2-⑧ レイジングタイガー(怒れる虎)

注:この物語はフィクションで(以下略)


 大広間の入り口にが現れた。

 2Mを越す巨軀の発達した筋肉を覆うのは黄地に黒い縞模様の毛皮。体の上に乗る頭部はまさしく虎のもの。中国の古い話に出てくる人虎であった。

 グルルと喉を鳴らし、人虎は大広間を見回す。その視線が川原と弥生を見つけ、安堵の表情を見せた(ように見えた)。

 周りを取り囲んで様子を見ていた子分河童の一匹が意を決して人虎に襲いかかる。

 人虎の右手が一閃。研ぎ澄まされた爪が河童の顔をズタズタに引き裂き青黒い血の花を咲かせた。

 そこから先は戦いではなく殺戮だった。

 人虎の腕が、脚が、牙が踊る度に河童の死体が増えていく。

 ある者は胸を貫かれ、ある者は股間を蹴り潰された。

 河童の首に食らいつき大量の肉を噛みちぎる。首筋から吹き出した血が体毛を青黒く斑に染めた。

 口中の肉片をぺっと床に吐き出し吼える。

 恐れをなして遠巻きにし始めた群れの中から小柄な河童が飛び出してきた。もしかして子供の河童か?

 仲間を虐殺した自分を恐れもせずに向かってきた子河童の顔面をアイアンクローで鷲掴みにする人虎。そのまま最上段に高く持ち上げた後、一気に振り下ろす。

 勢いよく後頭部を地面に叩きつけられ、頭の鉢を割る子河童。脳漿が青黒い血と共に飛び散った。ビクビクと痙攣する手足。

「子供だろうが容赦はしねえ。お前らが数百年間してきたことのツケ、しっかり取り立ててやっから覚悟しろ。全部まとめてあの世行きだ!」

 お前らは一匹残らず全て殺す。子供だろうが容赦はしない。

 その意思を明確に示した後、右手を掌を上に向けて差し出して指をクイクイと動かす。

「死にたくなきゃ掛かってこい。俺を殺すしかお前らの生き延びる道はねえぞ」

 その言葉を機に遠巻きにしていた河童が再び人虎に殺到した。

 一匹が背後から襲いかかり羽交い締めにする。仲間の快挙に奇声を上げ、前の方からは二匹の河童が向かってきた。

 慌てずに対処する人虎。右前から来る河童の腹に前蹴りを喰らわして内臓破裂で悶絶させ、左の河童には振り上げた左拳の鉄槌(小指側)を叩きつけて皿を割った。

 慌てる背後の河童。体を羽交い締めにしているその腕を掴み爪を食い込ませる。

 激痛に暴れる河童の腕に充分に爪を食い込ませ、そのまま肉を引きちぎる。

「ゲヤ!」

 悲鳴を上げながらたまらず腕を放す河童。すかさず人虎が放った肘打ちを食らい昏倒する。


 人虎の戦いを見た虜囚の女たちが歓声を上げていた。

 自分たちを数百年に渡り弄び苦しませてきた河童どもが見る見るうちに屠られていく。その光景に絶望に凍り付いていた心が沸き立つ。

「な、なんじゃ。あの獣とも人ともつかぬ者は一体」

 おババが呆然と呟く横で、女たちが長年上げたことのなかった喜びの声を上げる。

「河童がどんどんやられてく」

「やっちゃえ! 河童なんかやっちゃえ!」

 人虎の動きを見ていた弥生が眉をひそめ呟く。

「猟兵……くん?」

 そう、人虎の戦い方は微妙な違いこそあれ、猟兵に酷似していた(同一人物なので当たり前だが)。

「そ、あれは猟兵君のもう一つの姿。不死身の虎男」

 川原が弥生を横目で見ながら説明する。

『あ~、これで猟兵君の恋も終わった。アレ見て怖がんない子いるわけないよねぇ、知ってるあたしですら怖いもん』

 同僚の恋の終わりを確信する川原の横で弥生は目を輝かせて呟いた。

「私を助けに来てくれたの?」

 その声が喜びに弾んでいるような気がして、川原は恐る恐る聞いた。

「うん、まあ助けに来てくれたとは思うんだけど……怖くないの、アレ?」

 それに対して弥生は言い切った。

「確かに見た目は怖いけど。でも私を守ると言ってくれた! そして河童の棲み家にまで私を助けに来てくれた! それだけで嬉しい」

「う、うん……弥生さんがいいならいいんだけど」

 川原は心の中で『これが世に言うヤンデレって奴?』と思ったが口には出さない。傍目から見てどうであれ、本人が幸せならそれでいいじゃないか。そう思う川原だった。  

 

 半数以下に数を減らした河童たち。

「ゲー!」

 奇声を上げて河五郎が前に出てきた。

 子分河童を下がらせ、人虎の前に立つ。

「は、やっとお出ましか河童の大将。こっちはウォーミングアップは済んでる、さっさとやろうぜ」

 人虎がそう言うと河五郎が相撲の体勢を取った。また、ぶちかましか。

 対する人虎は、両脚を肩幅より広く開いて待ち構える。

「ゲッ!」

 奇声と共に河五郎の巨体がダッシュ、人虎に向かって突進する。

 先程は弾き飛ばされたが、体は一回り大きくなり体重も増加している。人虎は河五郎のぶちかましに耐えた。

 少し後ずさりしただけで河五郎の巨体を受け止め、がっぷりと正面から組み合う。

「うおおおっ!」

「ゲー!」

 2匹の魔獣の咆哮が轟く。

 力比べは均衡しているように見えた。が、やはり上背と体重の勝る河五郎の方が押し始めた。

 押されて徐々に上体を反らしていく人虎。そのまま押し切られるか、と思われたが反撃に出る。

 河五郎の首に大きく口を開けて噛みついたのだ。太い牙が、首の筋肉をモノともせずに食い込む。

 ブチブチと鈍い音を立て食い破られる河五郎の首筋。頸動脈から血が吹き出る。

「ゲ、ゲー!」

 奇声を上げ暴れる河五郎。たまらず腕を人虎の後頭部にやり引き剥がそうとするが、それは人虎の腕により迎撃され打ち払われた。

 人虎の左拳が河五郎の腹に当てられる。隙間はほぼ無く密着していると言っていい。

 その状態から一撃が放たれる。強烈なボディブロー。

 中国拳法で寸剄、ボクシングでワンインチパンチと言われる技だ。ほぼ密着状態からノーモーションで強烈な打撃を放つ。

「ゲバッ!」

 河五郎が苦鳴を漏らす。その動きは徐々に鈍り始めていた。

 頃合いと見たのか、人虎が最後の猛攻に出た。

 首筋の肉を盛大に噛みちぎり、バックステップ。血の吹き出る首を押さえてよろめく河五郎。

 肉を吐き捨てて人虎は跳ねた。空中前方宙返り。遠心力のついた踵を河五郎の頭の皿に思いっきり叩きつける。空手の浴びせ蹴りだ。

 皿が割れるどころではなかった。皿を粉砕した重い踵は頭頂部にめり込み、中の脳に致命的なダメージを与えたのだ。

 鼻と口から血を吹き出しながら後ろに倒れる河五郎。四肢が死の舞踏(ダンスマカブル)を踊る。

「河五郎に勝った」

「やったぁ」

 虜囚の女たちから歓声が上がった。抱き合い、喜びの声を上げる。

 残った子分河童はそれと対照的だった。大将の河五郎が敗れたことにより恐慌状態に陥り、我先に広間の入口の方に殺到する。外に逃げようと言うのだろう。

 だがそれはかなわない。広間の入口には神楽坂が来ていた(ダイビング用のウェットスーツを着用)。人虎に怯え逃げようとしていた河童に容赦なくHK416の銃弾を浴びせる。

「1匹でも漏らしたらことだからな」

 そう言いながら河童の群れに銃弾を叩き込んでいく。

 群れの後ろからは全身の体毛を青黒く染めた人虎が幽鬼の如く迫っていた。

 もはや河童どもの運命は全滅しか残っていない。


 全てが終わった。

 大広間にひしめいていた百匹を超す河童の群れは、人虎と神楽坂の手によって殲滅されていた。

 荒い息を吐く人虎に弥生は歩み寄った。

 それに気付いた人虎が気まずそうに顔を背ける。

 弥生の手が伸び人虎の頬を撫でる。

「ありがとう……守ってくれてありがとう」

 万感の思いのこもった感謝の言葉。誰も守ってくれなかった自分を助けに来てくれた、守ってくれた。例え普通の人間でなかったとしても、それだけで充分だった。

「そうか。あの虎のの子は、あの娘を助けに来たのか。ええのぅ、儂らには誰も来なかった」

 2人の様子を見て、おババが心底羨ましそうに呟いた。他の女たちも同様だ。

「さて川原、その人たちは?」

 2人は放っといて、神楽坂は川原に聞いた。

「歴代の拉致被害者ですよ、隊長」

 川原が事情を説明する。

 それを聞いて頭を抱える神楽坂。

「戦国から生きてる人もいるとはな」

「なんとかして全員、外の世界に戻してあげなきゃ」

 それに対して、

「儂らを連れてく必要は無いぞ」

 おババが言った。

「え、どうして? おババ様」

 川原の問いに答えるおババ。

「主である河五郎が死んだ時点で、それが繋ぎ止めていた儂らの呪われた生も終わりじゃて。後はこのまま崩れ去るのみ」

「で、でも」

「儂らはもう人としては死んでるのじゃ。だがの、儂らは満足しておる。儂らのことは誰も助けには来なかった。じゃが、あの弥生という娘には助けが来た。その助けに来た男の子が河五郎を倒した。それで満足して逝ける。のう、みんな」

 おババの言葉に虜囚の女たちが頷く。

 若い娘のリーダー格が、

「おババ様の言うとおりです。同じ生け贄のはずのあの子が助かった、それだけで私達は満足して死ねます。だから貴方たちだけで外の世界に帰ってク下さい」

 と川原に言った。

「それでも、命を長らえることができるかもしれないし、人間に戻すことだってできるかも……」

 と言いつのる川原を神楽坂が止める。

「こんな状態で外に出す方が残酷だ。分かれ、川原」

 神楽坂の言葉に俯いて黙る川原。

「地底湖のとこにゴムボート用意してあっから、お前と弥生さんはそれに乗れ。猟兵、お前は体洗いがてら地底湖に入ってボート押せ。俺はちょっと残って河童調べてく」

 指示を出す神楽坂。

 

 3人が広間から出たのを見送ってから、神楽坂はおババに言った。

「さて婆さん、なんか言いたいことあるんだろ?」

 先程、おババから何か言いたげな視線を感じたのだ。

「うむ、お主にな頼みたいことがある」

「ま、できる範囲で頼みますよ」

 おどけて言う神楽坂に、

「儂等を楽にしてくれんかの。あの川原という嬢ちゃんにはああゆうたが、河五郎が死んだからと言って儂等が死ねる保証は無い。じゃから頼む。儂等の呪われた生を終わらせてくれ。あの虎の子には無理じゃろうが、お主ならやってくれるはず」

 そう言っておババは頭を下げた。

「そんなとこだろうと思った。まあ、アイツらにやらせられんわな。他の人も同じ意見か?」

 女たちは皆、頭を縦に振った。

「そうか、分かった。楽にしてやる」

 溜め息をつきながらウェットスーツの内側から自動拳銃オートマチックHK45を抜く神楽坂。

 銃声が虜囚の女性の人数分、広間に鳴り響いた。

 

レイジングタイガー 終了



 

 




 

 


 

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