第6話 外の世界へ




「勇者さん、待ってましたよ」



「遅いのだッ」



 魔王城に到着するや、すでに準備万全のゴブリンと魔王が魔王城の入り口で華やかな言葉とともにお出迎えをしてくれる。



「悪い、ルポポ王と話してたら思ったより時間喰っちまった」



「いえ。それより、ルポポまではどう行くんスか?」



 駆け寄る俺にゴブリンが尋ねた。

 普段通りの軽装。ゴブリンは腰に引っ提げた巾着袋が一つだけ、魔王に至っては荷物という荷物は何一つない。まぁ魔王からしたら人間の世界に遊びに行くという感じなのだろう。



「魔法で一気に行ってもいいんだが、どうせならコイツに乗っていこうかなと思ってる」



 そう言って俺は隣で毛繕いする神鳥の羽をポンと叩いた。

 名前はニケ。真っ白な羽根に真っ赤な眼が特徴で、10人くらいを背中に乗せても平然と空を飛ぶことのできる神の鳥だ。もう何年も前、精霊の里に行ったとき俺に懐いたようで、それ以来移動手段として愛用している。



「へ~……これが神鳥スか。なんか神々しいスね」



 目の前の神鳥ニケの顔を見上げ、ゴブリンが盛大に感嘆の声を漏らす。

 何百年と生きているゴブリンでも人間との交流はほとんどない。ましてや神との交流なんて戦いくらいだろう。神鳥を見るのが初めてでもおかしくはない。



「じゃあ行く前に一つだけ確認するぞ」



 俺と魔王とゴブリン、お互いが顔を見合わせる。



「魔王。人間が近くにいるときに魔法は絶対に使ったらダメだ。分かってるな?」



「分かってるのだッ」



 俺の忠告に魔王がニッと牙を剥いた。



「ゴブリン。大丈夫だとは思うが、何があっても人間を傷つけないように頼むぞ」



「心に刻むっス」



 真面目な表情でゴブリンが頷く。

 さすがに大人(?)だけあって、その言葉に込められた重みがしっかりと伝わってくる。ゴブリンが魔王の傍についててくれるなら心配もないだろう。



「よし、じゃあ――」



「行くのだッ」



 俺の言葉を遮り、魔王の突き立てた指がまっすぐに大空を貫いた。きっと俺を待っている間も行きたくて堪らなかったのだろう。そんな魔王に、神鳥ニケが早く乗れと言わんばかりに片方の翼を伸ばした。こっちはこっちで、意外とせわしっこい奴だ。




 なんて考える間もなく、ニケが俺たちを置いて飛び立たないうちにその大きな背中へと乗っていく。魔王とゴブリンは怖がりつつもどこか楽しそうな様子で、そんな俺たちを乗せたニケがゆっくりとその大きな翼で羽ばたき始めた。

 このまま空に吸い込まれてしまうんじゃないかと思えるほどにふわりとした感覚は何度乗っても慣れなくて、でも少しだけその感覚が気持ち良かったりもする。



「ゴブリンゴブリンッ!魔王城がもうあんなに小さく見えるのだッ!」



 ニケが飛び立って数十秒。後ろにいる魔王の楽しそうな声が聞こえる。

 すでに雲まで届きそうなほどの高さ。魔王城のある大地もポツンと海に浮かぶ小さな島に見える程度だ。


 ちなみにこの大地、俺が初めて来たときは緑に溢れていたのだが、今は一部分だけ大地が切り取られたように湖のような土地ができている。

 忘れもしない、1年近く前に魔王と天使が戦った時に魔王が消し飛んばしたのだ。だが、当の魔王はその大地を見て面白がっているわけで、きっと天使と戦ったこともとうに忘れてしまっているのだろう……。




 この1年間魔王と一緒に過ごしてきて魔王のことが少しわかった気がする。と言っても、俺が見るのは魔王の部屋にいるときの魔王であって、天使と戦った時以外に魔王城の外に出たのは見たことがない。


 勿論、それは俺が遊び道具を与えてしまったという理由も一つなのかもしれない。が、では俺が来る前はどうだったかというと、やはり魔王城の中でごろごろしているだけというのがゴブリン談だ。


 今回ルポポ城まで魔法でいかなかった理由もこれにある。普段魔王城から出ることのない魔王にとって、外の世界を見る機会なんて滅多にないはずだ。勿論今回は魔王が人間の友達を作ることが目的だが、どうせなら魔王にもっと人間世界のことを知ってほしいということだ。

 幸運にも、魔王ははるか下に続く大地を見てゴブリンとはしゃいでいる。俺の意図とは少しばかり違うかもしれない。だが、結果的に外の、人間の住んでいる場所がどんなものかというのが魔王に伝わってくれていれば、神鳥ニケに乗ってルポポまで行く甲斐があるというものだ。



「勇者勇者ッ!あの空に浮かぶ城は何なのだ?」



 ゴブリンの元を離れ、神鳥ニケの首辺りに座る俺の元に寄ってきた魔王が前方の城に指を向けた。

 俺たちの前方斜め上。白い雲の上にそびえ、シャボン玉のようなフワフワとした何かに囲まれた立派な城。



「ああ、あれは天空城だ」



「天空城?」



 あぐらをかく俺の脚の上に、魔王がドスンと腰を落とした。んあーっと、背中越しに俺を見上げる魔王……果たして俺は本当に勇者として認識されているのだろうか、と少し不安になる状況だ。

 まぁ魔王を脚の上に乗せている俺に言えた義理ではないが……。



「まぁ簡単に言えば天使の家だな」



 俺は細やかな懸念を頭の隅に積み上げ、魔王との会話に戻る。



「天使……どんな人なのだ?」



「えっとな……見た目は人間に似てて、背中に白い翼が生えてるんだ。寄ってみるか?」



「んーん」



 と魔王が首を横に振る。



「天使は怖そうだからやめとくのだ」



 そう言って魔王は俺の元を立ち、後ろに座るゴブリンの元へ駆け寄っていった。大方天空城のことをゴブリンにでも伝えるのだろう。

 勇者である俺からしたら、天使や神様なんていうのは助けてくれるありがたい方々だが、魔王からすると怖い人という見方になるのか。と、新たな発見である。


 まぁ、1年前にその怖い天使をボコボコにしたのは紛れもない魔王なんだが……。

 なんて一人どうでもいいことを考えていると、東の大地が海の果てから徐々に姿を現す。緑に埋め尽くされた、見るからに平和そうな大陸だ。


 ルポポ城まであと5分くらいってところか。



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