第2章 河五郎退治

2-① 刑事部長からの仕事

注:この物語はフィクション~(以下略) 


 凪野が愛車アストンマーチン DBSスーパーレッジェーラで出勤すると、駐車場に見慣れぬ車があった。

 ダッジ チャレンジャーSRTヘルキャットRED EYE。アメリカのマッチョイズムを体現するマッスルカーだ。

「誰の車だ。これ…」

 凪野はそう言いながら、しげしげとチャレンジャーの周りを回りながら観察する。

「こんなマニアックな車、誰が…」

 自分の愛車がスーパーカーと呼ばれる類いの車であることを棚に上げて呟き、駐車場を見渡す。

「いつものみんなの車はあるから、甘ちゃんの山川刑事のか。普通そうに見えたけど結構マニアなとこあんのかな?」

 そう言いながら、向かって左の二係棟に入る。

「おはようさん!あの新しい車、山川さんの?」

 二係執務室に入り挨拶の声を上げる。

「おはよう、またギリギリか」「おはよう、遅えぞ」

 既に出勤していた神楽坂と九堂が返事を返した。どうやら遅刻寸前だったらしい。

「間に合ったんだからいいじゃないすか。で、あのアメ車…」

「あ~、お前の言うとおり山川のだ」

 係長席に座って新聞を読みながら、神楽坂が答える。

「やっぱ。しかし、あんなマニアックなマッチョなアメ車、良く乗るわ」

 自分の席の机上に荷物のボストンバッグを置き、脱いだジャケットを椅子の背もたれに掛けながら笑う凪野。

「イギリス製のスーパーカー乗ってるお前が言えた義理か」

 すかさず九堂からツッコミが入る。黒一色の革ジャン・革パンツ・革ブーツで固めており、机上にはこれまた黒いモトクロス仕様のヘルメットが置いてある。

「何かな、親父さんが古い洋ドラが好きで、それに出てくるアメ車に憧れてたんだと。でウチは乗る車の購入代金立替、分割で給料から天引きっつったら、アレ買ってきたそうだ。坂崎さんが呆れてた」

 くわえた煙草にジッポーのライターで火を付け、苦笑する神楽坂。

 ちなみに一係棟は禁煙だが、二係棟は禁煙ではない。責任者の神楽坂が喫煙者なこともあるが、二係のメンツにそんなこと気にする奴はいないだけのことである。

「へえ、それはそれは。真面目一辺倒で絡みづれえと思ってたけど、結構話合うかも」

「今、一係の方、行くんじゃねえぞ。お偉いさんが来てるからな」

 腰を浮かしかけた凪野に神楽坂が釘を刺す。

「お偉いさん? 課長が珍しくこっち来たの?」

 めったに分室には来ない課長が来たのかと思った凪野に、

「それより上、冬木警視監。刑事部長の」

 九堂が言う。

 警視監、警視庁のトップ警視総監のすぐ下の階級で、副総監とか各部の部長などを務めるエリートである。

「ほえ?課長と一緒に来たの?」

「いや課長通り越して直接ウチに来たらしい、事件ヤマの話持ってな」

「うわ~、うさんくせ~。絶対なんかある」

「つーか、確か冬木刑事部長ってウチ目の敵にしてなかったっけ?」

 神楽坂の言葉に顔を見合わせながら、言いたい放題の凪野と九堂。

「そういや、まだ帰って来れないんすか? 鈴鹿姐さん」

 と微妙な雰囲気を変えるため、この場にいない二係員最後の一人、鬼首鈴鹿のことに話題を切り替える凪野。

「ああ、鎮魂の儀式がことのほか手間取っているみたいだな」

 鬼首鈴鹿は、鎮魂の儀式を行うために東北の実家に一時帰っていた。もう一ヶ月になる。

「そんなに手こずってんですか?」

「ああ、やはり大震災のせいで地脈もかなり弱っていて、鎮魂の儀が上手くいかないって言ってた」

 まあ俺にはよく分からんが、と続けながら鬼首鈴鹿の状況を説明する神楽坂。

「封印した奴を大人しくさせる為に定期的に鎮魂の儀式を行うって馬鹿らしくねえかな。ひと思いに滅ぼしゃいいのにって思わね?」

 そう凪野が九堂に言うと、

「俺に聞くなよ。そうゆうのは御使いのお前の方が詳しいだろ」

 と言い返される。

「御使いの中で封印を得意にしてんのは、地と水、富岳と水鏡の両家だからな。火と風は基本的に滅ぼすだけだよ」

 ふて腐れたような表情で九堂に告げる凪野。

 その時、呼集が掛かった。

「課員全員、会議室へ集合。会議室へ集合」

     *   *   *

 数分後には会議室に課員全員が集結していた。

 全員いるのを確認してから結城が口を開く。

「さて諸君、仕事だ。それも冬木刑事部長が直々に持ってきて下さった有難~い事件ヤマだ」

 その含みのある言葉に課員のほとんどが失笑を漏らす。

「場所は長野県の五郎沢村で…」

「五郎沢村? 聞いたことないな」

 凪野がボソッと漏らす。

「ああ、観光名所も無い田舎らしいからな。で、そこに最近、河童が出るらしい」

 結城の説明に又も凪野がツッコミを入れる。

「河童って、頭に皿があって甲羅背負ってる、あの河童?」

「凪野。逆に聞くが、それ以外の河童っているのか?」

「いませんね」

「ならイチイチ聞くな。この河童は、村近く渓流の五郎沢に生息すると言い伝えられていたそうだ。名前を河五郎」

 五郎沢に棲むから河五郎なのか、河五郎が棲むから五郎沢なのか、どちらなのか。

「別に出没しただけならウチに話は来ませんよね? 結城係長」

 神楽坂が結城に問う。

「ええ勿論です。この河五郎、村内の女性のストーカーをしているらしいんですよ」

 そう言いながら、結城は写真を一枚ホワイトボードに貼り付けた。

 写真は女性の写真で、ロングヘアで垂れ目の頬のふっくらした女性が写っていた。

桐生きりゅう弥生やよいさん、25歳。村役場の事務をしているんだが、この人の家の周りで足跡が多く見つかっているそうだ。窓ガラスにも奇妙な手形が」

 足跡と手形の写真が貼られる。

 水かきのある足跡で、一緒に比較対象として写っている煙草の箱と比べてみるとかなり大きい。明らかにこの足跡の持ち主は、並の人以上の体軀を有していると推測できた。

 手形の方も水かき付きで、煙草の箱と一緒に写っているが大きい手形だった。

「でこの河五郎なんだが、言い伝えによれば過去に何度も村娘を拐かしているそうだ」

 村の言い伝えでは、百年に一度位の割合で、村の娘を攫い嫁にするという。

「ん、どうした猟兵、ボーっとして?」

 九堂がホワイトボードをじっと見ているのを凪野が訝しげに突っつく。

「な、何でもねえよ! それにしても、河童の分際で人の女攫って繁殖すんのかよ」

 慌てて取り繕ったように発言する九堂。

「人の女性を孕ませて繁殖する物の怪は結構いるぞ」

 凪野の言葉に川原が可愛い顔をしかめた。

「マジ、それ?」

「うん、マジ」

 意地の悪いニコニコ顔で川原に言う凪野。

「という訳で、我々の今回の仕事は、桐生さんを河童から守ることだ」

 そう言う結城に神楽坂が確認する。

「河童を捕獲? それとも排除?」

「過去にもやらかしてるみたいだから排除ですね」

「了解。となると河童との交戦が前提だから…」

 神楽坂が向かう人員を選定しようとすると、

「俺、パス。んな田舎、行きたくねえ」

 凪野が行くのを拒否った。

 一係は警察官で構成されているため、命令は遵守しなければならないが、二係は外部協力者の集まりの為、幾らかの拒否権を有するのだ。拒否してばかりだと契約解除になるが。

「あ~、そう言うと思ったよ。猟兵は…」

「俺は行きます」

 九堂は即答だった。

「良し、二係からは俺と猟兵だな」

 それを受けて、結城は一係のメンツを見渡して思案する。

「道案内として俺は当然でしょう」

 坂崎がそう言うと、

「いいんですか?」

 結城が気兼ねするように坂崎を見る。

「あの人が直接ウチに話持ってきた時点で、俺に行けって言ってんですよ」

 坂崎が苦笑いしながら言う。

「じゃあ俺も行きます」

 山川が手を挙げるが却下される。

「駄目だ。坂崎さんがいない間は、お前と三島が捜査の主体だ。行かせられん」

 残念そうな顔をしながら手を下ろす山川。

「後は…」

 結城の目が長谷部を向いた時、

「あたしあたし! 川原舞、行きま~す!」

 川原が元気よく手を挙げてアピールした。

「いや川原、お前が行っても…」

 田舎の村にサイバー専門の川原が行っても役には立たない、そう思って却下しようとした結城だったが、

「女の人守るんだから、こっちも女いた方がいいですよね。すぐそばで守れるし、一緒に寝泊まりできるし」

 という川原の主張に、それもそうかと五郎沢行きを許可する。

「それにあたしもたまには外に出たいし」

「それがホンネか!」

 川原のぼやきに皆で突っ込む。

 

 こうして、五郎沢村の河童退治は始まった。


Go to 五郎沢 終了

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