3-⑥ 殺す気でやれ

注:この物語はフィクションで(以下略)


 前後を強化オランウータンとヤクザに挟まれた状態で戦いは始まった。

「アタシはあのお猿さんの相手するから向こうよろしく」

 そう言って野太刀を手に魔猿の方へ向かおうとする鈴鹿。

「あんな化け物一人で?」

 山川が驚いて声を掛ける。

 鈴鹿が強いのは分かるが、いくら何でも薬で強化された大型類人猿の相手など一人では、と思ったのだ。

 そんな山川の心配も何のその、鈴鹿は言い放つ。

「あの手の奴の相手は慣れてるから。それに聞きたいこともあるし。アタシのことより自分の心配すること。相手殺す気でやりなさい、いい?」

 その言葉にびくつく男二人。

「殺す気って………」

 そう呟いた山川に、

「相手の方は殺す気で来るんだから、こちらも気後れしないようにしないと殺されるだけ。殺しちゃった、なんて後悔は生きてなきゃできないんだよ。不殺ころさずが通用すんのは漫画ん中だけ」

 と強い口調で言い含める鈴鹿。

 口をつぐみ顔を見合わせる山川と長谷部。言い返す言葉が無いのだ。

「生きてこそ、だよ」

 鈴鹿は言いながら、鞘から野太刀を抜き放った。落ちた鞘が重い音を立てる。木製の鞘に黒漆塗りではなく、鉄製の鞘だったらしい。

 長大な太刀を肩に担ぎ、何処とも知れぬマイクに問いかける鈴鹿。

「二つ質問あるんだけど、いいかな?」

 スピーカーから、

「どうぞ」

 と蜂谷の声。

「一つ。流れ着いた死体はお猿さんの食い残し?」

「はい、そうです。凶暴化して以降、肉を好むようになりましてね。薬への拒否反応やらで死んだホームレスどもを与えたら、喜んで食いましたよ。ま、その食い残しの処理を無能な部下に任せたら、呑気に下水などに流すなんてアホやってくれましたが」

 スピーカーから流れる蜂谷の声を聞いて、木暮らヤクザが苦虫をかみつぶしたような顔をした。おそらく処理したのは木暮一派なのであろう。

 どうやら昔ながらのヤクザである木暮と、経済ヤクザである蜂谷の仲はすこぶる悪いらしい。組の跡目争いでもしているのか。

「じゃあ、二つ目。このお猿さんから鬼の匂いがするのは何故?」

 スピーカーから返答はすぐには無かった。  

 五秒ほど沈黙した後で、

「鬼の匂い………貴方には分かるんですか?」

 スピーカーから蜂谷の声。思いっきり警戒している声だ。

「先祖代々、鬼退治を生業にしてるんで鬼の匂いはすぐ分かる。お薬の原料、とても知りたくなってきたなぁ」

 笑みを浮かべながら、スピーカーとその横の監視カメラを見る鈴鹿。

「なるほど。鬼がいるなら、それを退治するる者もいる、道理ですね。それでは、鬼退治屋に私達の製品が通用するかどうか見せてもらいましょう」

 その声の後に響く笛の音を聞いて、魔猿が威嚇の声を上げエキサイトする。

「鬼姫 鈴鹿御前が末裔、鬼首鈴鹿。鬼退治つかまつる!」

 鈴鹿御前。東北の鬼 大嶽丸の愛妾でありながら、初代征夷大将軍 坂上田村麻呂に心奪われて裏切ったとされる鬼姫である。

 鬼の要素を持つ魔猿いや鬼猿と、鬼の血を引く女剣士。勝負やいかに?


 曲がり角に体を隠したヤクザがウージーを撃ってきた。

 慌てて開け放したままの扉を遮蔽にする山川と長谷部。

「お、おい。どうする?」

 長谷部が山川に問う。相手を殺す気でやるのか、という意味を含んだ問いだ。

「ど、どうするって。お前はしたことあんのか、人を殺したこと?」

 扉の陰に必死に隠れながら、長谷部に問い返す。

「あるわけねーだろ!」

 長谷部が怒鳴る。

「くそ、二係の連中、みんなそうだ。気軽に言いやがる」

 長谷部の愚痴を聞きながら、扉の陰から顔を覗かす山川。

 途端にウージーの弾丸が飛んできて、鉄製の扉に甲高い音を立ててへこみを大量生産する。

 目の前を弾丸が横切ったのを見て、顔を引っ込める山川。

「化け物相手にするだけじゃなかったのかよ。人相手の殺し合いなんて出来るか!」

 こんな事をするために警察に入ったんじゃない。悪事を働く悪人を捕まえ弱き者を守る。その為に警官になった。それが何故どうして。

 山川の頭の中で思いがグルグルと回っていた。心臓の鼓動もロックのドラムのように早くなっていく。息づかいも浅い呼吸を繰り返していた。

 「山川!」

 グダグダになっていた山川の思考を長谷部の声が切り裂いた。

「文句言ってもしょうが無い。やるしかないんだ」

「だ、だけど!」

「手を狙うんだ! 銃持ってる角から出てる手を!」

「ても、頭にでも当たったら」

「それは仕方ない! 鈴鹿さんの言ったとおり生き延びなきゃ後悔もできない!」

 長谷部は言い切った。

 その言葉を聞いた山川は浅い呼吸を止め、目を閉じて深く息を吸い込んだ。

 肺の隅々に空気を行き渡らせて、今度は全てを吐き出す勢いで息を吐く。

 目を見開き、

「そうだな。生き延びてこそだな」

 と長谷部と視線を交わす。

「俺がMP5で牽制するから、拳銃で奴らの手を狙ってくれ」

 と長谷部に指示を出す。

「分かった」

 頷いて散弾銃ショットガンレミントン M870を床に置き、腰から回転拳銃リボルバーS&W M686を抜く長谷部。

 その横で山川は短機関銃サブマシンガンH&K MP5を構えた。

 H&K MP5、短機関銃の革命児。それまでの短機関銃とは違う機構を使用し、命中精度が格段にアップした。これによって短機関銃は弾丸をばらまくモノから当てるモノに変わったと言われている。

 S&W M686、ステンレス製の回転拳銃。使用弾薬は、次元のコンバット・マグナムM19やシティハンターのコルトパイソンと同じ357マグナムだ。

「良し、いくぞ」

 かけ声と共にMP5の引金トリガーを引く。

 連続した銃声が廊下に響き渡り、銃弾の雨がヤクザの隠れている曲がり角を襲った。

 モルタルの壁を削る銃弾。隠れているヤクザが悲鳴を上げる。

 たちまちバナナ型弾倉マガジン30発が空になった。急いで弾倉マガジンをチェンジする。

 その隙を好機と見てヤクザが顔を出した。ウージーをこちらに向けてくる。

 だがそれはわざと作った隙だった。待ち構えていた長谷部がヤクザの手を狙って撃つ。

 マグナム弾は狙い過たず一人の手に当たり、ソイツはウージーを取り落とした。

「尾村、下がれ!」

 木暮が奥に行くよう促す。それに従って撃たれた男が消えた。一昔前のヤクザなので部下を大事にしてるのか。

「畜生! やりやがったな」

 残る一人が激昂に駆られ、ウージーを乱射しながら角から完全に飛び出した。

 一人撃たれたぐらいで興奮して遮蔽物の陰から出てくるとは、素人と大差ない。蜂谷が『脳筋』と蔑むのも分かる気がする。

 すかさず、長谷部が撃つ。今度は足を狙ってだ。

 男の右足の太腿に着弾。苦鳴を上げて倒れ込む。ウージーが手から離れて床に転がった。

 山川は長谷部の銃の腕に内心で舌を巻いていた。訓練で見ていて上手いな、と思っていたが実践でこれだけやれるとは思っていなかったのだ。

 それに比べて、自分の不甲斐なさに腹が立つ。確かに一般捜査では一日の長があったので役に立った。だが先程はびびって泣き言を言う始末。これでは鈴鹿に使えない男扱いされてもしょうが無いではないか。

「おぉ」

 雄叫びを上げてMP5を撃ち続ける。それが仲間の長谷部の支援になると信じて。

 残る木暮の周囲にMP5の銃弾が着弾する。曲がり角の陰に身を隠す木暮。

「木暮、残るは貴方一人です。勇ましく散りなさい」

 スピーカーから無情な蜂谷の声が流れる。やはり、この二人仲が悪いらしい。

「うるせぇ! てめぇはそうやって、いつも安全な所からほざきやがって!」

 木暮が吠えた。

「上への上納金すらまともに払えていなかった時代遅れの極道が囀るなよ。今の時代はね、頭の中身がモノ言うんだ。脳筋の馬鹿はやれること無いんだから、汚れ仕事だけやってりゃいいんだ」

 蜂谷の声に木暮は切れた。

「この青瓢箪! オヤジの息子だからっていい気になりやがって! ぶっ殺す!」

 現代ヤクザと昔のヤクザの縮図がここにあった。法律の網の目をかいくぐり金を稼ぐ経済ヤクザと、暴対法により雁字搦めになってシノギもままならなくなった昔のヤクザ。

「くそっ、やってやるよ! コイツらぶっ殺したら次はてめぇだ!」

 叫んで角から顔を出した木暮の額に銃口が当てられる。山川の構えるP226の銃口だ。

 言い合いに夢中になっている内に間合いを詰めたのである。

「撃ち合いしてる最中に内輪揉めしてんなよ」

 そう言いながら長谷部が、木暮の手からウージーを取り上げた。木暮の両腕を後ろに回し、バンドで拘束する。

 これでこちらは終わった。  

「この事件終わったら、神楽坂さんに訓練付けて貰おう」

 そう思った山川の耳に、今までは銃撃戦の緊張で頭に入ってこなかった反対側の音が聞こえてきた。

 目を向けると、そこでは魔戦が展開していた。


殺す気でやれ 終了

 

 


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