第4話 ライラの野望




 魔王の母親はもういない。

 俺がまだ生まれる前のこと。この世界で何百年も魔王として君臨していたらしいが、魔王が30歳くらいの時に亡くなってしまったらしい。


 人間でいう30年といえば随分長いが、魔王の寿命が数千年と考えると30年というのはほんの一瞬に過ぎない。当然、今の魔王もまだまだ幼かったころで、母親との記憶なんてほとんど覚えてないんじゃないか。というのがゴブリンの話らしい。



「なあゴブリン、前魔王ってどんな人だったんだ?」



 パスタを食べ終え、コーヒー片手にゴブリンに尋ねる。

 勿論こんな話、魔王のいる前でできるわけがない。



「イリス様ッスか?それはもう綺麗な方で、多分歴代の魔王の中で一番美しかったと思うッス」



「へぇ」



 まぁ魔王の姿を見てると、何となく母親も美人なんだろうとは理解できる。



「策士で、頭脳も魔力もトップクラス。おまけに自分みたいな下等な魔物にも優しくて……」



 ゴブリンが少し寂しそうな顔をする。



「自分らゴブリンって、ずっと昔は魔物からも嫌われてたッス。顔も醜くて、知能もなくて、だから生きていくのも精いっぱいで……。そんな時、イリス様と会ったんス」



 ゴブリンがコーヒーをズズッと啜った。



「当時はイリス様が魔王なんて知らなくて、今のライラ様くらい小さかったもんスから喰ってやろうかと思ったッス。でもなんか妙に懐っこいし、自分みたいなゴブリンにも普通に笑いかけてくるし、正直そんなこと初めてだったんで嬉しかったと思うっス」



 ゴブリンが扉のずっと先の、魔王の部屋の方に視線を向ける。



「イリス様もすごい人間が好きな方だったんスよ。口を開けば人間のご飯がーとか、人間のベッドはーとか。そんな話を何百年と聞いてたんで、いつの間にか魔王城の魔物も人間のこと好きになっちゃったのかもしれないスね。きっとライラ様の人間好きもイリス様譲りだと思うッス」



 視線を戻したゴブリンが小さく笑う。



「そんなイリス様もいつの間にか綺麗な女性になって、いつの間にか結婚して。正直言うと自分、イリス様のこと好きだったッス。でもそれを知ってたんスかね、イリス様が結婚したとき自分、イリス様に『ごめんね』って謝られたんスよね」



 暗い話かと思えばゴブリンのささやかなノロケ話。でもなぜだか悪い気はしない。それはきっと、ゴブリンが前魔王のことがほんとに好きで、前魔王がほんとにいい魔王だったからなのだろう。



「それからすぐにライラ様が生まれたッス。ライラ様、イリス様に似て可愛くて、魔物懐っこくて、こんな幸せな時間が何百年も続くんだななんて柄にもないこと考えたりしてたッス。でも……ライラ様が生まれて数十年くらいッスかね、イリス様が突然亡くなって……」



「なんで亡くなったんだ?」



 聞くところだと前魔王の年齢はせいぜい500歳に届くかどうか。寿命にしてはさすがに早すぎる。

 酷だと思いつつもその質問をゴブリンに問いかけた。



「分からないッス。自分もイリス様からも何も聞いてなくて、長年一緒にいたのに何もできなくて、正直悔しかったッス。でも最後にイリス様が自分に『ライラをお願いね』って言って幸せそうに眠るもんスから、イリス様がいなくても絶対にライラ様を幸せにしようって、そう誓ったんス」



「そうか……」



「申し訳ないッス。なんか暗い話になっちゃって……」



 ゴブリンが頭に手を当て、小さく頭を下げた。申し訳なさそうな笑顔まで浮かべて……。




 こういう時、俺はなんて言葉をかけたらいいのだろう。

 慰めるべきなのか、それとも励ますべきなのか、それすらも分からない。今まで魔物を倒してばかりいたツケが回ってきたのだろう。



「でもあれだな……」



 少し暗そうなゴブリンを見つめて、ひとりでに口が動く。勿論、次に続く言葉なんて頭には一文字も浮かんではいない。

 それでも、次に出てくる言葉に期待しているゴブリンに一言だけでも言葉を掛けれたら、なんて柄にもないことを考えてしまう。



「えっと……魔王を見てると、幸せそうだと思うぞ」



「そうッスか?」



「ああ」



「……そう言ってもらえると嬉しいッス」



 一瞬あっけにとられた様子のゴブリンが笑う。



「きっとイリスさんも天国でしあわ―――」



「――しゃーッ。――ゆぅぅううしゃぁぁあーッ」



 俺の言葉を遮るように、少し騒がしい声と足音が勢いよく近づいてくる。聞きなれた、可愛らしい声だ。



「勇者勇者ッ!いいこと思いついたのだッ!」



 バンッと扉の開く音が静かな食堂に響いた。

 と同時に、金色の長い髪をなびかせた魔王が俺の元へと駆け込んでくる。


 俺の太腿に手をつき、よじ登ってくるんじゃないかと思うほどに近づく顔。

 昼食食べたばかりなのになぜか口元についているクッキーの食べかすと、そんなことに目を向けさせないくらいにキラキラと輝いた大きな紅い瞳。



「ど……どうした……?」



 肩を大きく動かす魔王は一呼吸置き、そして嬉しそうにその口がゆっくりと動き始める。



「ライラ、人間と友達になるのだッ!!!」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます