第7話 空と大地と、時々雑草




 空を舞っていた神鳥ニケがゆっくりと降下を始める。

 場所は東の大地の果て。ルポポ城から歩いて数分というところだ。



「勇者勇者、着いたのか?」



 神鳥ニケにしがみついたままの魔王が尋ねる。



「ああ。見えるか?あの城がルポポ城だ」



 前方の、城というには少しばかり気後れしそうな小さな建物を指さした。魔王城や天空城なんてもってのほか、ほかの国の城に比べてもはるかに小さい城だ。


 小さな城、なんていうと馬鹿にされるかもしれないが、もともと東の大地の魔物は攻撃的でもなければ強いわけでもない。そのおかげで強い武器や防具もいらないし、王様を守る立派な城も、城を守る砦も必要ない。だから必然的に城も小さな建物で済んでしまう。要は平和な城ということだ。



「おおっ!あれが勇者の城なのだなッ!」



 魔王が目を輝かせた。

 勿論俺の城ではないし、特別関係が深いというわけでもない。ただ単に幼少時代を過ごしただけで、冒険の出発点というのが一番しっくりくるだろう。と言ってもわざわざ訂正するほどのことでもない。


 ブワッと神鳥ニケの羽ばたく翼が大地に風を起こし、静かにその大きな身体を緑の大地にとめた。



「よし、行くか」



 魔王とゴブリンに視線を送り、神鳥ニケの背中から大地へと足をつける。モシャっと青い草を踏んづける感覚。少し背丈の高い草がそよそよと優しい風に揺れた。猛々しい山も廃墟もない、視界いっぱいに広がるのは緑の大地と青い空だけ。

 何年経っても何も変わらない。小さなころにずっと見てきた景色だ。世界中を旅していろんな場所を見てきたが、やっぱり俺にとっては一番落ち着ける。



「勇者勇者ッ!この緑のは何なのだ?」



 地面に降りた魔王が物不思議そうにその場で足踏みをする。

 これまで魔王城の周りにも溢れていたはずだが、どうやら魔王城からでない魔王はその存在すら知らないらしい。



「これは草って言ってな、薬草だったり野菜だったりその仲間みたいなものだ」



「じゃあこれ全部食べられるのだなッ」



 と、満面の笑みでその場にしゃがみ込んだ魔王が生えている芝をギュッと掴んだ。



「待て魔王、それは食べも――」



「んー……?」



 視線を空に泳がし、もきゅもきゅと咀嚼する魔王。

 そんな様子にゴブリンが早速天を仰ぐ。



「あんまり……美味しくないのだ……」



 だろうな……。そもそもここらに生えてる芝を食べるのは家畜くらいだ。

 俺とゴブリンの心配なんて気にも留めず、芝を飲み込んだ魔王が少し悲しそうな顔をする。



「あのな魔王、草だからって全部が全部食べられるわけじゃないんだ」



「だが勇者は野菜みたいなものだと言ったではないか」



 芝が美味しくなかったのが不満なのだろう。しかめっ面の魔王が俺を見透かす。それも少しムッとした、勇者が悪いと言わんばかりの表情だ。



「そうだな……確かにそうだ。すまん、俺の言い方が悪かった」



「ゴブリンーッ!勇者のせいで口の中が苦いのだッ」



 自分は悪くないということで満足したのか、舌を出した魔王がゴブリンの腹に抱き着くように突撃した。



「いやぁ、今のはライラ様が悪いスよ……。口直しにクッキーでも食べまス?」



「クッキー!?食べるのだッ!!」



 紛れもない大好物のクッキーに、魔王は一瞬にして目を輝かせた。


 呆れた様子のゴブリンが抱き着く魔王を引き剥がす。と同時に、視線で俺に申し訳ないッスと告げ、ほんの少しだけ頭を下げた。

 そして腰にぶら下げていた巾着の紐をほどき、その口を魔王の方へと向ける。



「その巾着の中身、クッキーだったんだな」



「そうなんスよ、この前勇者さんに貰った本見ながら作ってみたんス」



 ゴブリンが照れ臭そうに笑う。

 まさか魔王とゴブリンが人間の国に行くのに持ってきた唯一の持ち物がクッキーだったとは……。でもまぁ、魔王に言うことを聞かせると考えると、その選択が正解なのかもしれない。さすがは何百年も魔王を見てるだけはあるな、ゴブリン。



「あっ、勇者さんも食べまス?」



 頭の片隅で感心している俺に、ゴブリンが何食わぬ顔で巾着の口を俺へと向けた。

 勿論その顔には微塵の悪意もない。ただ純粋に友達と食べ合いっこするような、そんな物言いだ。



「まぁ折角だし一つ貰おうか」



 ゴブリンの元に寄り、差し出された巾着袋に手を伸ばす。

 見た目はなんてことのない、手作り感溢れる少し不格好なクッキーといったところだろう。



「……うまいな」



 うまい。

 なぜここまでうまいのか疑問に思えるほどにうまい。

 バターの風味がーとか、砂糖の甘みがー云々ではない。うまいという言葉しか見当たらなくなるくらいに素でうまいのだ。



「ゴブリン、お菓子は今までも作ったことはあるのか?」



「いえ、この前勇者さんに貰った本見て初めて作ったッス」



 ゴブリンと話しつつ、口の中に残った甘い粉を飲み込む。

 料理といいお菓子作りといい、ここまで来たらこれはもうゴブリンが持って生まれた才能なのかもしれない。どこかでお店でも開けばさぞ儲かるだろう。



「しかしまた、なんでクッキーなんだ?」



「ライラ様がクッキー好きっていうのもあるんスけど、人間ってプレゼントをもらうと喜ぶって何かの本で読んだことあるんで、今回ルポポの人たちに配ろうと思いまして」



 なるほど、そのクッキーは魔王用じゃなくて人間用だったのか。



「美味しくなかったっスか?」



 ゴブリンが心配そうに尋ねる。

 勿論まずいわけはない。



「いや、十分にうまかった。ルポポ城の人に配っても喜ばれるくらいだ」



「そっスか!それは楽しみっス」



 ゴブリンの顔がパァっと晴れる。

 この様子だと、案外人間と会うのを一番楽しみにしているのはゴブリンなのかもしれない。



「勇者、ゴブリン!いつまで話してるのだ!ライラは早く人間に会いたいのだッ」



 隣で黙っていた魔王が痺れを切らしたのか、少し不機嫌気味に声を上げる。

 いったい誰のせいでここで立ち止まっていたのか……なんてことは本当にどうでも良いことなのだろう。



「そうだな。じゃあそろそろ行くか」



「そっスね」



 大きな呼吸を一つ、ルポポ城に向けて歩き出す。


 少し幼いが、見ていて飽きない可愛い魔王。

 顔は怖いが、家庭的で面倒見のいいゴブリン。


 どっちも癖はあるが、決して人間に嫌われるような奴らじゃない。きっと今回の友達作りもうまくいってくれるだろう。

 いや、うまくいくに違いない。




 この時の俺はそう思ってしまった……。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます