1-③ 跳梁する妖精

注:この物語はフィクションで(以下略)



 山川と三島は三階に来ていた。


「あの三島警部補、聞き込みに行かなくていいんですか?」


 と問う山川に対し、


「その前に山川君の武器、決めなきゃいけないでしょ?」


 と答え、三階の一室の前まで歩く三島。

 他の部屋とは違い、ゴツい鋼鉄製のドアで見たところ鍵穴が無く、これまたゴツい取っ手の脇にタッチパネルとテンキーがある。


「ここが武器庫。覚えといてね」


 言いながら、タッチパネルに右手の掌を当て左手でテンキーを操作する。

 ピーという電子音の後、重々しい音を立て開いていくドア。掌紋認識とコード入力の二段構えのセキュリティになっているらしい。


 三島が室内に入っていく。慌てて後を追った山川は驚愕した。


 警察の武器庫などとは比べ物にならない。

 自動拳銃オートマチック回転式拳銃リボルバーなど拳銃だけで数十丁、他にもアクション映画でしかお目にかからない短機関銃サブマシンガン自動小銃アサルトライフル狙撃用小銃スナイパーライフル散弾銃ショットガンなどがズラリと並んでいる。

 奥の方には、それこそ戦争映画でしか見ないような代物、もはや武器ではなく兵器の範疇に入りそうな物が見える。


「で、山川君はなんか希望ある? 映画で見たからこれ使いたいとか」


 室内を見渡して目を白黒させている山川に、三島が問いかける。


「い、いえ、銃とか全然分かりませんから。映画とかでも特に気にしてないんで」


 正直に答える山川。


「そっか。じゃあ、坂崎警部と同じのでいいか。SIG P226ね」


 そう言って三島は一つの拳銃を手に取った。

 SIG P226、スイスのSIGアームズ社製の9㎜パラベラム弾を使用するオートマチックである。

 1980年代後半に行われた米軍の制式拳銃のトライアルに参加するも、イタリア ベレッタ社のM92に破れた。

 が、その堅実な作りを評価され、海兵隊やその特殊部隊シールズなどに採用されている銃だ。


「坂崎さんも、これなんですか?」


 銃を受け取り握り具合などを確かめながら山川が問う。


「ん~、坂崎さんも『銃なんか分からん』とか言ってたから、係長が『それなら警察で使っていたSIG P230JPと同じようなのがいいだろう』って、同じSIGのP226に決まったんだよ。ちなみに係長も同じだよ」


※当作品世界では、制服警官は回転拳銃リボルバーのミネベアM360J SAKURAを、私服刑事やSPなどは自動拳銃オートマチックのSIG P230JPを使用しています。


 山川に説明しながら、自分の銃の具合を確かめる三島。

 三島の銃は、ドイツのワルサー社のP99である。

 9㎜パラベラム弾使用の極めてコンパクトに作られたオートマチック。

 撃鉄ハンマーの無いストライカー方式で、撃発可能状態を示すコッキングインジケーター、薬室チャンバーに弾丸が装填されていることを示すローディングインジケーターなどという安全面に配慮した機構が付いており、007ジェームズ・ボンドの愛銃2代目として有名である。


「230じゃ駄目なんですか?」


 山川の疑問に


「230って弱装弾でしょ、ウチの部署の相手には効かないよ。まあ、9㎜パラでも心もとないけど。だから、長谷部くんは357マグナム弾のリボルバーM686を持ってるし、二係の係長の神楽坂さんは牛殺し45ACP弾のHK45だしね。一番凄いのは猟兵くんだけど」


 と三島の説明が続く。


「猟兵くんって、この前坂崎さんと一緒にいた…」


「そ、ウチで一番ゴツい子。彼のはレイジングブルって言ってブラジルの銃なんだけど、454カスール弾っていう凄い弾使うんだよね」


 けらけら笑いながら課員の使用する銃の説明をする三島。


「ホントだったら試し撃ちさせてあげたいけど、時間が無いから聞き込みから戻って来てからね」


 そう言って山川を促して退室し、武器庫のドアを閉める。


「ここの武器庫のセキュリティ登録は係長二人の承認が必要だから、この事件が終わってからして貰ってね」


 拳銃を左脇のホルスターに収めて階段を降り駐車場に向かう。

 三島の愛車ダイハツのムーヴキャンバスに乗り込み、出発する。


「坂崎さんからも言われたと思うけど、山川君も自分の車を買いなね。ウチ、公用車無いから」

「買わなきゃ駄目ですか」

「うん、みんな自分の車なりバイクなり持ってるよ」


 と言うような会話を交わしながら千代田区の聖メリーアン女学院に向かう。


    *   *   *


 坂崎は神田警察署の刑事課の部屋にいた。


「それまで笑って喋っていたのに、いきなり悲鳴上げて車道に飛び出した、か…」


 一緒にいた同級生の証言の書かれた供述調書を読んで唸る。

 学校帰りに神保町に寄り、三省堂で本を買った。いつも通りにたわいも無い話をしていたら『何かに引っ張られてる』と突然悲鳴を上げて、止める間もなく車道に飛び出して車に轢かれた。それが証言である。

 神田警察署の刑事が胡散臭そうに坂崎を見ている。こんな面妖な事件を調べに来るなど、普通の刑事からすれば邪魔以外の何でも無いのだから当たり前だ。坂崎の方もいつものことなので気にしてないが。

 坂崎が調書をあらかた読み終えた時、奥に座っていた刑事課長が立ち上がり、


「坂崎、ちょっといいか?」


 と声を掛けた。

 刑事課長に促され、喫煙室まで移動する。人払いをしてベンチに座り、煙草を吸い始める二人。


「煙草を吸うもんは肩身が狭くなったな、坂崎」

「ああ、ヘビースモーカーには辛い時代になった。…で話があんだろ、代田さん」


 二人は昔からの知り合いだった。20年ほど前に千代田区と新宿区にまたがる事件があり、その合同捜査本部で一緒に動き、それ以来の付き合いだ。


「新宿署の鬼警部と呼ばれたアンタが、あの藤原参事官付きにされちまうとはね、上も何考えてんだか…。まあいい、この件に関する俺の知ってる情報を教える。が俺が言ったってことは…」

「誰にも漏らさねえよ、情報元ばらすなんざ刑事失格だ」


 喫煙室で二人の会話が続く。


「この件だがな、被害者マルガイはもう一人いる」

「なんだって?」

「3週間前に、聖メリーアン女学院の校舎の4階の窓から生徒が転落死している。それだけだとただの事故に思えるが、教室にいた生徒の中に妙な証言をしたのが何人かいた」


 坂崎が目で先を促す。


「その生徒たち曰く『何かに持ち上げられて窓の外に放り出されたように見えた』とな。どうだ、今回と似てるだろ? しかもその落ちた生徒は今回のマルガイの同級生だ」


 吸っていた煙草を水の張ってある灰皿に捨て、考え込む坂崎。


「同じ学校の同級生が続けざまに、見えない何かによって死に追いやられた、か…まあ、確かに繋がるな。でその転落死、どうなったんだ?」

「証言は黙殺され事故死扱いだ、上から圧力掛かってな」


 煙草の煙を吐き出しながら淡々と言う代田。


「何で女子高生の転落で圧力が掛かる?」

「聖メリーアン女学院はお嬢様学校だ。その保護者とかには政財界のお歴々が結構いるのさ。で、その保護者に働きかけて警察に圧力を掛けたんだよ、ただの事故死にするようにって学校側が。ま、風聞を恐れてかな」

「生徒が何かに窓から放り出されたなんて言えねってか、評判悪くなるし。たあ、しょうもねぇ」


 大して吸っていなかった2本目の煙草を灰皿に捨てて坂崎は立ち上がった。


「代田さん、貴重な情報ありがとう。今度また飲みに行こう、俺の奢りで。じゃあな」


 代田に挨拶をし、神田警察署を後にする坂崎。しばらく歩いて神田警察署から離れた所で、スマホを取り出し連絡を入れる。


「あ係長、こちら坂崎です。神田警察署での情報ですが、マルガイの同級生が3週間前に学校で不審な転落死をしています。まだはっきりとは言えませんが、マルガイのクラスを徹底的に調べるべきかと」

「そうか、分かった。現場に行った長谷部と凪野からの報告だと、濃い霊気を感じたそうだ。とにかく学校に行った三島と山川に、マルガイのクラスの子達に聞き込みをするように伝えておこう。坂崎さんも学校に向かってくれ」

「了解です」


 通話を切って、元来た道を戻る坂崎。警察署の駐車場に車が置いてあるのを思い出したからだ。


      *   *   *


「分かりました。それでは職員の方にマルガイのクラス3-Aの生徒を呼んで貰い、聞き込みを開始します」


 結城の連絡を受け、返答する三島。


「それでは校長先生、3-Aの生徒の子を呼び出していただけますか?」


 物腰と口調こそ穏やかだが、笑っていない目からの眼光と全身から醸し出される圧力が、相対する聖メリーアン女学院の校長を絡め取り萎縮させていた。


「これが三島警部補の本当の姿か」


 山川はそう思ったが、当然口には出さなかった。女性の前で、うっかり口を滑らしたらどうなるか。数少ない女性との付き合いで得た真理である。

 校長が圧に耐えかね口を開きかけた時、ガラスの割れる音がした。

 上の方だ。女子の悲鳴も聞こえる。

 山川は校長室を飛び出し、階段を駆け上がった。悲鳴の発生源を目指す。

 途中で駆け下りてきた女子生徒とすれ違う。皆、パニック状態だ。

 最上階の4階、そこで惨劇が発生していた。

 逃げ惑う女子生徒に大量の羽虫いや妖精が群がっている。少女達の顔や手首などの表に出ている部分が血だらけなのは囓られているのか。


「こ、これは一体…」


 一瞬非現実的な光景に呆然とした山川だったが、スーツの上着を脱いで少女達に群がっている妖精をはたく。


「早く下に逃げるんだ」


 あらかた妖精が取れた少女達に避難を促し、妖精が密集して壁のようになっている奥を見据える。壁の向こうからは女子生徒の悲鳴が聞こえていた。

 すぐ横の教室が3-Bとなっているから、妖精の壁の奥が3-Aのはずだ。

 上着を頭から被り、妖精の壁に突っ込む。たちまち妖精が群がり、指や手の甲が囓られるが痛みを無視して突っ切った。

 果たして壁の向こうの光景は…



跳梁する妖精 終了




 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます