかな音が鼓膜を震わせた。




 一瞬にして静まり返る残響。黒い何かから立ち上るゆらりとした煙。瞳に映ったままのルポポ王はさっきと同じ格好で笑っている。






 痛……い?




 それすらも分からない。

 でも微かに胸に感じるこの感触。それは俺が魔王と親しくなってからずっと忘れていたモノだ。


 俺はいつ攻撃された?

 攻撃なんて見えなかった。いや、本当に攻撃されたのか?あのルポポ王が目にも止まらない速さで俺に攻撃できるわけがない……。


 攻撃じゃないとしたら魔法か?

 いや、ルポポ王は俺と話していたはず。詠唱なんてする暇はなかった。




 ああ、ダメだ。意識が――。






    *   *   *   *   *






「――さん」



 ……。



「勇者さん」



 ……ゴブリンの声。

 ここはどこだ?



「良かった。目覚めたんスね」



「ゴブリン……魔王は……?」



 縄で縛られたゴブリンに尋ねる。が、ゴブリンは首を横に振るだけで、魔王の姿はどこにも見えない。


 曇天の空。少しだけ肌寒い。

 俺とゴブリンの周りにいるのはみんな見覚えのある顔ぶれだ。何年経ったって忘れない、俺の家族のような人たちだ。その人たちが今、縄で縛られた俺たちを前に険しい顔をしているということは、つまり俺の想像通りの結末ということだ。まるで化け物を見るような、濁った表情が胸に刺さる。



「目が覚めた。王様を」



 俺の前に座っていた謎の人が声を発した。相変わらずローブで顔が隠れているが、どうやら女の様だ。だが、抑揚のない、まるでロボットのような声だった。


 謎の女性は対して俺に興味はなさそうで、すっとその場から立ち去っていく。その後ろにあった人だかりの中にマーレの顔は、相変わらずの表情だ。



「ようやくお目覚めかね」



「ルポポ王……これはいったい」



 未だはっきりとしない意識の中、目の前に立ったルポポ王を睨む。そんな俺にルポポ王は冷たい視線を突き返した。そして、どうだと言わんばかりにルポポ王から投げ捨てられたモノが俺の目の前をふわりと舞った。

 まるで使い古されたおもちゃのようなボロボロで、初めて見たそんな姿に俺は自分の目を疑った。



「ま……魔王ッ!」



 ドサッ……。と鈍い音を立て、魔王が地面に転がる。縛られてはいないものの、ピクリとも動く気配はない。



 赤い。

 お気に入りの服も、白い肌も、金色の髪も。汚れて、滲んで……。



「勇者よ。そなたの目の前にいるのは誰じゃ」



 ルポポ王が尋ねる。その声はひどく落ち着いていて、既にここに転がっている魔王が魔王じゃないような、そんな物言いだ。

 そんなルポポ王を俺はジッと睨み、そして改めてボロボロになった魔王へと視線を移す。



「魔王です」



「勇者よ、そなたの使命は魔王を倒すことではなかったのか!」



「それは……」



 ルポポ王の言葉に言葉が詰まる。

 俺が勇者と言う使命を背負っている以上、ルポポ王の言葉が何一つ間違いのないものだからだ。



「その通りかもしれません。しかしルポポ王、私は魔王と出会ってそれが間違ってい――」



「間違ってなどおらぬ!いつの世も魔王は悪なのじゃ」



 俺の言葉を遮るようにルポポ王が声を荒げた。



「ワシはそなたを実の息子のように育ててきた。ワシだけではない、ルポポの民みながそうであった。だから、今一度問おう」



 口調は怒っているものの、俺と目が合ったその顔に表情はなかった。ただ淡々と、ルポポ王が懐から黒い何かを取り出し、それを俺の顔に突きつけた。



「勇者よ。ここにいる魔王は敵か、それとも味方か」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます