第15話 ポンコツ勇者な僕。

「ほんとにあのお姉さんは誰だったんだろう....」




 リビングで腕を組みながら胡坐をかいているナオト。先日出会ったタイ焼き屋のお姉さんの正体が未だにわからず、




『次来る時までに思い出しといて』




 という言葉が頭に残っている。そのためお姉さんのことが思い出せないままヒロトとあやのを連れて行くわけにはいかないと、会いに行くのをためらい続けていた。その結果、実に一週間以上が経過していたのである。




「そろそろまずいよな....」




 女性との約束をすっぽかしている状態のナオト。しかも連絡先を交換したわけでもないので相手の心配や不安の大きさは大体予想がつく。よほどマニアかそういった性癖の方でもない限りは、ナオトのこの行為に腹を立てるのは当然であろう。




「でも思い出せないしなー...あんなにキレイな知り合い居ないしなー......」




 自分の口から出た言葉を耳にしたとき、ヒロトの所属するきりん組の先生が目に浮かぶ。その瞬間、ヒロトの顔は真っ赤になり顔から湯気が出るほど熱くなった。




「いやいやいやいや、まだ一回しかお話したことないのに知り合いとかおこがましすぎんだろ」


「大体あの先生はどちらかというと『かわいい系』だし.....」




 手の平を素早く顔の前で振りながら自分の思考にツッコミを入れるナオト。ツッコミしか口に出してはいないが、きっとヒロトでなくても見れば何について考えたか容易に想像がつくであろう。それぐらいには顔が真っ赤ではっきりとニヤけている。




「ていうか先生のことは一旦措いといて、ほんとにあのお姉さんは誰だったんだろう....」




 まだ耳は激しく紅葉しているが、自分の暴走を抑制するように無理やりにでも元の体制に戻りまた考え始めた。しかし、やはり思い出せない。




「困ったなぁ~....」




「ねぇ」




 ナオトの肩をツンツンとつつき思考を遮ろうとするヒロト。




「兄ちゃんおなかへった」




そう言われて時計を見る。




「あぁ、もう15時か」




 子供には欠かせない一日の祝福時である『さんじのおやつ』タイムである。


 言うまでもないがヒロトはただ単におなかが空いただけであって、それがたまたま時計の針が『3』を指し示す時間であっただけであるが、ここはひとまずおやつということにしておこう。




「でも夕飯前だし、あんまり食べ過ぎるのはなー.....」




 また独り言を言いながらヒロトにあげるおやつを考えていると、ちょうど自分の腹部からも『ぐ~』という音が鳴る。


 それと同時に、ナオトはあることを思いついた。




(とりあえずこれを理由にして行ってみるか...?)


(タイ焼きを買って半分こにすれば、ヒロトにもちょうどいいだろうし.....)




 我ながらいい考えではあると思ったが、やはり先日の言葉が引っかかっている。どうするべきかまた独りで考え始めるナオトに、




「兄ちゃんおなかへった」




 先ほどと全く同じ言葉が、全く同じトーンで、全く同じ人物から発せられる。ただひとつ違うとすれば、言葉には表さないが確かに感じ取られる『早くして』のオーラがヒロトの背後に広がっている。


 そんなヒロトに後押しされてか、ナオトは決心がついた。




「よし、行こう」


「ヒロト、今から少し出かけるから、兄ちゃんが着替えてくる間に準備しとけよ」


「え.....」




 自分も連れていかれる前提のヒロトは、いつもだったら、『めんどくさい』、『いかない』、『一人でいってらっしゃい』などの言葉を投げつけるであろうが、ナオトの気迫のようなものに少々圧倒され、特に文句も言わずに準備を始める。


 その間にナオトは二階に上がり、女性に会っても恥ずかしくないようなそれなりの格好に着替えた....のかと思いきや、なんとただ一枚上着を羽織っただけである。




「あいつにはなんか取り繕う気が起きないんだよな~」




 前回はあんな短時間のうちにあそこまで打ち解けたつもりでいたナオトだが、今となってはむしろこちらのほうが納得がいくほど、自分の中に深く根を張っている気楽さや安心感を実感する。




「やっぱ多分だけど、ほんとにどこかで会ってるんだろうな」




 少しずつではあるが、答えが見えてきそうな気がしたナオトは急いで階段を下りる。すると、玄関にはすでに靴を履いたヒロトがそこにいた。




「行くか」




覚悟を決めた勇者のような言い方をする。




「どこにいくの」


「行ってからのお楽しみだ.....いや、楽しむのはヒロトじゃないかもしれないけど.....」


「?」




 ナオトが漏らした意味深な発言にはてなを浮かべたヒロトと、自分の中に眠っている記憶を呼び覚まそうとようやく動き出したポンコツ勇者が玄関を出て歩き出す。




「この先に...俺の求める何かがあるはずだ....!!」


「俺たちの冒険はこれからだ」


「勝手に連載終了させないで!?」




 タイ焼き屋にむかうと決心してから湧き出してきた勇気と、どことないRPGの勇者感に浸っていたナオトに、悪乗りで加勢するヒロト。




「そこそこ楽しみにしてるからね」


「おう!めちゃめちゃに楽しまれてこい!!」


「だからそれどういう意味なの」


「まあこの勇者様についてきたまえ」




 少しだけ顔の引き締まったナオトは、最終決戦前のこれ以降セーブポイントなし、失敗すれば積み重ねたものをまた一からやり直さなければならない危険を背負いながらも、タイ焼き屋へと向かう。




(正直に言うんだ...思い出せなかったこと..日を開けすぎて申し訳なかったこと...そして聞こう。お姉さんの正体を....)




 ナオトのボス戦攻略が、今始まる。

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