第11話 裏切りの城




「あんまり……歓迎されてないんスかね」



 青空を見上げ、ゴブリンが呟いた。



「いや、まぁ……あんまりないことだからな。人間って慣れないことには結構敏感なところあるしさ」



「そうなんスね……」



 暖かな陽気が差し込む噴水広場の椅子に座り、ゴブリンと共に流れていく雲を眺める。

 まるで俺たちの心を写しているかのように、青い空にどんよりと雲が広がりつつあるようだ。




 東の大地は平和だ。塀や門番を設けている町なんてきっとないだろう。その中でもルポポ城周辺に関しては世界で一番平和と言っても過言ではない。魔物が襲ってくるどころか、人間を見かけると魔物の方から逃げていくくらいに強さ関係がはっきりしている。

 加えて、俺が子供の頃暮らしていたということもあって知り合いも少なくはない。ルポポ王も、マーレさんも、知っている人はまだまだたくさんいる。


 だからこそ、ここなら魔王の友達作りも必ずうまくいくと思っていた。




 だが、今思えば浅はかな考えだ。


 準備期間はたったの3日。しかも何の用意もせずルポポ王に話を通しただけ。魔王のことも、ゴブリンのこともほとんど説明なんてしていない。いくら俺がこの町の人を知っているからと言って、いきなり魔物を町に連れて来たら驚くに決まってる。

 それも一人は顔面凶器とも言えるゴブリン、方や世界の終焉を告げる魔王ときたもんだ。どこをどう考えてもうまくいくはずがない。そう考え始めると、まるで嫌悪感が自分を蝕んでいくように、ゴブリンたちに対する申し訳なさが募っていった。



「嫌な思いさせて悪かったな」



「なんで勇者さんが謝るんスか」



 空を見上げていたゴブリンが小さく笑った。



「それよりも自分はさっきの子に怖い思いをさせてないか心配で……」



 さっきの子……マーレの娘か。まぁ見た感じゴブリンを恐れていたという感じはしなかったし大丈夫だろう。



「大人だな、ゴブリンは……」



 不意にそんな言葉が口をついた。


 俺が自己嫌悪してるなか、ゴブリンは人間の心配をしている。『勇者』なんて、たいそうに呼ばれる俺とは大違いだ。きっと、人思いなゴブリンだからこそ言えた言葉なのだろう。




 ぽつりぽつりと、小さな雫が俺の服にシミを作る。町は依然静かで、人なんてどこにもいない。


 困ったなぁ……。魔王が仲良くならないと意味ないんだが……。『魔王とは話すな』なんて言われてたみたいだし、どうしたもんか。






 ……待てよ。


 そういえば、どうしてマーレの娘は『魔王と話すな』なんて言われてたんだ?ゴブリンはいいのか?

 でもマーレの反応的にはゴブリンも明らかに毛嫌いしていたように感じ――。


 いや……そもそも俺はゴブリンが来ることを言ったか?

 不意に数日前のルポポ王との会話がフラッシュバックする。


 確か俺は魔王を連れてくるとしか言っていないはず……。それも、ルポポ王にしか。

 あらかじめ魔王が来ることを知っていたならともかく、ルポポ王しか知らないはずなのになぜマーレの娘は『魔王と話すな』なんて言われてたんだ?


 勿論、ルポポ王が町の人に来ることを伝えていたというなら問題はないだろう。が、仮にそうだったとすると、ルポポ王が伝えた時点で町の人が反対するということはないだろうか?

 少なくともマーレは『化け物』と蔑むくらいに魔物を毛嫌いしているのは間違いない。娘に『話すな』とまで言うくらいならルポポ王に反対する方が早いだろう。


 ということは……まさか……。



「ゴブリン、城に行くぞ」



「えっ?なんでスか?」



 不意に椅子から立ち上がる俺を見上げ、ゴブリンが顔を顰める。



「魔王が……危ない」



 俺の考えが思い過ごしなら問題ない。と言うよりもそれが一番いい。が、おそらく現実はそううまくはできていない。


 ルポポ王はルポポのことを一番に考えている。二つ返事で魔王が来るのを了承したが、それを嫌がる城下町の人に押し付けるような人ではない。

 そして城下町の人もそんなルポポ王のことをよく知っているはずだ。ルポポ王が快諾した魔王訪問に対し、会話どころか姿も見せないというのはおかしすぎる。それもマーレだけじゃない、城下町の人全員だ。


 それに一番気になるのは王同士の話し合いと言うやつだ。一国の王と魔王が何を話す?それも俺とゴブリンを城から遠ざけて。



「ゴブリン!」



「え?ハイ!」



 俺の声にゴブリンが忙しなく立ち上がった。未だにゴブリンはどういう状況なのか理解していない様子だが、説明している余裕もない。

 村に入ってきた時の異様な静けさ。ルポポ城内にいる武装した兵士。その時点で気付くべきだった。




 噴水広場から出て数十秒。徐々にルポポ城の入口が視界に移り始める。

 先程と違うところといえば、門の前に兵士が二人立っていること。『ご自由にどうぞ』なんて書かれた看板を嘲笑うかのように、殺気立った様子だ。



「勇者さん、どうしまス?」



 明らかに来た時とは違う雰囲気に気付いたのか、ゴブリンが尋ねた。


 勇者である俺からしたら、兵士二人を倒すくらい造作もない。だが、俺がこの町の人を傷つけてしまったら元も子もない。強行突破と言う策は残念ながら使えそうになさそうだ……。



「なぁゴブリン、ちょっと頼みがあるんだが」



「頼みッスか?」



 ゴブリンの言葉に、俺は無言でルポポ城2階のテラスを指差した。



「それならお安い御用ッス」



 その合図で俺の考えを理解したのか、ゴブリンが俺の足に手を掛ける。そして持ち上げた俺の身体をゆっくりとルポポ城のテラスに狙いつけた。



「行くっスよ」



「ああ――」



 俺の言葉が言い終わるか言い終わらないかの内に、俺の身体が勢いよく空気を切り始めた。ニケで空飛ぶような感覚とはまるで違う、自分が銃弾にでもなったかのように視界が切れる。

 ただ一点、謁見の間の窓を除いては。



「魔王おおおっ!」



 バリンと大きな音を立てて、立派に飾られた部屋の真っ赤な絨毯へと着地する。周囲に散らばったガラス片が俺の靴の下で鮮やかな音を立てた。



「これは勇者、思ったよりも早かったではないか」



 俺が来るのが分かっていたのか、ルポポ王に吃驚した様子なく、ただ不敵な笑みを俺に投げかけた。

 謁見の間は数十分前と何ら変わっておらず、玉座に座ったルポポ王の周りを兵士が見張っている。髭を指先でつまみ、不敵な笑みを浮かべた表情で口角をとがらせるルポポ王。


 だが、そこに魔王の姿はない。



「ルポポ王、お伺いしたいことがあります」



「ほう、申してみよ」



 まるで何事もなかったかのように、ルポポ王が静かに声を発した。



「魔王の姿が見えませんが、魔王はどちらに?」



 ジッと見つめ合ったまま、ルポポ王の口がわずかに動いた。



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