第3話 緑の魔物




「しっしゃーす。ライラ様、お昼の準備が――あっ」



 適当な挨拶と共に魔王の部屋の大きな扉が開く。と同時に、俺と目が合ったゴブリンが小さな声を漏らした。


 ここは魔王城。魔王以外の魔物がいても何らおかしくはない。

 緑色で体長2メートルは裕に超え、ゴリゴリの筋肉がついた身体は恵体と言わざるを得ないだろう。怖そうな顔と髪のない頭に生えた小さな角は少し魔物っぽく、これ以上ゴブリンという言葉が似合うものはいないくらいにゴブゴブしている、紛れもないゴブリンだ。



「勇者さん来てたんスね。ご飯食べていきまス?」



 何食わぬ顔でゴブリンが俺の前を通り過ぎる。

 はて、俺はいつからゴブリンと友達になったのだろうか?そんな疑問もいつのまにか浮かばなくなっていた。



「じゃあ貰おうかな」



「じゃあ準備してくるッス」



 ヒョイっと寝転がる魔王を持ち上げては、肩に担いで部屋を出ようとするゴブリンを見送る。傍から見れば完全に魔物が人間の子供が連れ去っていくようだが、そんな歪な光景ももう見慣れてしまった。




 ここは魔王城。

 当然のことながら魔王のほかにもゴブリンやらドラゴンやら、普通の人間じゃ全く太刀打ちできないほど強い魔物がうじゃうじゃといる。


 とはいっても、頭の魔王があの様子なのだからうろついてる魔物もそれは緩い緩い。

 初めて魔王城にやってきた時なんて本気で命の削り合いをしたというのに、今となっては目が合う度に『こんにちは~』や『勇者さーん』なんて言ってくれる心優しい魔物たちだ。


 画面が付きっぱなしの、静かになった部屋をぐるりと見まわす。

 魔王のお気に入りのクッションに暖かそうなベッド。ズラリと並んだ本棚と、その傍に散らかった様々な遊び道具。何もなかった暗い部屋もこの一年で随分と賑やかになったような気がする。



「勇者さーん?」



 不意に扉の奥からゴブリンの呼ぶ声が聞こえてくる。おそらくご飯の準備ができて呼びに来てくれたのだろう。



「ああ、今行く」



 重い腰を上げて扉の方を振り返るが、すでにゴブリンはいない。意外に俊敏な奴だ。


 魔王の部屋を出て、両脇に蝋燭の灯った長い通路をまっすぐ歩いていく。

 地上エリアが5階層に地下エリアが3階層。加えて今までのダンジョンとは比べ物にならないくらいに1つの階層が広く入り組んでいる。当然、まだ行ったことのない場所も少なくはない。

 きっと見たことのないような素晴らしいアイテムも色々と眠っているのだろう。もう俺には必要のないものだが……。


 なんてことを考えながら廊下を抜け、『食堂』と人間の言葉が書かれたプレートのついた扉を開ける。

 魔王の人間好きが伝染したのか、あるいはもともと魔物自体が人間のことを好きだったのか、魔王城のいたる所に人間の文化が取り入れられている。初めて魔王城に来たときは罠かと思ったが、今となっては助かるばかりだ。

 まぁ魔王の堕落ぶりを見る限り、少なくとも魔王が押し付けているわけではないのだろう。いったい何がそんなに人間を好きにさせるのだろうか……。



「あ、勇者さん。ご飯できてるっス」



 食堂に足を踏み入れると、それに気づいたゴブリンが案内するように魔王の隣の椅子を引く。食堂といっても魔王が食事するための小さな部屋だ。



「今日はパスタか」



「そうッス。いい小麦が手に入ったッスから」



 俺の言葉にゴブリンがにんまりと笑った。

 薄い皿に美しく盛られた淡黄色のパスタ。その上からパスタを守るようにかけられた白いソースと、栄養を考えたのか皿の周りに盛られた色とりどりの野菜たち。まるで王国の有名店にでも出てきそうな、見た目は非の付け所が一切ない完璧な料理である。


 ゴブリンが料理を運んでくれている間、隣でガツガツと美味しそうにパスタを口に放り込む魔王に視線を落とす。

 魔物だからと言って別に手で掴んで食べるわけでもなく、器用にフォークを使って食べている。まぁ魔王に関してはフォークに巻き付けるというよりも、啜るという表現の方が正しいのかもしれない……。



「いただきます」



 と一言。隣に添えられたフォークに手を伸ばす。


 さて、このパスタ。

 というよりも、魔王城での料理は基本的に隣でニタニタしているゴブリンが作ったものである。肝心の味の方はというと……。



「うまいな……」



 の一言に尽きる。

 ちなみに、語尾を濁しているのは不満があるわけでなく、味が美味しすぎて『うまい』以外の言葉が見つからないからだ。



「いやぁ、人間の勇者さんに言ってもらえると言葉の重みも違うッス」



 料理だけじゃなくお世辞もうまい。一体何者だコイツは……。

 目の前でカラカラと笑うゴブリンを見つめる。


 いや、実際料理に関してはそこらの人間が出しているお店よりかはるかにうまい。俺が泊まる町の宿屋なんか話にならないくらいだ。いつか俺以外の人間にも食べさせてみたいものだ。

 なんて考えていると隣で食べ終わった魔王が『ごちそうさまッ』言葉を残し椅子から飛び降りた。こんなに美味しい料理を魔王はちゃんと味わっているのだろうか、と少し疑問に思う。



「あっライラ様、お口周りにソースが……」



「んんーっ!」



 ゴブリンが走りだそうとする魔王を捕まえ、ティッシュで魔王の口を拭く。そんなゴブリンに、魔王は少し不機嫌そうな声を漏らした。



「あんまり画面に近づきすぎちゃダメッスよ」



「わかってるのだ!」



 多分わかってないな……。

 トテテテッと食堂から小走りで出ていく魔王を見送り、顔を見合わせた俺とゴブリンがお互いに小さく笑う。


 あんな様子の魔王だ。きっとゴブリンも苦労しているのだろう。

 それでも、俺はゴブリンが嫌そうな顔をするのを見たことがない。むしろ魔王がいるときの方が嬉しそうな気がする。



「ゴブリンも大変だな」



 魔王の食べ終えた食器を片付けるゴブリンに声をかける。



「いえ、そんなことないッス。自分、ライラ様のお母様の頃から仕えてるんで、ライラ様のことも生まれた時から見てまスし」



 ゴブリンはまたもやにんまりと笑った。

 一見すると不気味な笑顔だが、ゴブリンからしたらきっと嬉し笑いなのだろう。



「ゴブリンはいいやつだな」



「いえいえ、勇者なのにライラ様と仲良くしてくれてる勇者さんの方がいい人ッス」



 持ってきたコーヒーカップの一つを俺の目の前に置き、ゴブリンが改めて俺の前に座る。魔王がいない、いわゆる大人の食卓というやつだ。




 うん、やっぱりうまいな……。


 コーヒーを少しだけ口に含み、ゴブリンを見つめる。相変わらず嬉しそうな(?)表情のゴブリンだった。



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