第十八報 北斗星
バカ弟のマキシムがあちこちで浮名を流してフラフラしていたお陰でローズが女達の嫉妬の対象に……それでカトリーヌと食事に出かけることには成功したが……
「それでカトリーヌ、これが君の話ってわけ?」
俺は少々自棄になっていたに違いない。いつものようにクロトーさんでなくカトリーヌと呼び捨ててしまった。
「はい、そうです」
がっくりと肩を落として大きくため息をついた。
「俺が一人
「あの、私ローズさんとは顔見知り程度ですから、突然こんな話はご本人でなくてお義兄さまのガニョンさんなら、と思ったのです。お時間を取らせて申し訳ありませんでした」
しまった、カトリーヌに意味もなく謝らせてしまった。俺が早とちりをしたのが悪いというのに。あまりの間抜けさに自分のことが笑えてきた。失笑ものだ。
「いや、そういう意味でもなくてね……君と一緒に食事できて楽しかったし」
「わ、私も楽しかったです」
カトリーヌに無駄に気を遣わせている。そこで俺はふと考えた。あと十日もしないうちにカトリーヌと一緒の執務室ともおさらばだ。
今言わねばいつ言える、俺が言わねば誰かが言う。
ああ、カトリーヌ、哀れな俺の気持ちをどうか受け入れてくれ。
くどいようだが、生憎今日は勝負下着ではない。まあいいさ、事が成就するようだったら下着はすぐに脱いでそこらに放り投げるし。中身で勝負だ。俺の立派なブツは寄せて上げる必要もない。いや、ほんの冗談だ、初日からがっつくのは良くない。
「じゃあ言うよ、俺も話がある」
「はい、何でしょうか?」
「カトリーヌ・クロトー様、私と結婚前提でお付き合いして下さいますか?」
遂に言ってしまった。ティエリー・ガニョン、二十五歳にしてヘタレ返上、男になったぞ、清水の舞台から飛び降りた。後はなるようになれだ。カトリーヌは驚きで固まっているようだった。
「あの、ガニョンさんが私と結婚を見据えての交際ですか? 貴方はゆくゆくは伯爵になられる方ですよ、ね?」
そうためらいがちに聞いてくるカトリーヌにしまった、と思った。あまりに唐突すぎたか? しかしだな、もう十代のガキじゃないんだ、お友達からお付き合いして下さいなんて言わねぇだろ……
「うん。弟は家を出たし、爵位を継ぐのは長男の俺だろうね」
「この私と結婚なさってもいいとお考えなのですか?」
「カトリーヌ、君と結婚してもいいのじゃなくて、君と結婚したい。君じゃないと嫌だ。ねえ俺、重すぎてヒカれた? でも君と俺の年で交際を始めるのだったら結婚も考えて当然だろう?」
結婚も考えてと言うより俺は結婚しか考えていないぞ。彼女はそんな重くてウザい愛が嫌なのだろうか。俺は言い方を間違えたのだろうか。
「私、光栄です。
しばらく無言だった彼女はふんわりと微笑んで俺を受け入れてくれた。最初信じられなかった俺だったが、やがてじんわりと幸せを感じ、ほっとした。
「ああ、良かった」
俺はテーブルの上に置かれていたカトリーヌの手をしっかりと握る。これから何があろうとも、この華奢な手を放すことは決してない。
「ガニョンさんが好きです。この気持ちを口に出して言える日が来るなんて……」
彼女が涙ぐみながら俺のことが好きだと言ってくれた。嬉し泣きしたいのは俺の方も同じだ。
「ここだけの話、年明けから宰相室に異動になるんだ。それから君に交際を申し込もうと思っていた。今夜のこの機会に見切り発車だ」
「まあ、宰相室ですか! おめでとうございます」
「君が俺の気持ちを受け入れてくれたことの方がよっぽどめでたいよ。愛している、カトリーヌ」
取り込み中の俺達に遠慮した給仕がしばらくしてデザートを運んできた。それから二人で熱く溶けたチョコレートがかかったケーキを食べた。愛しいカトリーヌの唇の方が菓子なんかよりずっと甘いに違いない。
俺の愛で、キスで、十八禁事項のその他諸々ピーやピーやピーで、君をとろとろにとかしてみせるよ、カトリーヌ。
俺の妄想もそのうち、やっと日の目を見ることができそうだった。
食事が終わって、俺達は辻馬車に乗った。カトリーヌを先に乗せたら迷わず下座につくので、俺の隣に引き寄せて腰を抱いた。
「今日から君の指定席は俺の隣だからね」
俺の膝の上も腕の中も君だけの指定席だよ。
初日から暴走するのは避けよう。幸せそうな彼女の笑顔が俺に向けられているだけで今は大満足だ。
「はい。ガニョンさん、今晩は何から何までありがとうございました」
「晴れて恋人同士になれたのだからティエリーって名前で呼んでよ」
君もすぐにガニョンさんになるのだし!
「ええそうですね。では……ティエリーさん」
「さんもいらないよ」
「……ティエリー」
カトリーヌの可愛らしい唇が俺の名前を紡ぐ。俺はたまらず彼女の頬をそっと撫でて、その唇を俺ので塞いだ。そして彼女をしっかりと抱きしめた。
くどいようだが最初から大暴走は避けようと自分にキツく言い聞かせて
しかし、舌は少し入れてしまった。カトリーヌの柔らかい唇が開いて俺を誘ってくるのがいけない。俺の両手も彼女の胸をまさぐりもせず大人しくしていたし、馬車の座席に彼女を押し倒しもしなかったぞ。褒めてくれ。
その日から俺の悩ましい両想いが始まった。
――― ティエリー編 完 ―――
***ひとこと***
えっと……良かったですね、ティエリーさん。この後はティエリー編完結記念小話が続きます。
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