第10話 バケモノ




 ルポポ城を出て城下町をゴブリンと歩いていく。

 昼過ぎのいい天気だ。普段なら大人は世間話、子供は広場で元気に遊んでいる時間だろう。



「静かっスね」



 町を見まわし、ゴブリンがポツリと呟いた。

 城下町といえど、東の果てにあるせいか住人の数は少ない方だろう。が、この時間に人一人すら外に出ていないというのは何とも奇妙なものだ。



「いつもはもう少し賑やかなんだけどな……」



 城下町の中心にある噴水広場の前で立ち止まり、改めて町を見まわす。

 つい数日前に来たときは少し騒がしいくらいに子供たちが走り回り、大人たちはそれを見て楽しそうに笑っていた。だが今は、その光景がまるで幻だったようなくらいに静かな町だ。



「ちょっと家の中覗いてみるか」



「そっスね」



 静かな町。俺とゴブリンの動きだした足音だけが耳に心地よく響く。

 城に集まっているわけでもなく、町にいるわけでもない。となると、考えられるのは家の中くらいだろう。



 噴水広場を出てすぐの、小さな家の前で足を止めた。俺を小さい頃から知っている人の家だ。俺が知っているのは夫婦が住んでいたということだが、なんでも数年前に子供が生まれたらしい。



 コンコン

 とノックを2つ。すぐさま小さな足音がこっちに駆け寄ってくるのが聞こえた。



「ゴブリン、準備はいいか?」



「大丈夫ス」



 腰に下げた巾着袋に手を伸ばし、ゴブリンが小さく頷いた。

 そしてそれを見計らったように足音が止まり、目の前の木の扉がゆっくりと開いていく。



「あー、もしかして勇者さんですかー?」



 扉の隙間、ゴブリンの半分もあるだろうかという低い位置から小さな女の子が顔を覗かせる。歳にして5歳前後。おそらく件の娘さんだ。



「えっと、お母さんはいるかな?」



「ううん、今いないよー?」



 見た目に反してしっかりとした受け答えだ。

 俺の言葉に首を横に振り、隣にいるゴブリンを見上げぽかんと口を開けた。



「おじさん、もしかして魔王さんですかー?」



 ドアノブに手を掛けたままの少女が尋ねた。と言っても、恐れているような様子はない。



「違うッス。自分はゴブリンって言うッス」



「へー」



 ゴブリンが少し緊張気味に頭に手を当てた。

 ルポポ王もそうだったが、どうやらこの町はほんとに平和なようだ。あまり魔物を知らないとはいえ、5歳くらいの少女が鬼のような顔のゴブリンを見て『へー』の一言で済ますのは不思議なものだ。



「あ、クッキー食べまス?」



 あんぐりとしたままの少女を見つめ、思い出したかのようにゴブリンが手に持っていた巾着袋の中からクッキーを1枚取り出し、少女の方へ差し出した。

 少女はその手を一瞬だけ見つめ、ゴブリンの手から恐る恐るクッキーを受け取った。



「おじさん、ほんとに魔王さんじゃないの?」



「違うッスよ。どうしてスか?」



 クッキーを持ったまま、少女がゴブリンの顔を見つめる。



「ママがねー、魔王さんと喋っちゃダメって」



「魔王と?どうして?」



 思わず少女に聞き返す。



「知らなーい。でももうすぐママが帰って――」



 少女が言いかけた言葉を噤む。

 と同時に目の前の少女が小さく跳ね、俺とゴブリンの横をすり抜けて家の外へと走っていく。



「あら、どちら様?」



 少女が走っていった方向から聞こえてくる落ち着いた声に振り返る。


 見覚えのある顔。少し老けたと言えば失礼だが、最後の会ったのはもう5年以上前だ。仕方がないと言えば仕方がないのかもしれない。

 とはいっても、一目見た瞬間に分かるくらいの昔の面影はあった。その女性の腕にしがみついている少女も、横に並んでみればどことなく親子だなあと分かるくらいに似ているような気がする。



「マーレさん、お久しぶりです」



「……」



 少女の母親であろうマーレがじっと俺を睨む。

 覚えてないということはないだろうが、5年も経てば見た目も変わる。もしかしたら俺が勇者だとわかっていないのかもしれない。



「えっと、勇者です。こっちがゴブリンで」



「あのねあのね。このクッキー、ゴブリンさんに貰っ――」



 バシンッ!

 と嬉しそうに話しかける少女の手をマーレが目もくれず叩いた。まるで時が止まったかのように俺とマーレは見つめ合ったまま、その音だけが鮮やかに空に響いていく。



「ほら、襲われないうちに早くおうちに入りましょ」



 沈黙を破り、マーレが少女の手を引いた。



「でも……」



「入りなさい!」



 マーレが声を荒げる。

 その様子に少女はビクッと肩を震わせ、落ちたクッキーとゴブリンを一度だけ見て家の方へと歩いていった。



「あの、マーレさん。俺たちは別に襲ったりするつもりはなくて……」



 俺の顔をじっと睨むマーレの目に、思わず言おうとしていた言葉が詰まる。


 落ち着いている。と言えば聞こえはいいが、決してそんな優しいものではない。ずっと昔、まだ俺がパーティを組んでいた頃の俺が見ていた魔物に対する目だ。


 マーレは視線をゴブリンの方に動かし、ほんの少しだけ目を細める。まるでジッとゴブリンを見透かすように……。そして開いた口を閉じて、少女ともども家の中へと消えて行った。


「この化け物……」



 擦れた小さな声で、マーレは確かにそう言った。



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