第8話 懸念




「これが人間の町なんスね」



 ルポポ城下町に入ったゴブリンが言葉を漏らす。

 城下町と言っても大した町ではない。宿屋や酒場に教会、あとは普通の家が何個かあるくらいの本当に小さな町だ。


 とはいえ、魔王やゴブリンからしたら人間の町に入ることなんて滅多にないのだろう。こんな小さな城下町を珍しそうに見まわす様子は少し不思議な感覚だ。



「勇者勇者、ライラは何をしたらいいのだ?」



 心ここにあらず。

 といった感じで町を見まわしながら魔王が尋ねる。



「そうだな、まずはルポポ王に挨拶だな。話は通してあるからきっとすぐ仲良くなれるぞ」



「おおッ、さすが勇者なのだッ!」



 魔王の顔が綻んだ。

 ルポポ王の年齢は50歳くらい。本来なら魔王と同じくらいの子供と仲良くさせてやりたいんだが、王様に挨拶なしで魔物が町をうろつくというのはさすがに心配な面もある。それにいくら小さいといっても、ルポポ王も一国の王だ。後々世話になるだろうし、仲よくなっておけば損もないだろう。初めての人間が国王というのは難しいかもしれないが、魔王には少し頑張ってもらうしかなさそうだ。






 ルポポ城下町をまっすぐに歩いて数分程。ほかの建物よりもほんの少しだけ豪華に飾られた2階建ての建物がある。

 小さな門と、その先にある両開きの大きな扉。勿論門番なんて者はおらず、親切にも『ご自由にどうぞ』なんて書かれた看板が一つ立っている。果たしてこれを城と呼んでいいのかは微妙ではあるが、紛れもない俺の旅が始まった場所だ。



「勇者さん、ルポポ王ってどんな人なんスか?」



 ルポポ城を仰ぐ魔王の隣でゴブリンが尋ねた。



「ルポポ王か……一言で言うなら気さくな人だな。この前も魔王を連れてくるって伝えたら二つ返事で快諾してくれたしな」



「へぇ。珍しい方っスね」



「まぁルポポ城は魔物に襲われたこともないからな。多分そんなもんだろ」



 ゴブリンが少しだけ不安そうな表情で魔王を見つめた。

 魔物が人間の町に遊びに来るなんて前代未聞の出来事だ。いくら知っている町とは言え、内心俺も不安がないと言えば嘘になる。そう考えると、魔物であり、ずっと魔王の面倒を見てきたゴブリンの不安というのは想像を絶するものなのだろう。



「勇者ッ、早く行くのだ」



 そんな不安を一蹴するかの如く、魔王が満面の笑みを浮かべて俺の服を引っ張った。

 不安なんてものは一切感じさせない、人間と会うのを心の底から楽しみにしているような、なんとも無邪気な笑顔だ。



「そうだな。考えても仕方ないか」



「んー?」



 俺の言葉に魔王が小さく首を傾げる。



「いや、何でもない。行くかっ!」



「そっスね」



 浅い呼吸を一つ。ギィと軋む音とともに目の前の扉ゆっくりと開ける。


 部屋の中心にどっしりと構える階段までひかれた真っ赤な絨毯。それを取り囲むように小部屋へと続く扉が数個。普段なら使用人が何人か入るはずだが、あいにく今日はいないらしい。

 そういえば城下町の方もほとんど人を見かけなかったが、もしかして魔王のために王様の元に集まってでもくれてるのだろうか。なんて期待が胸をちょっとだけ膨らます。



「魔王、準備はいいか?」



 広間の中心の、2階へと続く大きな階段の前で魔王に尋ねた。

 この階段を上がれば王様はすぐ目の前にいる。それがわかっているのか、魔王は無言で階段の先を見上げ、その場でコクコクと数回頷いた。魔王らしからぬ少し緊張した様子だ。



「魔王、大じょ――」



「大丈夫なのだッ」



 俺の言葉を遮った魔王が階段に一歩を踏み出す。



「いつまでも待たせるわけにはいかないからなッ」



 俺と同じくらいの目線まで階段を上がった魔王が金色の髪を宙に舞わす。小さな白い牙が口元に光り、初めて見るその瞳の奥、ギラリとした何かが俺をまっすぐに見つめた。

 子供と言ってもライラは魔物の王だ。一瞬、ほんの一瞬のその王たる風格に、思わず俺は固唾を飲まざるを得なかった。



「そ……そうだな」



 少しだけ声が震えた。

 それが瞳の奥の何かのせいなのか、それとも聞き慣れない大人っぽい口調のせいなのかは分からない。心臓の鼓動が早くなるのは成長しつつある『ライラ』に対する感動なのか、それとも成長しつつある『魔王』に対する恐怖なのか。それすらも分からない。




 果たして俺は……本当に魔王を連れ出してきてよかったのだろうか……?




「勇者さん?」



 ゴブリンの声に俺の意識が我に返った。

 前を見ると、いつの間にか魔王は見上げるくらい階段の先に進んでいた。時間でいえば10秒くらいだろうか。その間、呆然とその場に立ちすくむ俺をゴブリンは心配に思ったのだろう。



「大丈夫ッスか?」



 ゴブリンが心配そうに俺をのぞき込んだ。

 俺が足を引っ張ってどうする……。今は魔王とルポポが仲良くなること、それだけを考えればいい。



「すまない、行くか」



 そう言って階段に足を掛ける。


 今、上を歩く魔王はどんな顔をしているのだろう。不安そうな顔をしているのだろうか。普段の堕落した魔王からは想像できないような凛とした顔をしているのだろうか。それとも、尖った牙を剥いて笑っているのだろうか。

 そう思いながら見上げた魔王の体は、やはりいつも通り小さかった。歩き方もどこか危なっかしくて、今にも転がり落ちてくるんじゃないかと不安になるくらい、いつも通りの魔王だ。


 そしていつも通り、俺が視線を向けると魔王はそれに気づいたかのようにこっちを振り返った。



「勇者、ゴブリンッ!遅いのだッ」



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