3章結 狂騒夜の終わり

注:この物語はフィクションで(以下略)


 事態は膠着状態にあった。

 神楽坂とバーバヤガはトラックを挟んで睨み合い、『悪魔ディヤーボル子供リビョーノク』隊員は鈴鹿・凪野・九堂と牽制し合っている。

「どうする、バーバヤガ? このまま睨めっこしててもしょうがないぞ。いらねえ客もそろそろ来る」

 神楽坂の言うとおり、遠くからサイレンの音が聞こえてきていた。パトカー、救急車、消防車がまとめて向かって来ているようだ。

 戦闘ヘリが機関砲でランクルをスクラップにしたり、そのヘリがクレーンに激突して爆発炎上とかなり派手なことになっているので、来ない方がおかしいと言えばそうなのだが。

 そんな状況の中、神楽坂が驚くべき提案をした。

「なあバーバヤガ、ここは引け。俺たちの仕事は化け物退治、人間は基本的に対象外だ。トラックの中のモノとヤクザの頭、蜂谷だっけか? それ諦めんなら、こちらも追わねえ。どうだ?」

 その提案に皆驚愕し、神楽坂に目を向ける。

 零課の面々からは不審の、『悪魔の子供』からは真意を探るような視線が飛ぶ。

「これ以上やり合ったところで被害が増えるだけだ。ここら辺で手打ちにしよう、一般警察が介入する前に」

 神楽坂の非情な、ある意味現実的な提案が続く。

 確かに感情を抜きにして損得だけで考えれば、ここら辺が妥協点・落とし所であろう。

 『悪魔の子供』の視線がバーバヤガに集中する。長たるバーバヤガがどう判断を下すのか。彼らの行動規範はそこにのみある。

 目をつむり思案するバーバヤガ。

 一方、零課側は。

「隊長、なに考えてんの? アイツら見逃すなんて。昔の知り合いだから?」

 コンテナの陰から神楽坂とバーバヤガを見つつ川原が呟く。

「そんなわけないでしょ。さっき言ったとおり、ここらで止めとかないと、どっちかが全滅するまでやることになるから。人殺しなんかしないで済むんだったら、そっちの方がいいでしょ?」

 川原をたしなめる三島。

「それは確かにそうですけど……」

 川原の代わりにそう言った山川であるが顔を見る限り、神楽坂の提案を承服はしていないようだ。その隣の長谷部も同様。

 まあ自分を殺しかけて拉致した相手を許せるかと言えば許せないのが当たり前なので、これはどうしようもない。

 サイレンの迫る中、バーバヤガの思考は続く。

 1分程のシンキングタイムの後、バーバヤガは決断した。

「分かった、その提案飲もう。おい、ハチヤを車から出して奴らに引き渡せ」

 バーバヤガの言葉と共に、『悪魔の子供』たちは動き始める。

 2名が1台の車から男を1人引きずり出した。中肉中背の仕立ての良いスーツの男こそ蜂谷興業社長の蜂谷であろう。

「放せ、やめろ」

 手を振りほどこうと暴れる蜂谷だが、悲しいかな頭脳労働専門の貧弱な体では元軍人に抗えるはずがなく、神楽坂の前に放り出される。

 残りの隊員は、倒れている仲間に駆け寄り助け起こしていた。次々と車(ロシアのパトリオット)に運び込んでいく。

「今日はここで引くが次に会うときは決着をつける」

 神楽坂と視線を交わしながらそう言い、車に乗り込もうとするバーバヤガ。

 その間際に、思っていた疑問を投げかける神楽坂。

「なあ、一ついいか? 何でマフィアの私兵なんかやってんだ?」

 乗り込もうとした姿勢のまま固まるバーバヤガ。

 しばしの沈黙の後、

「囚われの仲間の為だ」

 と一言だけ呟き、車に乗り込む。

 それを契機に次々と発車する『悪魔ディヤーボル子供リビョーノク』を乗せた車。バーバヤガを乗せた車を最後尾にして港から去って行く。

 それを見送った神楽坂は溜め息をついた。

「仲間の為ね……」

 考えてみれば、十年前と比べて人数が少なくなってはいた。戦死したのかと思っていたが、そうではないのか。

 バーバヤガの最後の言葉に思いをはせる神楽坂に、

「お考え中申し訳ないんだがどうすんだ、この始末。隊長?」

 坂崎が声を掛けた。

 もうサイレンの主はすぐそこまで来ている。時間の猶予は無い。

「あ~、坂崎さん、三島。残って警察と消防に説明しといてくれ。残りはトラックでとりあえずトンズラする」

 身も蓋もない指示を出す神楽坂。

 それに対して、

「かあ、貧乏クジはいつも俺たちか」

 と愚痴る坂崎。

「しょうがねえだろ、まともな役職あんのアンタたち2人だけなんだから。酒奢るから、頼んだ」

 坂崎にそう言い、残りのメンツにトラックに乗るよう指示を出す。

「お前ら蜂谷連れて荷台に乗れ。俺が運転すっから。中で蜂谷にことの顛末、尋問しとけよ」

 トラックの運転席に乗り込む神楽坂。

 後部カメラを見て、坂崎と三島以外が荷台に乗り込んだのを確認して発進する。

 後に残るは、憮然とした表情の坂崎と三島。

 深夜の港を離れるトラックの運転席で、神楽坂は静かに呟いた。

「ドンゴか、嫌なこと思い出させやがって……」


「さて、蜂谷社長。全て話して貰いましょうか」

 荷台の中では尋問が始まっていた。

 本職の刑事だった山川が中心となり、蜂谷に詰め寄る。

「ウチには黙秘権は通用しないよ。一般警察と違うから」

 鈴鹿が鞘に入った小通連を、蜂谷の肩に乗せながらいい笑顔で脅しを掛ける。

 しばらく黙っていた蜂谷だが、長谷部がわざとらしく指を鳴らし始めたら、重い口を開いた。

「ウチの野木組の縄張りに、日下部組が店を出したんだ。で最近はうるせーから、みかじめ料だけで済まそうと思ったんだ。だけど奴らがごねやがって結局、店に殴り込みを掛けることになった。そん時にはもうロシアとは手ぇ組んでたから、あの兵隊借りて店に突っ込ませた」

「あ~、大島のキャバレーの件か」

 蜂谷の話を聞いて山川が頷く。

 江東区大島のキャバレーに謎の外人の集団が襲撃を掛け、従業員及び客全てが殺害される、という事件があったのだ。

「いや、皆殺しじゃない。店の用心棒バウンサーが生き残ってる」

 蜂谷はそう言うと、荷台に積まれていた棺桶状の物へと顎をしゃくった。

 それは人用の棺桶より一回り大きく金属製であった。様々な計器とボンベなどが付属している。

 そして一部分だけガラス張りになっており、そこからは霜に被われた顔が見えていた。

 しかし、それは人の顔ではなかった。口からはみ出た発達した犬歯、尖った耳、そして何より額にある角。それは鬼であった。

「ソイツは撃たれてる最中に鬼化したそうだ。撃たれても撃たれても倒れずに向かってきたんだと。まあ、さすがに百発以上食らったら倒れたらしいが」

 薄気味悪そうに棺桶の方を見る蜂谷。

「で、それからどうしたの?」

 天敵たる鬼の顔を見たせいか、心持ち険しくなった顔をした鈴鹿が先を促す。

「その不死身ぶりに興味を持って死体を回収したらしいんだが、運んでいる最中にも傷がどんどん塞がっていったんだと」

「あ~下級の鬼ならともかく、中級以上は首切り落とすか頭潰さない限り死なないからね」

 蜂谷の話を聞いて鈴鹿が注釈を入れる。

「どんな生き物なんですか、鬼って……」

 鈴鹿の注釈に山川がげんなりした顔で応える。

「一言で言うと、先住民族の怨念の結晶かな」

 古代の日本列島で平和に暮らしていた先住民(国津神)は、九州に上陸した大陸からの渡来民(天津神)によって侵略を受けた。

 天津神は猿田族を手始めに国津神を次々と平らげていった。

 東征を続けた天津神は葛城・熊野などで多大な被害を出しながら五畿七道を手に入れ、大和の地に朝廷を築く。大和王朝の誕生である。

 北へと追いやられた先住民は蝦夷えみしと呼ばれ、激しく抵抗を続ける者は鬼・土蜘蛛のように化け物扱いされた。

 朝廷より化け物のように呼ばれても彼らは当然、普通の人間である。しかし鬼は実在し、先住民の中から現れ、朝廷にそして朝廷に与する者へ牙を剥いたのだ。

 先住民の怨念が大自然の霊気と反応して生み出された鬼の因子がある。それは先住民の血の中に眠り、朝廷に抵抗する者の中で開花、その身を鬼と変化させた。

 当然、血の濃い者の方が力は強く、元々が大和朝廷への怨念であるが故に、朝廷が実質的な力を失った武家政権発足以降は鬼の出現頻度は激減した。

 だが時折思い出したかのように、先住民の血の濃い者が鬼化することもある。今回のケースのように。

 鈴鹿の説明を聞いて、山川は棺桶状のカプセルに眠る鬼を見た。

「じゃあ、コイツも先住民の血が濃かったから鬼に?」

「そう言うこと。ま、鬼の話はここまでにして、続きを聞こうよ。社長さん、続けて」

 と、鬼の由来を切り上げて、蜂谷に続きを促す鈴鹿。

「あ、ああ。とにかく、このままじゃ生き返るってんで鎖で雁字搦めにして、牢に閉じ込めたんだ。で本当に生き返ったコイツをどうするかって話になって、報告を受けたロシアンマフィアの上の方、イワノフグループの奴らが軍事利用できないかって言い出したんだ」

 蜂谷の話を聞いて、

「鬼を利用なんてできる訳が無い。コイツらを人が制御できた事なんか有りゃしない」

 と鬼の専門家の鈴鹿が断言する。

「俺たちだってそう思ったよ。だけどロシア野郎共は本気だった。研究者を派遣して、徹底的に鬼を調べた」

 戦闘力を見るために様々な猛獣と戦わせ、細胞や血液を採取して検査した。

 戦闘結果は上々だった。狼・虎・熊・ライオンなどあらゆる猛獣に彼は勝った。

 検査は方はと言うと、採取した細胞はすぐに風化して使い物にならなくなったが、血液の方は人間と全く変わらないように見えて面白い結果が出た。

 これを被検体(かっ攫ってきたホームレス)に輸血したところ、ごく短時間で筋肉が目に見えて増強されたのだ。まあ、副作用として凶暴化したので始末したが。

 この結果を受け、筋肉増強薬の開発がスタートした。

 冷凍カプセルを用意して鬼を眠らせ、血だけを採取。血をそのまま使うと凶暴化するので、ステロイド剤を中心に様々な薬剤で薄めることにした。

 人間に近いオランウータンに試験的に投与したところ、筋肉増強・骨格強化などの成果は見られたが、副作用の凶暴化は残っており、更に食肉(人肉を含む)の傾向が出たと言う。

 その結果を踏まえて、更に生理食塩水などで薄めた物を、体質などの点で厳選したホームレスに投与して経過観察していた。

 拒否反応の出た者や、逆に合いすぎて疑似鬼化した者などは殺してオランウータンに食わせ、その残骸をヤクザが無造作に下水に捨てた結果、事態が発覚。

 以上が今回の事件のあらましである。

「何だかなぁ。鬼がそういう風に利用される時代になったんだ」 

 鈴鹿が呟く。その声には色々な感情が見て取れた。

 確かに怪異とされていたモノが、人の欲望の食い物になっているというのは、先祖代々それに対処してきた者からすれば複雑な思いになるだろう。

 鈴鹿の言葉に誰も返すことができず、しばし沈黙が場を支配する。

 それを破ったのは、空気を読まない、いや男、長谷部であった。

「で、この鬼どうすんすか?」

 皆の視線が長谷部に集まる。空気読めよ、その視線はそう語っていた。

「あ、うん。鬼化した者はもう人には戻れない。だから……」

 眠る鬼を見ながらの鈴鹿の言葉に、

「殺すしかないんですか? 元は人間なのに?」

 と山川が問いかける。

 未だ一般常識の抜けない山川にすれば、いくら鬼化したとは言えと元は人間であった者を殺すのは認め難かった。

「うん、それしかない」

 物言いたげな山川の視線に、きっぱりと断言する鈴鹿。

 千年以上もの間、鬼を相手にしてきた一族としての言葉に、山川はそれ以上何も言い返せなかった。

『俺は何も知らない、何もできない』

 山川の心に虚無感が溢れる。

 そんな心の内を察してか、

「自分たちの出来る範囲で頑張るしかないよ」

 と山川の耳元で囁く川原。

 その言葉に驚き、横目で川原を見る。川原は苦笑を浮かべていた。

 山川は、川原に対する印象が変わるのを感じていた。只の賑やかしだと思っていたが、それだけではないようだ。

 そんな2人を尻目に、カプセルの開封作業が始まっていた。

 指示を受けた蜂谷が、カプセルの計器を操作する。するとロックの外れる音と共にプシュッという空気の抜けるような音がして、蓋が少し持ち上がる。

 九堂が蓋の取っ手に手を掛け一気に開いた。中に充満していた冷気が拡散する。

 普通の人より一回り大きな筋肉の発達した体が、そこに眠っていた。

 皆の見守る中、青ざめていた鬼の体が徐々に赤みを帯びていく。

「せめてひと思いに死なせてあげる」

 そう言いながら、鈴鹿は鞘から抜いた小通連を鬼の喉に突き立てた。

 口から血の泡を吹きこぼす鬼。

 鈴鹿は小通連をそのまま横にずらして鬼の首をかっ切った。

 その作業の間、鈴鹿の顔には一切の感情も浮かんでいなかった。いちいち何かを思っていたら出来ない作業なのだろう。

「これで、ひとまず終わりかな?」

 カプセル内にコロンと転がった鬼の首を見ながら凪野が言った。

     *   *   *

 警視庁本庁舎の藤原参事官室での報告会。

 参加者は、部屋の主の藤原は勿論、結城・神楽坂の両係長、坂崎に三島。

「派手にやったな……」

 苦い顔で呟く藤原。

 深夜の横浜港での大立ち回り。車1台大破、戦闘ヘリが大型クレーンに激突して爆発炎上。

 坂崎・三島両名からの連絡と横浜県警からの苦情を聞いた時は頭を抱えた藤原であった。

「そこは課長お得意の政治力で何とかもみ消してください」

 シラッと言う神楽坂。何ら悪びれた様子のないその顔を睨み付ける藤原。

「気楽に言わんでくれ……はぁ」

 深々と溜め息をつく藤原だが、霊感が皆無で実務には何の役にも立っていないのだから、これぐらいしか出来ることはない。

 それがわかっているからこそ、最後の尻拭いを頑張るしかない藤原だった。

「一つ疑問があるんだが、何故ロシア勢を見逃した?」

 藤原の疑問に答える神楽坂。

「あのまま戦闘を続けたら、一般警察を巻き込むことになり被害が拡大しました。それに捕らえたところで、ロシアから圧力掛かって

釈放することになるのは目に見えてます。それなら見逃して貸しを作った方がいい」

「なるほどな……わかった。ロシアンマフィアに関しては、それで良しとしよう」

 不承不承ではあるが、納得する藤原。

 次に坂崎に顔を向け、

「で五郎沢村から連れてきた女性だが、どうする気だ?」

 と弥生について聞く。

「どう考えても村には置いとけないんで連れてきましたが、まずかったですか?」

「いや村から連れ出したことに関しては、個人的には『よくやった』と言いたい。が、これからどうするんだ、と言うことだ」

 藤原の問いに答える坂崎。

「住むとこは寮が一部屋空いてるんで、そこに住んで貰います。仕事の方ですが、結城係長」

 坂崎の言葉を引き継ぐ結城。

「桐生さんは村の役場で事務員として働いていたとのこと。なので零課ウチで事務員として働いて貰おうと思います」

 結城の言葉に頷く藤原。

「良し、彼女の処遇に関しては君らに任せる。で三島くん、内閣調査室からの情報は何だったのかな?」

 昼間、古巣の内調に呼ばれていた三島に藤原が報告を求める。

 三島は普段の優しげな笑みを消し去り、事務的な表情で報告を始めた。

「はい、来月末にドンゴの終身大統領ロモ氏、通称ロモ将軍が来日します。日本へのレアメタルの輸出に関して話し合う為に」

 ドンゴと聞いて体と表情を固くする神楽坂。

「中央アフリカの吸血鬼ロモ将軍か……でも、それがウチと関係があるのか?」

 神楽坂の変化に気づかずに、三島に問いかける結城。

「ええ、関係あります。ドンゴの反政府勢力がロモ将軍を追って日本に来ることが予想されますが、その中に奇妙な力を使う者がいるそうです」

「変な力?」

 首を傾げる結城。

「はい。一言で言うと死霊術士ネクロマンサーです。仲間・敵の死体問わず操って使役するとか」

 三島の報告に嫌な顔をする坂崎。

「今度の相手はゾンビか」

 神楽坂を除く4人全員共にゲンナリした表情だ。

「良し。来日中の警備は警備部のSPがするだろうが、そのゾンビ使いが出てきて要請が来たら、ウチで対処する」

 藤原が話を締めた中で、神楽坂は煩悶していた。

「ロモの野郎が日本に来るだと」


狂騒夜の終わり 終了

    

   

  

 

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