3-⑦ 白き魔女

注:この物語はフィクションです(以下略)


※前話の最後から少し時間遡ります。


 鬼猿と相対する鈴鹿が仕掛けた。

 古流武術に伝わる間合いを瞬時に詰める歩法『縮地』を使用。

 10m近い間合いを一気に詰め、勢いそのままに担いだ野太刀を鬼猿向けて振り下ろす。

 『縮地』によってついた勢いと、思い切りよく振り下ろす重い野太刀の遠心力、それを全て刃先に乗せて大岩をも叩き割る『斬岩剣』。雑魚鬼ならこれで一刀両断できる。

 しかし、その刃は止められた。鬼猿が野生の勘によって掲げた左腕によってガードされたのだ。

 雑魚鬼ならば一刀両断するはずの刃は、腕の筋肉を断ち切りはしたものの、密度が増して異常な太さになった骨に食い込んだ所で止まってしまったのだ。

「はぁ! 止められた?」

 鈴鹿は驚きの声を上げた。

 これによって仕留めた鬼は数知れず、それを本物の鬼ではないモノに止められるとは驚愕の声も上げたくもなる。

 鬼猿が野太刀を食い込ませたままの左腕を壁に向けて振るう。鈴鹿を壁に叩きつける気だ。

 振り回された鈴鹿だが、空中で体勢を入れ替え壁に足から着地した。

 壁を蹴って、後方に跳ぶ。その勢いで野太刀の刃が鬼猿の腕から抜けた。

「これはちょっと甘く見てたかな」

 呟く鈴鹿。

 妙な薬によって鬼の要素を付加されたとはいえ所詮は猿、と侮っていたのは否めない。

 攻めあぐねていると、鬼猿が右腕を横殴りに振ってきた。

 人と比べ物にならない剛腕を受けるわけにはいかず、バックステップして躱す鈴鹿。

 だが鬼猿は振り切った右腕をバックハンドで戻してきた。踏み出して間合いを詰めつつ。

 裏拳が鈴鹿を襲った。野太刀の腹で反射的に受けたが、踏ん張りが効かずに吹き飛ばされる。

 壁にしたたかに叩きつけられ、息を吐く鈴鹿。

「ぐはっ!」

 床に倒れ込みそうになるのを必死にこらえて立つ。

 打ちつけられた左肩が鈍痛に疼き、左腕にいまいち力が入らない。とりあえず野太刀の保持はできているが。

「どうしました? 鬼退治の専門家の力はそんなもんですか」

 スピーカーから蜂谷の揶揄する声が聞こえる。

「舐めた口聞かないでよね、ヤクザのお坊ちゃん。千年以上に渡り鬼を狩ってきた鬼首の力、見せてあげる」

 野太刀を正眼に構える鈴鹿。

「そうですか、では頑張って下さい。木暮達の方が面白いことになってるようなので、私はそちらを見ます。私が余所見してる間にやられないで下さいね」

 スピーカーから流れる声を聞き流し、鈴鹿は『気』を練り始めた。

 下腹の丹田に意識を集中して、『気』を全身に周回、『気』が全身に行き渡ると、感覚が鋭敏になり、力が漲ってくる。

「さあ、お猿さん。甘く見て悪かったわね。ここからは本気だから。行くよ、小通連!」


※ここからは前話の続きになります。


 山川が目を向けると、そこでは魔戦が展開していた。

 淡い燐光に包まれた野太刀・小通連が閃く度、鬼猿の体が切り刻まれていく。先程、止められたのが嘘のように。

 鬼猿は既に左腕の肘から先を失っていた。残った右腕を縦横無尽に振り回すが、全て躱される。

「ど、どうして? さっきは腕を切れなかったのに?」

 スピーカーから流れる蜂谷の狼狽した声。

「これが鬼退治屋の本気だよ。さ、楽にして上げるから!」

 そう言ってバックステップする鈴鹿。間合いは2m。

「鬼首流剣術『一角』!」

 叫びと共に間合いが詰められ、小通連の切っ先が一角獣の角のように鬼猿の喉に突き立った。そのまま喉を通り頸椎を破壊して後ろに抜ける。

「ガバゲボ」

 喉が破壊されている為に口から出るのは濁った音だけだ。四肢から力が抜け、目からは光が失われる。 

 スッと小通連を抜くと支えを失った体が前のめりに倒れ込んだ。数百㎏の重みで地響きが起こる。

「さあ、次はどうする?」

 鈴鹿は監視カメラに向かって挑戦的に言い放った。

 ガッとスピーカーが鳴り蜂谷の声かと思いきや、流れてきたのは拍手と妙な訛りのある女の声だった。

「面白いショーだった、楽しませて貰ったよ。しかしヤクザは本当に役に立たないな、ガスパティーン・ハチヤ」

「う、うるさい!」

「ここからは私たちが仕切らせて貰う。いいな?」

 スピーカーから蜂谷と女性の会話が聞こえる。

「好きにするがいい」

「良し。同志タワリシチ、出番だ」

 女性の号令と共に、鬼猿の出てきた曲がり角から五人の男たちが現れた。

 迷彩柄の戦闘服に防弾ベスト、顔にはガスマスク、手にはロシア製の散弾銃イズマッシュ SAIGA-12を持っている。

 SAIGA-12が火を噴いた。発射されたのは散弾ではなく、非致死性のゴム弾だ。

 12ゲージのゴム弾が鈴鹿を襲う。非致死性とはいえ、当たればかなりのダメージになる。

 野球の硬球の剛速球をぶつけられているような痛みを感じながら、鈴鹿は男たちからプレッシャーを受けていた。

 先程のヤクザとは比べ物にならない圧力、それは神楽坂から感じるモノに似ていた。

「ヤバい、コイツら軍人だ。長谷部さん、山川さん、ヤクザなんて放っぽって逃げるよ」

 ヤクザに応急処置をしていた山川と長谷部に声を掛け、入ってきた地下への扉の方へと向かう。

 その背に容赦なくゴム弾が襲いかかるが痛みを無視する。走り寄ってきた男二人と共に地下への階段に入り、扉を閉めた。

 階段を転げ落ちるようなスピードで駆け下り、下水への出入り口のある部屋の扉を開く。

 しかし、そこにも奴らはいた。同様の格好のが四人。下水の方から回り込んで来たのだろう。

 ゴム弾のつるべ打ちを食らう三人。

 上から降りてきた五人からもゴム弾の連射を食らい、うずくまる三人。

 男たちが腰に下げていた物を手に取った。小型ガスコンロのガスボンベのようにも見えるそれを、安全ピンを外して三人の足下に放る。

 小さな破裂音と共に吹き出したガスが三人を覆う。

「げほっ。催涙ガスか?!」

 長谷部が叫ぶ。

 しかし、それは喉も目も刺激するモノではなかった。それを嗅いでいると意識が薄れてくる感じがするのだ。麻酔ガスの類いだろうか。

 次々と放り込まれるガスボンベ。

 吸うまいとしていた三人だったが、狭い室内にガスが充満してはどうしようもなく、意識を手放すことになった。

    *   *   *

「そろそろ起きたまえ」

 その声と共に脇腹を蹴られて山川は目を覚ました。

 半分ボケた頭で周りを見回す。

 横に縛られた鈴鹿と長谷部がいる。自分も縛られている。両脇にはロシアのカービンタイプの自動小銃AK102を持った屈強な男が立っている。おそらく脇腹を蹴ったのはコイツらだ。

 金属で覆われた部屋だ。エンジン音がするのと慣性が働いているような感じがするので、トラックの荷台か何かであろう。

 一番奥に色々な計器の付いた鉄製の棺桶のような物があり、それに女性が腰掛けていた。

 プラチナブロンドの髪をベリーショートにした、氷のように冷徹な青い瞳の女性だった。年齢は20代後半か。

 男装の麗人という感じで鈴鹿に似た感じではあるが、鈴鹿が爽やかさを感じさせるのに対し、こちらは正しく永久氷河の如き近寄りがたさを醸し出していた。

 やっと意識がはっきりしてきた三人に女性が口を開いた。

「初めまして、日本の警察官。私の名はオリガ・アレクサンドロヴナ・クリコワ。ま、大抵の者は、こう呼ぶがな。バーバヤガと」

 その声はスピーカーから流れてきたモノと同じだった。

「バーバヤガ? 確かロシアの民話に出てくる魔女だかなんだかだっけ?」

 鈴鹿の言葉に頷き、

「その通り、ロシアの白き魔女バーバヤガ。それが私に付けられた二つ名だ」

 そう言って女性バーバヤガは立ち上がった。

 背が高い。鈴鹿も女性にしては高い方だが、こちらはもっと上背がある。長谷部や山川と大して変わらない長身だ。

「蜂谷興業はどうしたの? そしてアタシたちをどうする気?」

 鈴鹿がバーバヤガに処遇を聞いた。

「君たち日本警察に嗅ぎつけられた時点で、あそこはもう使えない。モルモットと建物はガソリンを撒いて火を着けた。使えないヤクザ共も一緒にな。責任者のハチヤだけは上部組織へのつなぎとして必要だから生かしてあるがね」

 淡々と話すバーバヤガ。

「そして君たちの処遇だが、一言で言うと囮だ。ある男をおびき出すためのね。まあ、あの怪物を正面切って倒した君には興味はあるが」

 鈴鹿に視線を向けるバーバヤガ。

「ある男って誰だ?」

 山川が問うと、バーバヤガは底冷えのする笑みを浮かべ言った。

「カグラザカ」

「隊長を知ってるのか?」

 長谷部が立ち上がろうとすると、脇の男がAK102を突き付けて大人しくさせた。

「昔、戦場で色々あってな。しかし笑ったぞ。日本軍を辞めた後、傭兵になったとは聞いていたが、まさかそこから警察とはな」

 クックッと小さく笑うバーバヤガ。

「日本軍? 神楽坂さんは自衛隊……」

 山川の言葉に反論するバーバヤガ。

「自衛隊ね。アレを軍じゃないと言い張っているのは、当の日本人だけだ」

 自衛隊の欺瞞に対する外国人の鋭い指摘に黙るしかない山川。

 とその時、バーバヤガの着けていた通信機から、

「バーバヤガ! さっきから黒のSUVが追ってきてる。車種は……日本のランドクルーザーだ」

 と報告が入った。

「黒のランクル! 隊長のだ」

 長谷部の呟きを聞いてバーバヤガは、

「釣れたか」

 と笑みを浮かべた。


白き魔女 終了

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます